第53話 評価
店内の客は、俺たちを含めて十人程度。その視線が、一斉に先ほど場違いな発言をした男性の方に向く。
ぱっと見た感じ、彼は大学生に見える。髪を金に染めていて、ゆったりした黒のコートと金色のネックレスを身につけている。
その隣にも同じく大学生くらいの青年がいて、こちらは赤い髪と猫型のピアスが特徴的だ。
「中学生の文化祭かって感じじゃね? ちょっと練習すりゃ誰でも描けるだろ、こんなの」
「ホントそれな。よく恥ずかしげもなくこんなしょうもないもんを商品として売れるよな」
「ネットじゃ売れねぇからこうやって実店舗に頼ってんだろうけど、これはないよなぁ」
「何を考えてるのか本当に謎。下手な絵を出し合って、皆も同じくらい下手だから自分もまだまだいけるぅ、とか安心したいんかね?」
「あ、このすずしぐれとか言う奴、自分のこと結構絵が描けるとか思ってそうじゃね? たいしたことないのに、私の絵上手いでしょ? って傲慢さが滲んじゃってるわー」
「ああ、わかるわかる。ちょっと絵が上手いだけで調子乗ってる感じ。おしゃれな絵を描ける自分に酔ってるだろ、絶対」
二人の青年の会話は続く。やけに声が大きいのは、あえて店内の人に聞こえるようにするためだろうか。
まったく、この店には似つかわしくない連中だ。
展示されているイラストの中には、まだまだ実力不足な作品も多数ある。それは誰だってわかることだ。そして、こうして人前に展示されている以上、批判をされることだって覚悟しなければならないのは確か。でも。
……ふとすずしぐれの方を見ると、彼女は俯いて顔を赤くしている。彼らの言葉がどれだけ的を射ているかは不明だが、好き勝手言われて悔しい気持ちもあるだろうな。
はぁ……。溜息も出てしまうね。せっかく楽しく過ごせていたのに台無しだ。
俺は立ち上がり、二人の青年に向かって言う。
「……くだらない真似は止めてくれ。ここはそういうことをする場所じゃないんだ」
言葉にしてから、余計なお世話だったかもしれないと思い至る。ここは店主に任せるべきだったか。
ああ、でも……そういえば、昔も似たようなことがあったような気がする。そのとき、店主はむしろ俺に感謝してくれた……んだったかな。
「何? おっさん、俺たちに言ってんの?」
「もしかして、どれかがおっさんのイラスト? 気に障っちゃった? ごめんねー、事実を言われるのって辛いよねー?」
ケタケタと笑う二人。楽しそうにしているのは、もちろん、この二人だけだな。
「……俺の作品はそこにはないよ。でも、他人事とは思えなくてね。俺も多少はイラストや絵を描くものだから」
「ふぅん。でも、おっさんだって本当は思うだろ? この辺にあるイラストなんて皆ゴミだって」
「こんなの紙とインクの無駄遣い。地球のためにも、こんなのは作らない方がいいんだって。限られた資源は大切にしなきゃねぇ?」
二人の物言いに、俺は深い溜息。
「……確かに、この店に展示されている作品の中には、まだまだ素人レベルに過ぎないものはたくさんある。それは事実だろう。
それに、人目に付く場所に展示する以上、どんな批判も受ける覚悟は必要だ。自分の作品を見てほしい、だけど良い評価以外は受け付けない、なんてことは無理な話だ」
「わかってんじゃん? だったら何? 俺たち、何か文句言われるようなことしてる?」
「だいたい、なんの評価もされないより、低評価でも反応があった方がマシなんじゃないの? 俺たち、むしろ感謝されるべきじゃね?」
「君たちの言うこともあながち間違いじゃないさ。それはわかっているよ。だけど……作品を評価することと、作品を侮辱することは別だ。
公表されている作品に対し、ここは良い、ここは悪い、と冷静に意見を述べることは全ての人に許されるべきだ。しかし、君たちは評価するフリで、ただ作品やその作者を見下し、侮辱し、歪んだ優越感に浸っているだけ。
何かを見下したり侮辱したりするのは気持ちのいいもんさ。人間はそういう愚かな生き物だよ。
だが、その事実は、誰かが賢明に作り上げた作品や、その造り手の心を、無闇に踏みにじって良い理由にはならない。
