第44話 友達

 希星がはっきりと告げてしまったのなら仕方ない。俺は二人に近づき、軽く声をかける。


「初めまして。俺は青野って言うんだ。君は山吹君っていうんだね?」

「あ、はい。山吹錬です。……えっと、あれ? 藍川さん、青野さんとはどういう関係? っていうか、なんで一緒にコスプレ衣装を……?」


 そこで、山吹が何かに思い至った様子。俺に鋭い視線を送る。また、一歩前に出て、希星を庇うような位置取り。


「……あなた、藍川さんに何をさせているんですか? そもそもどういう関係なんですか? 見た感じ、大学生ってわけでもないですよね? 社会人が、女子高生と一緒にいる理由ってなんですか?」


 ……わかっちゃいたが、世間的には社会人と女子高生が一緒にいれば、こういう反応になるよな。いたいけな女子高生を食い物にするゲスな社会人男性。そう見えても仕方ない。


「あんまり一遍に訊かないでくれ。とりあえず、山吹君を心配させるようなことはしていない」

「……では、一つずつ教えてください。藍川さんとはどういう関係ですか?」


 相変わらず山吹の視線は冷たい。そして、隣の希星はそんな山吹に何かを言おうとしている。


「藍川さん。ここは、俺から説明するよ」

「あ……はい」

「山吹君。俺と藍川さんは、強いて言えば友達だよ。色々と縁があって、一緒に買い物するくらいにはなった」

「……色々ってなんですか?」

「俺の行きつけの喫茶店に、たまたま藍川さんも来ていてね。山吹君がどこまで知っているかわからないが、藍川さんは絵とかイラストを描くのが好きで、俺もそうだったから、少し話をするようになったんだ」

「……なんで、一緒に買い物を?」

「それは俺のせいじゃないぞ? 内密にしておいてほしいが、藍川さんはコスプレに興味があるらしくてね。だけど一人で買うのはちょっと恥ずかしいから、付いてきてくれって。俺と一緒の方が、一人より恥ずかしいと思うんだけど」

「……そうですか」


 まだ疑わしそうにこちらを見てくる。もう一押ししておこうか。


「ま、藍川さんもちゃっかりしているところはあるよ。特別に高い物は買わないので衣装代を出してください、その代わり、一枚だけ絵の資料用にコスプレ写真あげますってさ。

 俺も男だし、やましいことを考えているわけじゃないけど、女子高生のコスプレ写真が手には入って、一緒にお買い物できるなら、四、五千円の出費はいいかなと思っただけさ」

「……なるほど。だいたい状況は理解しました」


 山吹が、今度は希星の方を見る。


「……そういうことなんだね?」

「うん……。ごめん、変な心配させちゃったみたいで」

「……ちなみに、クリスマスの予定って、この人とじゃないよね?」

「え、えっと……」


 希星が言いよどんでしまう。そこで、山吹がまた俺に不穏な視線を送ってくる。


「ある意味正解だけど、山吹君の考えているような話じゃない。ほら、これだよ」


 俺は、矢代さんからもらったイラストコンテストの案内を取り出す。


「この喫茶店で、イラストコンテストがあるんだ。俺と二人で過ごすってわけじゃなく、他の絵描き友達も交えて会おうかって話になってる。それだけ」

「……そうでしたか」


 山吹がようやく納得した様子で、目つきを柔らかくする。そして、素直に頭を下げた。


「すみませんでした。事情も知らず、勘違いで失礼な態度を取ってしまいました」

「いやいや、山吹君の反応ももっともだよ。俺が逆の立場だったら同じことをする。気にしないでくれ」

「はい……。許していただいてありがとうございます」


 また、今度は希星の方を見て軽く頭を下げる。


「ごめん、藍川さん。藍川さんの友達に失礼な態度取っちゃって」

「あ、ううん、いいよ。心配してくれたんでしょ? まぁ、変な勘ぐりしちゃうよね。私も、紛らわしいことしちゃってごめん」

「これは俺の勝手な勘違いだから、藍川さんは謝らないでくれ」

「そう……? じゃあ、うん、わかった」


 話が落ち着いたところで、山吹が一つ提案。


「あの、もし良かったら、二人とも、俺の買い物に付き合ってくれませんか? クリスマスのプレゼント、本当に何を買えばいいのか迷ってて、力を貸していただけると助かります」


