第64話 早く……
一週間経ったのだが、希星はまだ桃瀬たちとは疎遠状態のまま。その影響で希星は学校で一人で過ごしているらしく、俺としては心配になる。しかし、希星自身はさほど心配している様子はなく、あえてすぐに仲直りしようとは考えていないそうだ。
「このまま絶縁するつもりはありませんけど、私がされて嫌だったこと、本当に嫌だったんだなって気づいてほしいです。それで、ごめん、って言ってくれたら、それでこの仲違いを終わりにします。
そんなに上手くいくかはわかりませんが、少なくとも、私から積極的に働きかけるのは違うと思っています」
とのこと。
確かにこの件では希星に非かあるわけではないのだし、しばらく様子を見るのも悪くないだろう。むしろ俺が何かすべきなのかもしれないが、下手をすると余計に話が拗れるようにも思う。今は静観かな。
それはそうと、ひとまず期末テストは無事に終了し、希星はまたイラストに集中できるようになった。テストが終了した金曜日から俺の部屋に来て作業を開始したのだが、土曜日の今日と、明日の三時まででクリスマスコンテスト用のイラストを完成させなければならない。明日の午後三時が募集の締め切りなのだ。
出品はデータでも可能なのでぎりぎりまで作業はできるが、あまり余裕があるわけではない。
希星はできる限りの練習を重ねて来たが、まだまだデジタルに不慣れな面はある。イラストを一枚描くのでもかなり時間を要する上、仕上がりもまだまだ未熟にはなるだろう。それでも、人前に出すための作品を、今の全力で描き上げることには大きな意義がある。
希星は午前八時頃から既に俺の部屋に来ていて、集中して作業を続けている。俺は既に出品可能なイラストをいくつか仕上げているが、時間の許す限りは何かを描いてみることにした。希星が一生懸命になっている横で、俺だけのんびり過ごすというのは気が進まない。
しばらくはほぼ無言で二人とも作業をする。そして、午前十時頃になると、赤嶺が部屋にやってきた。玄関まで出迎えると、赤嶺は俺をどこか意味深に見つめた後、明るい笑顔で挨拶。
「おはよっ。約束通り、ご飯用の買い出しもしてきたよ。昼ご飯と夕ご飯、私が作ってあげる」
「おう、ありがとな。つーか、それだけのためにわざわざ来てもらって悪い」
「いいっていいって。こういう機会があると、私もちゃんとご飯作る気になるからさ? それに……青野君の舌も、私の味に染められるし?」
最後は、俺だけに聞こえるように密やかに。赤嶺の気持ちはわかっているから、こういうことを言われると余計にドギドキしてしまうな。
なお、希星には、まだ赤嶺から告白されたことは伝えていない。伝えたところであまり影響はないのかもしれないが、まずは出品用の作品を仕上げるまで、余計なことを考えなくて良いようにしたいという配慮だ。俺と赤嶺が何か進展しているわけでもないし、それで問題ないだろう。
赤嶺を中に招き入れると、希星も一度作業を止めて赤嶺に挨拶。
「おはようございます。ご飯の準備、ありがとうございます。本当に助かります」
「いいのいいの。これは私のためでもあるし、頑張ってる人を支えるのって、それはそれで楽しいものなの。あ、それと、一応伝えてたけど、詩遊ちゃんの分も作るから、ご飯は四人で食べようね」
「はい。それは詩遊にも伝えています。詩遊の分もありがとうございます」
詩遊は基本的に俺の部屋には来ない。相変わらず俺のことを警戒しているし、希星と親しくすることを良く思っていない。
ただ、赤嶺とはかなり打ち解け始めているようで、二人が仲良くおしゃべりしているところは何度も見かけている。親が近くにいない環境で、頼れる大人が身近にいるのはとても良いことだろう。詩遊は赤嶺に任せておけば心配ない。
それと、詩遊は中学生にしては友達と遊ぶ時間が少ない。歌やダンスなどを身につけるために時間を費やしている。今日も午前中は部屋にいて、近所迷惑にならない程度に色々としているようだ。
「じゃ、私のことはもういいから、希星ちゃんは作業を続けて? 希星ちゃんのデビュー戦なんでしょ?」
「デビュー戦って……。なんだか大げさですね」
「違うの? 初めて一般の人の前に作品を晒して、評価してもらうんでしょう?」
「……そうですね。これは私のデビュー戦です。まだまだ実力不足過ぎますけど」
「準備万端のときまで待ってたら、いつまで経っても何も進まない。目の前にふと現れたチャンスも掴めない。じゃ、頑張ってね?」
「……はい。ありがとうございます」
希星が作業を再開し、赤嶺は食材を冷蔵庫に入れた後に座布団を取って俺の隣へ。なお、人の出入りが増えたので座卓を購入している。
「……何故隣に来る?」
「青野君の作業風景をちょっとだけ覗いてみようと思って」
「……隣にいると描きづらいな」
「いいじゃんいいじゃん。どうせ出品作品はできあがってるんでしょ?」
「まぁな……。でも、なぁ……」
「私が隣にいると、集中できなくなっちゃう?」
赤嶺は意味深にニヤニヤと笑っている。自分に好意を向ける女性が隣にいたらドキドキもしちゃうよね? みたいな雰囲気。
「……人に見られてると緊張するんだよ」
「誰が見てても?」
「……そうだよ」
「ふぅん?」
「あの!」
希星がこちらを振り返り、俺たちに不審そうな目を向けてくる。
「……なんか、お二人、妙に距離が近くありません? 物理的な距離じゃなくて……会話の内容がなんだかやらしいんですけど」
「そう? 私と青野君はこんな感じだよ?」
「……会社でそんな会話してるんですか? 赤嶺さん、からかうにしては度が過ぎていると思いますけど……?」
「まぁ、青野君は特別だから、ね?」
「……青野さん、最近赤嶺さんと何かありましたか?」
希星が俺をじっと見つめてくる。なんと答えるべきか迷い……ふっと視線を逸らす。
「まぁ、特には何も……」
「青野さん、誤魔化すつもりならもう少しマシな態度を取ってください」
「……ははは」
「はははじゃなくて。なんですか? 何があったんですか? 教えていただけないと、作業に集中できません」
「んー……」
赤嶺と顔を見合わせる。赤嶺はふふと笑い、希星に告げる。
「ま、明日には伝えようと思ってたんだけどさ。私、青野君に告白しちゃった」
「え……? こ、告白? それって、つまり、ええ?」
「好きだよ、って伝えたの」
「そ、そんなの卑怯です! 私が……まだ……こんな状況なのに……自分だけ……」
「仕方ないでしょ? 早めに言っておかないと、青野君、本気で私をただの友達としか見てくれない雰囲気だったんだもの」
「それは……でも……」
「ま、伝えただけで、返事はまだまだ保留。私もこれ以上何かをするつもりはない。これなら問題ないでしょ?」
「……問題、あります。すごくあります。うぅ……ずるい」
「大人はずるいのよ。ま、とにかく希星ちゃんはイラストに集中しなさいな」
「……集中、できませんよ。そんな……」
「大丈夫。私が多少アプローチしたところで、青野君はすぐに私になびくことはない。希星ちゃんはやるべきことをやりなさい」
「……わかりました。でも、二人はもう少し離れてください」
「仕方ないなぁ。希星ちゃんの邪魔もしたくないし、そうしましょうか」
赤嶺が少し俺と距離をとる。希星はまだ不満そうだが、こちらに背を向けて作業を再開。
「……早く大人になりたい」
ボソリと呟いた声には、本気の悔しさが滲んでいた。
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