言ってみれば、君たちのやっていることは言葉の暴力さ。人を殴ってはいけません、なんて子供でもわかっていること。そしてそれは、言葉についても同じことだ。言葉の暴力で他人を傷つけてはいけない。
君たちはもう大学生くらいだろう? だったら、もう子供じゃないんだから、それくらいは理解したらどうかな?」
俺が区切りをつけると、青年二人がばつの悪そうな顔をする。全く話のわからない相手ではないようだ。
「はっ。でも結局、お前だって駄作ばっかりだって認めてるのは事実じゃねぇか」
「それ、養護してるようでめちゃくちゃディスってるんじゃね? 酷いおっさんだなぁ」
「……まだまだ実力不足だと思う作品が多数あると思っているのは確かだ。しかし、現時点で実力が不足していることは、この先ずっとそうであるということを意味するわけじゃない。
低評価は低評価として受け止める。そして、これからもっと良い作品を作るために努力を重ねる。それが創作者ってもんだ。
……なぁ、そこでイラストを描いていた君も、そう思わないかい?」
すずしぐれに話を振る。え? と驚いた顔をしていたが、俺が見つめているとどこか決意に満ちた目をする。
「わ、わたしも、そう思います……。人前に出す作品の多くが、実力不足だってことはわかっています。
でも、自分の現時点での実力を他人に評価してもらって、ダメなところはダメだって自覚して、そこからまた頑張るのが大切だと思います。それが、創作者として成長していくってことです……きっと」
「……急に話しかけて悪かった。そして、ちゃんと答えてくれてありがとう。とまぁ、創作者として成熟するには、他人に作品を見てもらって、評価してもらうという課程も重要なんだ。だから、実力不足だと知っていても他人に見てもらう機会は作るべきだ。
そのとき、これから努力する気力を奪うような真似はすべきじゃない。君たちのように、わざわざ皆に聞こえるように作品を侮辱する言葉を吐くなんて、あまりにも無粋ってもんだ。
他人をバカにしたいだけなら、さっさとこの店から出て行くといい。ここは、君たちのような人が来る場所じゃない」
青年二人を睨む。ただ、二人が怯んでいる様子なのは、俺の視線に力があったからなどということはあるまい。店内にいる他の客も、この青年二人を睨んでいるのだろう。
流石に気まずくなったのか、青年二人は舌打ちを残して店を出て行った。
暴力沙汰にならなかったことには一安心。しかし、勝手に客を追い出してしまったのはやりすぎだったろうか。
俺は店主の方を向き、軽く頭を下げる。
「……勝手な真似をしてしまい、申し訳ありません。大事なお客さんを追い返してしまいました」
「いいよいいよ。気にしないでくれ。ああいう連中は、たとえ多少のお金を落としてくれるとしてもむしろいてくれない方がありがたい。はっきり言ってあの振る舞いは営業妨害だったからね。
むしろ、こちらこそすまなかったね。嫌な役を押しつけてしまった。私の方からきちんと言うべきだった」
「……全くですよ。お詫びする気持ちがあるならデザートの一つでも奢ってください」
「それとこれとは話が別だ」
きっぱりと断られて、俺は思わず笑ってしまう。
そこで空気が弛緩したのか、他の客からもクスクスと笑い声が上がった。
俺も本気でデザートを奢ってほしいわけではなかったので、特に改めての要求はしない。自分の席に戻ろうとして……その前に、すずしぐれに軽く声をかけておく。
「……俺が言うことじゃないかもしれないが、少しだけ言わせてくれ。絵ってのはすごく難しい。言葉を尽くすわけではないし、自分の意図とは全く別の受け止められ方をすることもある。
だけど、自分の想いがきちんと届くことだってある。昨日、希星が君の絵をとても気に入ったように。
だから、あの二人が言っていたことは気にしないでいい。君のイラストは、とても素晴らしいと思うよ」
「あ、ありがとう、ございます……」
すずしぐれが気恥ずかしそうに頭を下げる。過剰に落ち込んだ様子はないので安心だ。
俺はそのことに満足し、元の席に戻った。
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