第58話 希星の友達
希星が夜でもお構いなしに俺の部屋に出入りするようになって、少し時間が過ぎた。十一月も終わり、十二月に入っている。
俺と希星が二人きりで過ごす時間もそれなりにあり、希星はじりじりと俺との距離を詰めてこようとするのだけれど、俺は相変わらずのらりくらりとかわしている。それがお互いのためなので、多少非難がましく見られようとも気にすることはない。
また、赤嶺もどういうわけか都合の許す限り俺と過ごすようになった。会社でもよく話しかけてくるし、時間を合わせて一緒に帰宅しようとするし、退社後に軽く喫茶店に寄っておしゃべりをすることもある。会社内では俺と赤嶺は完璧にカップル認定されているのだが、お互いに特に否定する理由もないので放置している。
ただ、結婚はいつ? などと尋ねられるのはいつも俺の方で、その対応をするのは少々面倒に感じる。まぁ、特に女性にとって結婚の話題はデリケートな部分なので、俺の方に訊きにくるのも自然な流れではあるんだろうな。
それと、赤嶺は歌の練習を始めていて、まずは一人でカラオケに行くことが増えた。歌に対する情熱が続くようなら、いずれはちゃんと音楽教室にでも行ってみるつもりのようだ。
二十七歳からの挑戦。赤嶺は少々気恥ずかしそうだが、俺としては全然恥ずかしがることではないと思うし、全面的に応援している。
さておき、クリスマスも近くなり、街もツリーやらクリスマスソングやらで溢れている。彼女と別れてから、クリスマスなんてさっさと廃れればいいのにとも思っていたが、今年は特に憂鬱な気分にはならない。恋人ではないが希星と一緒に過ごす予定があるので、今年は部屋に籠もってクリスマス情報を遮断する必要もなくなったわけだ。
そして今日は、十二月の最初の土曜日。
希星はバイトのシフトをかなり減らしており、朝から俺の部屋に来て絵の練習をしていてもいいところなのだが……今日、希星は学校の友達の家に行っている。期末試験が近いから勉強会をしているそうだ。
期末試験なんて懐かしい響きだ。ただ、高校時代に戻りたいと思うことはあっても、試験を受けたいという気持ちは微塵も沸かない。学校の勉強もそれはそれで重要な面はあるものの、どうせならもうちょっと将来的にも役に立つ形で教えてくれればいいのにとも思う。コミュニケーションスキルなんかも学ばせたら、優秀さの概念ががらっと変わると思うのだが。
こんなことを思いはすれど、ただのおっさんが学校制度なんぞに文句を言っても始まらない。
そういうのとは関係なく、俺にできることとして……今日もまたイラストでも描いておこうか。建物などは面倒くさくて最近はあまり描いていなかったが、希星に教えることもあるだろうし、練習し直そうかな。赤嶺もカラオケに行っていて会う予定もないし。
一時間程描き続け、十時過ぎに希星からメッセージを受信。
『少し電話してもいいでしょうか? 忙しければ断っていただいても大丈夫です』
「なんだ? 友達と勉強会してるのに、俺に何か用事か?」
不思議にも思ったが、断る理由もない。俺は希星に電話をかけた。
『あ、青野さん、すみません、急に……』
「どうしたんだ?」
『えっと……その……今日、何か予定はありますか?』
「いや、特には」
『そうですか……』
何故か気落ちした様子。いったいなんだ?
