第59話 立場

「……ちなみに、二人ってどこまで知っているの?」


 希星に尋ねる。すると、希星は若干目を泳がせて、ぼそぼそと答える。


「その……写真を、見られてしまいまして……。一緒にお城跡に行った、あのときの……」

「ああ、あれを」


 色々と写真を撮ったが、俺とツーショットのものもあった。希星は心底楽しそうにしていたし、あれを見られてしまえば、俺と希星が割と深い関係だというのはすぐにわかるだろう。

 正面の二人の雰囲気を見るに、半端なことを言うと良くないだろうな。俺を敵認定している様子はないが、半端な気持ちで希星をたぶらかしている悪漢だと思われたらまずそうだ。

 ふむ。


「君たち二人は、俺と希星が付き合っていると思っているわけだね?」

「違うんですか?」

「あの写真を見るに、それ以外考えられませんよ?」


 桃瀬と紫村の視線は鋭い。どんな嘘も見逃さないと気合いが入っているようだ。


「正確に言うと、俺と希星は付き合っているわけじゃない」


 俺の答えに、桃瀬が身を乗り出してくる。会話は主に桃瀬とする形になるようだ。


「じゃあ、どういう関係なんですか? 付き合っているのではなく、もっとやましい関係っていうことですか?」

「おいおい。変な方向に想像を広げるのは止めてくれ。俺たちは何もやましいことなどしていないよ」

「……ふぅん。ぶっちゃけ訊きますけど、体の関係はありますか?」

「ないない。そこまで深い仲じゃないんだ。一緒に出かけることもあるし、連絡も取り合うけど、男女の付き合いまでは発展していない」

「本当ですか? じゃあ、どこまでいってるんです?」

「手を繋いで歩いたことはあったなぁ……」

「……小学生の恋愛ですか?」

「そう言うなよ。俺は社会人で、希星はまだ高校生。俺には大人としての責任があるし、節度は大事だろ?」

「そうですけど、本当にそんなのを守れるとは思えませんが?」

「疑われるのは仕方ない。でも、俺は希星と一線を引いた交流をしている。それは確かだ。

 ここに来るまでに希星にも訊かなかったか? それで、本当にどうも体の関係とかはなさそうだって思わなかったか?」

「希星にも色々訊きました。それで、確かにかなりウブなやり取りをしているようには思いました。キスはした? って訊いたら、してない、って顔を赤くして答えてましたし」


 その光景が目に浮かぶ。うーん、可愛らしい……。

 希星の方をちらりと見ると、そのときのことを思い出したのか、少し頬が赤い。実物はイメージよりも可愛い。うん。


「希星が答えた通り、俺たちは男女としてとても健全な交流をしているよ。君たちに心配させるようなことは何もない」

「そうですか……。なら、改めて訊きます。青野さんは、希星のことをどう思っているんですか?」


 要するに、俺はちゃんと一人の男性として責任を持って希星と付き合う気があるのか、という話だろう。

 適当なことを言うわけにはいかない。しかし、希星の前では少々言いづらい。


「……なぁ、希星。悪いが、五分だけ席を外してくれないか?」


 俺の問いかけに、希星は酷く残念そうな顔をする。


「ええ……? わ、私も聞きたいんですけど……?」

「希星にはまだ内緒」

「うぅ……青野さん、相変わらず意地悪過ぎませんか? 私、意地悪されて喜ぶタイプじゃありませんよ?」

「意地悪で言っているわけじゃないし、そんなタイプだとも思っていないよ」

「……はぁ。ここで私がごねても、青野さんは私がいる限り何も言ってくれないんでしょうね。わかりました。少し席を外します」

「悪い」

「いいですよ。では、話が済んだら連絡してください」

「うん」


 希星が席を立ち、一度店も出る。その背中を見送って、俺は再度桃瀬たちと向き直る。


「それで、俺が希星をどう思っているか、って話だな?」

「そうですね。答えてもらえますか?」

「そうだな。……とりあえず、俺は希星の今後の人生については、責任を取るつもりでいる」

「それはつまり、将来的には結婚するということですか?」

「正直、それはわからん」

「じゃあ、責任を取るってどういう意味ですか?」

「俺と結婚するしないに関わらず、希星が一人前に成長するまでは、ずっと側で見守っているつもりだ。そうしているうちに結婚するのかもしれないし、希星がまた別の誰かに惹かれるのかもしれない」

「うーん……あやふやですね。要するに、青野さんは希星を好きなんですか?」

「好きと言えば好きだよ。でも、高校生が同い年の女の子にそうするように、熱烈な恋愛感情を抱いているわけじゃない。希星はまだ高校生で、俺とは十以上も歳が離れている。対等とは言い難い関係で、愛だの恋だのと言うのは違うと感じている」

「でも、希星は青野さんを好きですよ。それはわかってますよね?」


 この子の態度、詩遊に似ているな……。俺が誠実に答えるほど納得してくれなさそう……。


「わかってるさ。希星はもう隠そうともしてない。ただ、俺はその感情がいつまで続くのかわからないとも思っている」

「……希星の気持ちを疑っているんですか? 一時の気の迷いだって?」

「気の迷いとは言わないさ。けど、希星はまだ高校生で、これからもっと色々なことを経験し、成長し、たくさんの人と出会っていく。

 今はまだ世界が狭くて、俺を特別な何かに感じているのかもしない。けど、今後広い世界を知っていけば、俺なんてちっぽけな小市民だと気づくこともあるだろう。もっと良い出会いがあって、この人と一緒になりたいと願うこともあるかもしれない。

