第54話 ないものねだり
「やるじゃない、青野君。カッコ良かったよ?」
席に着くと、赤嶺が笑顔でそう言ってくれた。
「……よせよ。出しゃばった真似をしたなって反省してるんだから」
「出しゃばってないでしょ。まぁ、強いて言えば店主さんが対応すべきことだったかもしれないけど、店主さんから言うのって大変でしょ? 逆恨みでお店への悪口とかをネットに書き込まれたら嫌だしさ。店主さんだって感謝してるはず。
それに、私みたいな一般の客からしても、ただのお客が対応してくれた方がなんか嬉しくなるものよ。
店主さんが対応するのはただの当然。お客が対応するのは当たり前なんかじゃなくて、だからこそその言葉には重みがある。義務も利害も関係なく、本心から言ってくれてるんだな、ってさ。
そういうことだから、青野君は立派だったよ。うん。偉い偉い」
「……そりゃどうも」
「お、照れてる青野君、可愛いね。頭撫でてあげようか?」
「止めろよ。そういうのは求めてない」
「遠慮しなくていいのにぃ」
「遠慮じゃないっての」
「なにぃ? 私に撫でられるのがそんなに不快だって言うわけ?」
「んなわけないだろ。酔ってるわけでもないのにウザ絡みしてくんなよな」
「……ま、酔ってないこともないのかもね?」
「はぁ? 知らぬ間に酒でも盛られたのか?」
「……青野君はたまにバカだよねぇ」
「なんだそりゃ?」
赤嶺は答えず、それからまた少し雑談をした。
おしゃべりも一段落したところで、そろそろ店を出ようということになった。
席を立つと、すずしぐれから声がかかった。
「あ、あの……」
「ん?」
「ありがとう、ございました……」
それだけぼそりと呟いて、すずしぐれはまた自分の作業に戻った。髪に隠れて表情は見えない。ただ、覗いていた耳が赤いのは確認できた。
「おう。どういたしまして。あんなのはいちいち気にする必要ないから、そのまま頑張ってくれな。あ、それと、希星のことも宜しく」
すずしぐれが小さく頷く。可愛い反応だなぁ……なんて感慨に耽ると赤嶺にどやされそうなので、早々に彼女から意識を外す。
「……男って本当に若い子が好きだよねぇ」
赤嶺が呆れながらぼやく。外しても無駄だったな。そういう話じゃない、と反論すると泥沼化しそうなので、ここは肩をすくめるだけにしておいた。
最後、店内のイラストや絵をざっと見て回り、赤嶺は気に入ったものを三枚購入。動物のデフォルメされたイラストで、とても可愛らしいものだった。
店を出たら、昼食も含めてたくさん食べたから少し散歩しよう、ということに。目指すは俺たちの職場の最寄り駅、天雲駅。一つ隣の駅で、徒歩十五分程度。行ったついでに軽くショッピングに付き合えとも言われた。
その道すがら。
「青野君たちは、クリスマスのイラストコンテストに出品するんだよね?」
「ああ、そうだな」
「希星ちゃんは当然として、青野君はその付き合いみたいなもの?」
「まぁな。一人だったら出品はしなかっただろうよ」
「ふぅん。でも、いいね。希星ちゃんみたいにやりたいことがあることとか、青野君が大人になっても熱中できるものを持っていることとか」
「俺の場合はもうただの趣味だよ」
「それでもいいじゃん。私なんて、真剣に取り組める趣味なんて何も持ってないよ」
「それでいいじゃないか。何かを特別に習熟しなければいけないわけでもあるまいし。何かを作ったりしなくても、楽しく過ごせればそれで十分だ」
「心から楽しく過ごせていたら、十分だったのかもしれないけどねぇ」
赤嶺がどこか寂しそうに呟く。現状に不満があるらしいことはすぐにわかった。
「……何か不満でも溜まってるのか?」
「んー……。まぁ、ね。
私さ、今までそれなりに楽しく過ごしてきたし、もう死んでもいいかもって思うくらいに幸せだった瞬間も経験してきた。だけど、本当にこれで良かったのかなぁ? って思うことはあるんだよね」
「それは、何か熱中できるものが欲しいってこと?」
「まぁ、そういうことかも。青野君は、十年以上も描き続けて、積み上げてきたものがあるんでしょう? そうやって、ずっと努力を積み重ねないと味わえない充実感って奴もあるじゃない? 私、そういうのは経験したことないんだよね。
だからかな、今になって、どこか満たされない部分がある。
中学生とか、高校生の頃からずっと続けている何かがあれば、私も今頃は何かをできたのかもしれない。
こうしていれば良かったかもなんて気持ちが入り込む隙もないくらい、充実してたのかもしれない。
……そんな風に思っちゃうんだよねぇ」
「そっか……。けど、俺は逆に赤嶺さんが羨ましいと思うことがあるぞ?」
「ふぅん? どういうところ?」
「何か一つを重点的にやるってことは、それ以外のことを切り捨てるってことだ。
俺はかなりの時間を絵やイラストに割いてきた。その分ある程度は上手くなったけど、俺にはあまり多様な思い出はない。ゲームとかテレビにあまり触れなかったし、友達とあちこち遊びに行ったこともない。昔の彼女とはそこそこ色々回ったかもしれないけど、たぶん他の人たちよりは控えめだ。
それに、もっと色々なものに触れていたら、絵を描くよりも好きになれることがあったのかもしれない。それを知るきっかけも自分で潰していた。
赤嶺さんは、俺よりもずっと多様な思い出を持っているはずだ。何かにはまりすぎるとできないことだぞ?」
「そう言われると、そうかもしれないね。結局はないものねだりなのかなぁ……」
俺は赤嶺のような人生にも憧れる。でも、やはり赤嶺としてはそれで全てを納得できるわけではないようだ。
人間誰しもないものねだりをしていて、隣の芝は青く見えるんだろう。
それだけのことではあるのだろうけれど……。
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