第45話 我慢
俺たちが向かった先は、電車と徒歩で三十分程移動した場所にある公園。城の跡地で、春には花見スポットとして賑わうのだが、今は全く別のもので人を集めている。事前にちゃんと調べていた訳でもないが、WEB広告でちらっと見て、気になっていたものだ。
「わぁ……綺麗ですね……。イルミネーション……とは違うんですね」
「うん。これはイルミネーションとは違って、そこにある物をプロジェクションマッピングとかで彩ってる。初めて見るけど、壮観だな」
この公園で行われているのは、プロジェクションマッピングによる装飾。木々をカラフルに彩ったり、石垣に光の動物を映し出したり。彩りがとても美しく、絵やイラストに興味があるなら気に入るだろうと思った。
「……青野さんは、本当に素敵な場所を知ってるんですね」
「ここについては、たまたま広告を目にしただけだよ。結構話題になっているみたいだし、俺がすごいってことはない」
「そうですか? でも、連れてきてくださってありがとうございます。私、感動しましたし、ここが好きになりました」
「それは良かった。毎年やってるわけではないから、写真とか撮っておくといいよ」
「はい。そうします」
希星がスマホを取り出し、写真を撮っていく。せっかくだから俺も写真を撮ることにして……煌びやかな演出よりも、それを眺める希星の横顔をそっと写真に納める。
「あ、い、今、私の写真、撮りました?」
「あ、悪い。つい」
「ついって! 盗撮ですよ、盗撮! ちょっと見せてください!」
希星が半ば俺のスマホを奪い取る。写真を表示し、ためつすがめつ見つめる。
「……うう。気が抜けた表情って恥ずかしいじゃないですか。止めてくださいよぉ」
「悪かった。見とれてる姿が綺麗だったから、思わず、な」
「……私、綺麗、でしたか?」
「うん。綺麗だったよ」
周囲が薄暗く、希星の細かい表情はわからない。ただ、照れて赤面しているのではないかと、勝手に思った。
「……じゃあ、これはいいです。でも、次からはちゃんと撮るって言ってください」
「わかったよ」
「っていうか、一緒に写りましょうよ。手を繋いで……とかは言いませんから、いいでしょう?」
「……わかった。撮ろう」
「へへ。ありがとうございます」
希星のスマホを渡され、俺がシャッターを押すことになった。自撮り棒などはないし、その方が希星が綺麗に写るのだとか。
希星の厳しいチェックの元、何度か撮り直しをして、ようやく合格が出た。……この感じ、少し懐かしいな。特に代わり映えのしないように見える写真を何度も撮らされて、こっちだけは少し疲れてしまう。写真を撮るのは好きだが、女性を撮るのはとても大変だ。
「後で送りますね?」
「ああ、そうしてくれ」
「……パソコンの壁紙にしてもいいですよ?」
「……それは遠慮しておく」
「なんでですか? 写真、気に入りませんでした?」
「そういう問題じゃない。俺は俺の写ってる写真なんてよく見えるところに置きたくないんだ。使うなら希星だけが写ってる写真にするよ」
「……じゃあ、撮りますか? 私だけの写真」
「ええ……?」
「私の写真、撮っていいですから、壁紙にしてください」
「……わかったよ。じゃあ、撮るぞ」
「はいっ」
希星に乗せられるまま、俺は希星の写真をたくさん撮った。今この瞬間、俺はカメラマンで、希星はモデル。俺の指示でポーズや表情を作ることもあれば、希星の方から希望が出ることもある。
一枚一枚の写真に希星がこだわりを持つのでなかなか時間はかかったが、希星は絵になるし、正直とても楽しかった。
学生時代に戻ったみたい……なんて、陳腐なことも思ってしまった。
公園内を巡りつつ、俺たちは一時間程を撮影に費やした。スマホの写真データが今日だけで数百枚か増えてしまったな……。ちょっと他人には見せられない感じだ。後でちゃんと整理しよう。
しかし、時間をかけた甲斐もあって、気に入る写真もたくさん撮れた。希星も満足してくれたようで、良いお出かけになったことだろう。
俺たちは城壁跡の小高い場所に立ち、最後にささやかな夜景を眺める。
「たくさん撮ってくださってありがとうございました。というか、ちょっとこだわり過ぎましたよね……。疲れさせてしまってごめんなさい」
「気にするな。俺も楽しかった」
「そうですか? それなら良かったです。約束通り、どれかをパソコンの壁紙にしてくださいね?」
「わかってるよ」
「……本当はスマホの待ち受けが良かったんですけどね。流石に気まずいかと思って、遠慮しました」
「それはちょっと、な。会社で見られたらまずい」
「はぁ。早く、誰に見られても堂々としていられる関係になりたいですね」
「……焦らない焦らない」
「わかってますっ。それに、今のこの微妙な関係も、案外楽しいですね。……会えない時間が長すぎると、苦しくておかしくなりそうですけど」
「……たまには、二人で過ごそう」
「たまにはっていうか、これからはイラストを描くために青野さんの部屋に気軽に出入りさせてください。私の夢を応援してくださるなら、それを許してください」
「……パソコンをそっちに移してもいいぞ」
「それは嫌です」
「……あのなぁ。まぁ、わかったよ。ただし、希星が部屋にいる間、俺はなるべく距離を取るからな」
「むぅ……またそんないけずなことを……」
「それが俺たちのため」
「……わかりました。我慢します。代わりに、最低二週間に一回、できれば週に一回は、私とお出かけしてください。絵の練習もしますけど、青野さん成分が足りなくなると絵の練習どころじゃありませんから」
「わかったよ。ただし、そんな頻繁だと、俺も行くところなんて思いつかないからな」
「どこでもいいですよ。青野さんがいれば、それだけで全て丸く納まります」
「……わかった。それじゃあ、七時手前だし、そろそろ帰ろうか」
「あ、待ってください」
「ん?」
「ハグ……してくれるんですよね? ここじゃ、ダメですか?」
「……人目があるだろ」
「誰もこっちなんて見てません。それに、薄暗くて顔もよくわかりませんよ」
「うーん……」
ここでそんなことをして良いものか。どこに人の目があるかもわからない。山吹に遭遇してしまったみたいに、他にも何かあるかもしれない。
「……焦れったいですね。大丈夫です。こういうのは、堂々としている方がむしろ怪しくないんですよ」
そう言って、希星はそっと俺に抱きついてきた。俺は抵抗することもできず、抱きしめ返すことしかできなかった。
女性を抱きしめるなんて久しぶり。その華奢な体が愛おしくなって、喉に当たるさらさらの髪がくすぐったくて。本来触れてはいけないはずのものに触れている背徳感も、俺の気分を余計に高揚させた。
「……ずっとこうしてたいです」
希星がひっそりと呟く。本当に、もう。我慢しつづけるこっちの身にもなってくれっ。
ただ、ある意味人の目があるところで良かったのかもしれない。人気がないところでこんなことをしていたら……俺は、きっと希星にキスでもしてしまっていただろうから。
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