『そのー……もしお時間ありましたら、こちらに来ていただけません、か?』
「え? そっちに?」
『はい……。あ、でも、難しければ全然……』
希星が遠慮がちに言うと、他の誰かの声がする。うちらにそんなに会わせたくないの? 云々。
なんとなく、状況は察しがついた。今まで俺のことは友達にも話していなかったそうだが、今日、友達に存在を知られることになったのだろう。そして、好奇心のままに、俺に会わせろとせがんできた……といったところか。希星としては、俺に合わせるのは気が引けているのだろう。色々と複雑な状況だしな。
「……希星、今どこにいるんだ?」
『えっと、友達の家です』
「……友達の家に、俺みたいなおっさんが入り込むのは気が引けるな」
『大丈夫です! わたしたちの他に誰もいませんから!』
今のは希星ではなく、友達の一人。むしろ、他に誰もいない方が問題ではなかろうか。女子高生の家に見知らぬおっさんが出入り……。通報されそうだ。
「……えっと、悪いが、君たちの家に行くのはやっぱりダメだ。ただ、もし何か話があるというのなら、昼食でも一緒にどうかな? 声の感じだとそっちには三人? 安いファミレスとかで良ければ、昼食は奢るよ」
『わかりました! それでも大丈夫です! こちらは三人です! ご飯もありがとうございます!』
「わかった。じゃあ、時間と場所を指定してくれ。あと、昼代は一人千円までにしてくれよ」
『了解です!』
一人千円なら、高くても三千円。余計な出費ではあるが、あまり気にするほどのものじゃない。
『青野さん、ごめんなさい。急なお話で……ご飯も奢りだなんて……』
「希星か。まぁ、気にするな。俺だって裕福なわけじゃないし、今回だけだ」
『はい……。ありがとうございます。いつもいつも、本当に……』
「こっちが好きでやってるだけだからいいんだよ」
『……はい。それでは、また後で』
「うん。また後で。勉強、頑張って」
『はい。頑張ります』
そこで通話が終了。いつもより少し大人しめな印象だったのは、きっと友達が一緒だったからだろうな。
まもなく、時間と場所の連絡も来る。ちゃんとこちらの懐事情も考えてくれたようで、集合場所は安いファミレスだった。
「……さて、何を追求されることやら」
相手は噂好きな女子高生。下手な対応をすると事実がどんな風にねじ曲がって伝わるかわからない。慎重に対応しないとな。
ゆっくりと支度をして、俺は十一時過ぎに家を出る。そこから徒歩と電車で移動し、十一時半前に、ファミレスチェーン店『デリシャス』に到着。
既に希星たち三人がやってきていて、俺を出迎えてくれた。
「青野さん、すみません。急に呼び出してしまって……」
「構わないよ。基本的に予定はない。それと、遅くなってしまって悪かったね」
「いえ、こちらが早く来ていただけですから」
そして、俺を呼びだしただろう二人も声をかけてくる。
「はじめまして! 希星の友達の
声の雰囲気から察するに、電話で少しだけ声を聞いたのはこの子だろう。元気溌剌、くったくのない笑顔を見せる可愛らしい子だ。ボブカットの黒髪がほんのり外に跳ねていて、目は猫っぽい印象。ピンクベージュのダッフルコートがよく似合う。
「はじめまして。
こちらはミディアムの髪をハーフアップにしていて、柔らかな印象が強い。柔和な微笑みは男性からすると親しみやすく感じる要素の一つかな。白のキルティングジャケットが清楚な印象を高めている。
二人とも、希星のレポートの中には度々登場している。希星が家を出たことまでは把握しているのだが、俺との関係は知らない。金銭的な面はある程度親から融通してもらっていることになっていたはずだ。
「こちらこそはじめまして。青野駆、二十七歳の会社員です。とりあえず、中に入りましょうか?」
「はい! あ、敬語とかなしでいいですよ! こっちの方が年下ですし!」
「そうですね。希星に接するのと同じ感じで構いません」
「了解。じゃ、入ろうか」
俺が促し、三人で店内へ。女子高生三人を引き連れるおっさんってなんだろうな……。まぁ、一対一だと妙な勘ぐりもされそうだが、一対三なら少なくとも怪しい雰囲気はないだろう。
昼には少し早い時刻なので、店内が埋まっているということはない。店の奥の窓際席に案内される。四人掛けのところ、対面に桃瀬と紫村が座り、俺と希星は隣同士だ。
まずは昼食の注文を済ませて、改めて尋ねる。
「それで、どうして俺を呼んだのかな?」
答えたのは、桃瀬の方。
「青野さん。ストレートに訊かせてもらいます。希星のこと、どう考えているんですか?」
桃瀬も紫村も、雰囲気を変えて半ば俺を睨むように見てくる。希星がよくわからないおっさんと交流していると知って、心配になったのだろう。予想の範疇の問いだったが、さて、どう答えるべきかな。
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