第67話 初対面
しばらくプラトニック過ぎる恋愛模様を楽しんでしまった後、俺は希星と自分の作品データを『アンバードリーム』店主宛に送信した。
あとは店主が内容をチェックし、ポストカードサイズに印刷するなど諸々の準備をしてくれる。こだわりのある人はそういう作業も自分でやるのだが、俺たちは丸投げだ。あの店主に任せればそうおかしなことにはならないとわかっているので、余計な手間がかからなくてありがたい。
ただ、参加費用は今日中に払わなければならない。直接店舗に行ってもいいし、振り込みでも対応してくれる。俺はスマホだけで振り込みができるようにしているので、振り込むことにした。
こちらでやる作業は終わったが、あとはどれだけの人が気に入ってくれるかが問題だ。来週、十二月十四日辺りから十二月二十五日まで店内に掲示され、やってくる客に好きな作品を三つ選んでもらう。選ばれた数が一番多い作品が入賞だ。
俺と希星の作品が入賞する可能性は低いだろうが、どれだけの人に好きになってもらえるかが重要。誰にも選んでもらえなかったら、とても凹むだろうな。俺も希星も。
また、投票とは別で単純にポストカードを購入することもできる。これも売れなかったら非常に残念だが、数枚でも売れたら実に嬉しい。お金を払ってでも欲しいと思ってもらえたら、制作者冥利に尽きるというものだ。
諸々終えたところで、十一時前。赤嶺と詩遊は夕食時まで帰ってこないので、俺と希星が二人で過ごすことになる。
「あの、お昼ご飯、私が簡単に作ろうと思うので、一緒に買い出しに行きませんか?」
「ああ、いいよ。でも、いいのか? ひとまず作品は完成したけど、絵の練習もしたいんじゃないか?」
「練習は必要です。でも、一つ何かをやり終えたときくらい、気分転換をしてもいいでしょう?」
「それもそうだな。希星はイラストを描くだけの機械じゃないんだし」
「はい。じゃあ、行きましょう!」
そういうことで、俺と希星は一緒に部屋を出る。
それが、トラブルを引き起こすなんて思いもしなかった。
玄関を開け、外に出たところで、部屋の前の通路を中年の男女が歩いていた。男性の方は、痩せて神経質そうな顔をしていて、眼光も鋭い。厳めしい雰囲気で近寄り難くも感じられた。
女性の方は……どことなく、希星に似た綺麗な顔立ち。違いがあるとすれば、その目つきが険しく感じられることだろうか。
このアパートでは見たことのない顔。しかし、希星は二人を見てハッと息を飲んだ。向こうの男女も、希星を見つけて眉を潜める。
「希星。その男は誰だ?」
男性の、希星に対する呼び方で、この人たちが希星の両親であることを察した。
「……お父さんには関係ないよ」
今まで聞いたことのない、底冷えするような声で希星が返した。
「関係ないわけないだろう。娘が一緒にいる男なら、気にしない方がおかしい」
「……そう。でも、だから何? っていうか、何しに来たの? 私の生活には干渉しないっていう約束でしょう?」
「……約束はした。しかし、三ヶ月経ち、状況を確認しようとするのは親として当然のことだ。確認だけで、余計な干渉をするつもりなかった。
ただし……妙な男と一緒にいるとなれば話は別だ。そいつは何だ? 希星の部屋は隣のはずだ。その男の部屋で、いったい何をしていた?」
「お父さんが心配するようなことは何もしてないよ。私は大丈夫だから、もう帰ってくれない?」
「そんなわけにはいかない。娘に同年代の彼氏ができたならまだしも……その男はどう見ても社会人だろう。どういう関係だ? 場合によっては通報ものだぞ?」
「何も悪いことはしてないって言ってるでしょ? さっさと帰って」
睨み合う父と娘。希星は父親を拒絶しているが、俺としては、父親としての心配も理解できる。
「希星。大丈夫だから、少し落ち着いて」
声をかけると、少しだけ表情が和らぐ。希星を庇うように立ち、今度は希星の父に向かって話しかける。
「初めまして。私は青野駆と申します」
「君には訊いていない」
「まぁまぁそうおっしゃらずに。娘さんの口からきちんと話を聞きたいお気持ちもわかりますが、どうもそういう雰囲気ではありません。このままでは話も進みそうにありませんし、私と少しお話をしませんか?」
「君と話すことはない」
全く相手にされていない俺。会話すらできないのでは、俺には手の打ちようがないな……。
「青野さん、ダメですよ。この人は、結局他の人の言うことなんて聞く気がないんです。私の話は聞く風なことを言っていますが、どうせ私の話だって聞きはしません。自分が正しいと思っていることだけが世界の全てで、それ以外は受け入れられません」
「……そうか。それはまた厄介な相手だ」
せめて話し合う余地があれば良いのだが……。それも難しいのだろうか。
どう話を持っていけば良いだろうか。父親とは話ができなくても、半歩後ろに控えている母親の方とも話はできないだろうか。
俺が様子をうかがっていると、希星が先に口を開く。
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