第47話 語り
「私の両親は、私が絵を描くことに反対しているんです。絵なんて描いても将来役に立たない、絵を描く時間があるならもっと有意義なことをしろ、将来お金がなくて惨めな思いをしてもいいのか、これはお前のためを思って言っているんだ、好きなことだけやれるほど世の中甘くない……。
ずっと、ずっとそんなことを聞かされ続けていました。
……いえ、正確には、小学六年生の頃、将来絵に関わる仕事をしたい、と両親に打ち明けた頃からですね。あくまでも趣味として、気晴らし程度に絵を描くことにまでは、両親も反対はしていません。ただ、将来絵の道に進むことについては、断固として反対しています。
両親の言っていることは、もしかしたら正しいのかもしれません。本当に特別な才能があるならまだしも、半端に絵を描けたって将来なんにもならなくて、お金もろくに稼げなくて、惨めな思いをするようになるのかも……。
でも、どうしても納得はできませんでした。
納得できないことはたくさんあって……その一つが、両親は、私と向き合おうとしてくれてないな、と感じたことですかね。
私がどうして絵を描きたいのか、将来どんな風になりたいのか、私にとっての幸せがなんなのか……。そういうのを、ちゃんと聞いてほしかったんです。
私、小学五年生の頃、あるイラストを見て、心の底から感動したんです。今まで感じたことのない強烈な感動で、モノクロの世界がカラフルに彩られたようで、私はそこでようやく、この世界に生まれてきたんだって感じたんです。
その衝撃があまりにも強すぎて、私は、将来こんな絵を描くために生まれてきた、なんてことまで思っちゃいました。
私、自分がもらった感動を、誰かに届けられたらいいなって思ってるんです。まだまだ短い人生ながら、生まれてきて良かったって思えたあの瞬間を、今度は私から誰かに届けたいんです。
それが私の目標で、そんなことができたら、心底幸せだろうなって思います。
生活するのにお金が必要なのは、痛いほどわかっています。お金がないとなんにもできません。けど、お金のために、生活の安定のために、社会的な立場のために、私は一生懸命にはなれません。夢中にもなれません。いつ死んでも悔いはない、って思えるほど幸せは感じられません。
絵を描くだけで生きていけるなんて思えるほど、自分の才能に自信なんてありません。それでも、絵を描くことと、生きていくための収入を得ることと、ある程度バランスは取れると思うんです。
無闇に勉強ばかりして、たいして興味もないのに良い大学に行って、将来ろくに使いもしない勉強や研究に励んで、お金と安定と地位のために就職して……。それは、私の人生じゃないって感じています。
絵に関わる仕事がしたいと言っても、専業の画家やイラストレーターになりたいとまでは言いません。絵を描く力って、広告だったり、WEBデザインだったり、色々活用はできると思います。そういう仕事をしながら収入を得て、あとは自分の好きな絵を描いていくというのも一つの道だと思います。
私は色々と考えるんですけど、両親は聞く耳を持ちません。こんな道もあるよと示しても、くだらないって一蹴します。
何がくだらないのか、私にはわかりませんでした。
……話が少し広がりますけど、人の生活にとって、芸術ってすごく大切だと思うんです。もし、芸術的な物が何もなかったら、町はただの箱のような建物ばかりで、人の着るものは貫頭衣のままで、ご飯は栄養補助食品のようになって……本当に、つまらない姿になります。
私に芸術はよくわかりません。でも、芸術は人間を人間にしてくれるとても大切なもので、くだらなくなんてありません。
私は絵を描きたくて、絵に関わる仕事をしたくて、そうやって生きていけたら、大金を稼いだりするよりもずっと幸せになれます。
自分の考えが甘いのか、そうじゃないのか。それもまだよくわからなくて。
本当は、ちゃんと相談できたらいいのにって、思っていたんですよ。私としっかり向き合ってくれて、その考えはこういう理由で良くないとかきちんと教えてくれるなら、私も納得できたと思うんです。
それなのに、会話の機会もなく全否定されてしまうものだから、私ももう話をする気もなくなって、自分で勝手にやっていこうと決めたんです。
でも、世の中は孤独に厳しいですね。私はできることなら一人で家を借りて、一人で仕事を見つけて、一人で暮らしていきたいって思ってしました。けど、何をするにしたって、結局は親の助けが必要になりました。保証人がいないとなーんにもできません。まぁ、保証人とかが必要ない世界もあるんでしょうけど、私くらい普通の人間は近寄らない方がいいんでしょうね。
仕方ないので、両親と喧嘩別れしたくせに、渋々頭を下げて保証人だのにはなってもらいました。やるだけやって自分の甘さに気づけって、あざ笑うように言われて……とても悔しかったですし、惨めな気持ちにもなりました。自分の無力さが嫌になりましたよ。
あ、ちなみに、私は元々一人暮らしのつもりだったんですけど、詩遊もついてくることになりました。詩遊は私と違って割と真面目に勉強していて、両親の言いつけを守って生活をしているように見えました。けど……どうやら、ずっと窮屈だったみたいですね。
たくさん勉強して良い成績を取って、両親が喜びそうな将来を語って……。それが賢い生き方だと思っていたようですが、同時にこんなのでいいのかなとも迷っていたそうです。
学校では、生真面目でつまらない奴、ってよく言われているそうです。先生のウケは良かったんですけど、同級生からは逆に疎まれているようですね。今の自分が嫌いだって言ってましたよ。
そういうことが関連しているのか、詩遊はアイドルに憧れているそうです。
自分が何者かもわからなくて、自分の好きも嫌いもいまいちはっきりしなくて、落ち込むときがあっても、アイドルを見ていると元気になれる。自分もアイドルみたいになれたらいいなぁ、って。
家では、うるさくならない程度にダンスの練習などをしてますよ。冗談なのか本気なのか、私が家にいると集中できないから帰りは遅くて良いよ、なんてことも言われちゃってます。
ちなみに、詩遊がそういうことを始めたのはこの二ヶ月くらいのことで、まだまだ上手くできないこともたくさんあって、学校では内緒にしているそうです。私も、青野さんと赤嶺さん以外には言いません。
……とまぁ、私の家庭事情は、こんなところでしょうか。たぶん、客観的にはしょうもない家出なんだろうなって思います。
高校生が、妹を養いながら学業とバイトを両立し、かつ将来のために絵の練習に励む……。こんなの、できるわけないんですよね。実際、青野さんに助けていただく前には、色々なものが行き詰まって、自分がダメになっていくのを感じていました。
別に、親から虐待を受けていたわけではありません。とびきりの不幸があったわけでもありません。
でも、あのまま両親と暮らしていたら、私は私を見失っていたとは思います。
色々と詰め込みすぎて立ちゆかなくなったことは、失敗でした。でも、家出をしたことは、間違いじゃなかったって信じています。
両親の元を離れて、ようやくゆったりと呼吸ができるようになりました。私は、私の輪郭を取り戻すことができました。
……少し長くなりましたね。私のお話は、とりあえず以上です」
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