第46話 間接

 鮎白駅のホームに到着したところで、希星が切り出してきた。


「あの、駅前の広場で、もう少しだけお話しませんか? 私が家を出た理由、お話する約束でしたし」

「ああ、そうだったな。でも、広場は寒くないか?」

「平気です。いえ、やっぱり平気じゃないです。青野さんが温めてください」

「……温かい飲み物でも買っていこう。コンビニも近い」

「むぅ。いつも意地悪ですね。青野さんがそっと抱きしめていてくれれば済む話なんですよ?」

「そういうのはダメだって言ってるだろ。あんまりしつこいと会えなくなるぞ」

「……仕方ないですね。会うことすらできないなんて発狂ものです。青野さんのお部屋に窓を突き破って侵入しかねません」

「……止めてくれ。俺はホラーは得意じゃないんだ」

「私がいるから大丈夫です。私、ホラー映画とか得意ですから」

「俺の人生をホラーに変えようとしている奴が何を言ってるんだか……」


 てへ、と可愛らしく舌を出す希星に密かに悶えつつ、俺たちは一度最寄りのコンビニへ。そこでココアとカフェラテを購入して、駅前の広場にあるベンチに並んで腰掛ける。

 希星がココアに口をつけ、ほぅ、と満足そうな溜息。


「美味しいです」

「それは良かった」


 俺もカフェラテを一口。ミルクのほんのりした甘さが心地良い。


「美味しいですか?」

「うん。美味いよ」

「じゃあ、一口ください」

「……あのなぁ」

「何を呆れているんですか? 私はただ、美味しいカフェラテに興味があるだけです」

「……もう一つ買ってこようか」

「もー、また意地悪して。間接キスくらいいいじゃないですか。それで妊娠するわけでもあるまいし」

「……そういう問題かよ」

「じゃあ、何が問題なんですか?」

「言われてみれば、特に問題はないのかもな」

「なら、一口ください」

「仕方ないなぁ……」


 渋々、俺は希星にカフェオレを手渡す。すると、希星はココアを手渡してきた。


「私のも、一口どうぞ?」

「……遠慮しておくよ。甘い物は苦手でね」

「それは嘘です。いつか、甘い物も普通に食べるって聞きました」

「バレたか」

「バレバレです。青野さんはいい大人なんですから、こんなこと変に意識しないでやればいいじゃないですか。……キスだって飽きるくらい経験しているんでしょう?」

「飽きるほどした覚えはねーよ」


 希星が引きそうにないので、俺もココアを受け取る。それを軽く一口だけいただいた。

 間接キスだろうと、味に代わりはない。ただ、やはり憎からず思っている相手との間接キスだと、知らずに心臓の鼓動は早くなった。


「……本当に、全然表情も変えずに飲むなんて。かわいげがないですよ」

「俺は大人だからな」

「私も、もう子供じゃないですよ」


 希星もカフェラテを一口。街灯の薄明かりの中でもはっきりわかるほど頬が赤くて、かわいげがありすぎる姿に見とれてしまった。


「……初、間接キスです」

「俺で良かったのか?」

「青野さんじゃなきゃ嫌でした」

「はっきり言うなぁ……」

「もっとはっきり言っていいなら、言っちゃいますよ」

「それはまだ止めておいてくれ」

「……わかりました」

「っていうか、のんびりするだけじゃなくて、希星の家庭の事情を教えてくれるんだろ?」

「あ、そうでした」

「……もう忘れてたのか」

「青野さんともう少し一緒にいるのが、一番の目的でしたから」

「計算高いなぁ」

「そうさせてるのは青野さんです」

「わかったわかった。とりあえず、本題を聞かせてくれ。あと、ココアも返すよ」

「はい。じゃあ、カフェラテも」


 飲み物を交換し、お互いにまた一口ずつ。希星の顔は相変わらず赤い。風邪でも引いたのかと心配になる。


「……本当は、溢れる激情のままに走り回りたいくらいです。青野さんがあんまり冷静だから、悔しくて平気な顔してますけど」

「平気な顔はしてないな」

「そこは見て見ぬフリが大人の対応だと思います」

「はいはい。俺は何も見てないよ」


 そんなやり取りをゆったりと続けた後、希星はようやく打ち明け話を始めた。

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