 希星が四年制大学に行くのなら、社会人になるまででもまだ六年以上ある。希星の可能性は無限大。俺だけに囚われるのは、あまりに惜しい」

「……言っていることは、まぁ、わかります。大人として妥当な判断をされていると思います。そういう意味では信頼できますね」

「それはどうも」

「でも、ですよ」


 桃瀬が一層険しく俺を睨んでくる。


「青野さんの気持ちは、やはりどこか冷めているようにも感じます。わたしとしては、希星の相手は、本気で希星を好きでいてくれる人がいいと思っています。

 好きで好きでしょうがなくて、これからどんな出会いがあっても自分が希星の一番であり続けるって強い気持ちがあって、将来必ず幸せにするって誓える男性がいいです。

 そういう意味では、青野さんはあまりにも頼りないですね。大人としての判断で、真に責任を取ることを避けているようにも思います。

 いい加減な方だとは思いません。それでも、希星がなんだか可愛そうな気がしてしまいます。希星は、青野さんを心底好きでいる様子です。それなのに、その相手からは同じだけの気持ちが返ってこない……。そんなの寂しいじゃないですか。

 青野さんは、希星に寂しい思いをさせ続けるんですか?」


 高校生らしい、まっすぐな問いかけ。

 おそらく、赤嶺だったら俺の話に納得してくれるだろう。俺は社会人で、希星は高校生。二人の立場を考えれば、希星の好意を俺が正面から受け止め、同じだけの好意を返すことがいかに不自然かもわかる。俺が高校生みたいに一人の女子高生を好き好き言っていたら、むしろ気持ち悪ささえ感じる。

 だけど、この二人からすると、俺は芯の部分で不誠実に感じられるのだろうな。詩遊が俺の希星に対する感情には納得してくれなかったように。

 中高生には実感としてわからないことが、やはりどうしてもあるのだろう。俺が高校生だったら、今の俺の態度を見て、半端な奴と罵ったかもしれない。

 俺には……この二人をきちんと納得させる言葉は言えない。希星を心の底から愛しているとは、言えないのだから。

 代わりに。


「……俺は、希星を他の何よりも大切に思っているよ。

 恋愛感情から来る気持ちだけじゃない。一人の人間として、希星を心底大切に思っている。希星のためなら、俺はたいていのものを犠牲にできる。

 仕事を変えろと言うなら変える。貯金を全部使い切ることだって厭わない。希星の命の危機に、俺が死ねば希星が助かるなんて状況だったら、喜んで命を差しだす」


 俺の答えに、それでもやはり桃瀬は不満顔。


「……なんか、そういうことじゃないんですけどね」

 

 隣の紫村も複雑そうな表情で、ぽつりと呟く。


「ちゃんと付き合っているわけでもないのに、こんなことを言うのは変かもしれませんけど……希星と、別れてくれませんか? 青野さんが希星を大事にしてくださっているのはわかります。ただ、不釣り合いな印象は受けてしまいました。

 希星は、青野さんと一緒にいるべきではないかもしれません。青野さんがいることで、希星の歩むべき道が歪んでしまうような気がしてしまいました」


 こんなことを、真正面から言われることがあるとはね。

 高校生からすると、俺はあまりに異質なのだろう。大切な友達を、異質なものから遠ざけたい気持ちは理解できる。

 それでも。


「……付き合ってもいないのに変な言い方だが、俺は希星と別れるつもりはないよ。ただ、俺たちの関わり方については、ちゃんと考えていく必要はあるだろうな。色々と心配してくれてありがとう」

「そうですか……。まぁ、結局は希星が決めることなんですけどね。人の幸せなんて他人が決めることではないでしょうし」


 紫村はまだ何か言いたそうだが、ひとまずは口を閉ざした。

 そして、桃瀬も締めくくってくる


「本人が決めることですけど、友達として、ダメなときはダメだって言うべきとも思っています。とりあえず様子見ますけど、希星が何か悩んでそうだったら、わたしも唯乃も黙ってませんからね」

「ああ、わかった。希星には良い友達がいてくれて良かったよ」

「……とりあえず、青野さんがいたずらに女子高生をたぶらかすクソ野郎じゃなかったのは安心しました。当面は希星のこと、宜しくお願いします。……希星、わたしたちにも言えない悩みとか、色々あるみたいですし」


 その悩みというのは、家族との関係についてなのだろうな。家を出たことは伝えているが、その原因についてはきちんと説明していないらしい。説明したら、そんなことで? と呆れられそうで怖いのだとか。


「……希星のことは、俺に任せてくれていいよ。じゃあ、希星を呼び戻そう」


 希星を呼ぶと、すぐに戻ってくる。また、まもなく注文していた料理も到着した。


「……どんな話をしていたか、私は聞いちゃいけないんでしょうね」


 希星が拗ねたようにぼやいた。


「わざわざ席を外してもらったからな。今日のところは我慢してくれ」

「わかりました。仕方ないですね。……どんな話であったとしても、私にはあまり関係のないことなのかもしれませんし」


 希星が正面の二人に視線を送る。どういう話をしたのかは、多少は察しがついているのかもしれない。

 四人で食事を開始すると、先ほどまでのシリアスな雰囲気から一転して賑やかになる。桃瀬も紫村も楽しげで、俺を邪険にすることはない。態度の変わりようが少し怖いくらいだ。

 それでも、女子高生三人と食事、ね。俺の人生でこんな日が来るとは思わなかった。

 手放しに喜べる状況ではなかったが、俺はこの時間を密かに楽しんだ。

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