 俺は希星と顔を見合わせる。希星は断りたいところだろうが、変に避けていると思われるのも良くないか。


「……俺は構わないよ。三十分くらいのものだろう? 藍川さんも、どうかな?」

「あ……はい。構いません」

「じゃあ、山吹君、少しだけ一緒に買い物をしよう。あ、先にこっちの会計を済ませてもいいかな? 持ち歩くのも少し気恥ずかしいしさ」

「はい。大丈夫です。急なお願いに付き合っていただいてすみません」

「いいよいいよ。気にしないでくれ」


 そういう訳で、まずはメイド服の会計を済ませたのち、俺たちは三人で買い物をすることになった。

 高校生二人に俺が付きそうというのも変な話だったが、希星は俺が近くにいないと嫌な様子だったので仕方ない。

 また、山吹は基本的に社交的な性格らしく、初対面の俺ともスムーズに会話をしていた。悪く言えば、俺の素性を探られていたということでもあるだろうがな。

 三人でのショッピングは二十分程度で終わり、山吹は結局何も買わなかった。とはいえ、色々と悩んだ末、少し高級な焼き菓子にしようということに決まり、賞味期限の関係からクリスマスパーティーがもっと近くなってから買おうということになった。


「青野さん、お付き合いいただいてありがとうございました。藍川さんも、本当に助かったよ。ありがとう」


 店の入り口付近にて、山吹が丁寧に頭を下げてきた。


「俺は何もしてないよ。手伝ったのは藍川さん」

「私もそんなに大したことはしてないよ。誰でも思いつくようなことを言っただけだから」

「……誰でもは思いつかないんだよー。俺、こういうの本当に苦手でさぁ」

「そうなの? でも、意外だね。山吹君なら、誰かにプレゼントを渡すのとか、慣れてそうなのに」

「そんなことないよ。俺、基本的に男子としかかつるんでこなくて。まぁ、クリパ参加者が男だけだったら適当に選ぶんだけど、女子も来るとなると、もう何がなんだか……」

「そうなんだ……。山吹君なら、彼女くらいいる気がしてた」

「そんなことはないよ。女子から多少は興味を持ってもらえることはあるみたいだけど、恋愛まで発展したことなくて。俺がそういうのわかんないから、ずっと避けてたっていうのもあるけど……」

「なるほどね。……私も似たようなところちょっとあるから、わかるかも」

「……そう? 藍川さんなら、彼氏の一人や二人、いるだろうと思ってた」

「ううん。いないよ。誰かに好意を向けられても、それに応えられる自信がなくて」

「そっか。わかる。自分は恋愛について全然わかんないのに、一方的に好意だけ向けられるの、怖いよな」

「うん。怖い。恋愛以前に、無理ってなっちゃう」

「……話のわかってくれる人がいてくれて嬉しいな。正直、こんな話を友達にしても嫌な顔されるっていうか」

「……だね。それも、わかる」


 山吹が笑顔を見せて、希星も躊躇いがちに微笑み返す。俺にはわからない悩みって奴かな。

 ともあれ、山吹は満足したようで、ここで退散することになった。」


「じゃあ、藍川さん、また明後日学校で。青野さんは、また縁があればお会いしましょう」

「またね」

「おう、またな」


 山吹が去り、俺と希星も並んで歩き出す。希星は大きく息を吐いて、軽く伸びをした。


「はぁー、緊張しました。変なボロが出ないかって、冷や冷やしてしまいましよ」

「だな。無事にやり過ごせて良かった」

「けど、青野さんに友達って言われちゃうと……なんだか寂しいですね。あの場ではそう言うしかなかったんですけど、友達なんて言わないで、って思っちゃいました」


 へへ、と切なげに笑う希星。その笑顔に、俺も少し胸が痛くなる。


「……今は友達だろ」

「あ、また意地悪なことを。酷いですっ。私の気持ち、わかってるくせにっ」


 希星がぷいっとそっぽ向く。わかっているからこそ、保つべき距離があるのだ。


「……そう拗ねるなよ。それより、これからどうする? もう五時過ぎてるし、そろそろ帰るか?」

「むむ。私が拗ねてるのに、それより、って流しましたね?」

「……あー、うん。すまん。まぁでも、わかってくれ。俺たちの関係じゃ、言えないこともできないこともあるんだ」

「……もし私が十八歳だったら、どうしてたんですか?」

「十八歳だったらこんな複雑な状態になってないだろー」

「あ、逃げましたねっ。もー、青野さんすぐ逃げるんですから。いじけちゃいますよ?」

「そんときには……人のいないところでハグをして、ごめんな、って言うよ」


 収拾がつかなそうだったのでそんなことを言ってしまったのだが、希星はそれで随分と気持ちが高ぶった様子。


「ほ、本当ですか? いじけて見せたら、そういうこと、してくれるんですか?」

「いや、あえてそんなことしないでくれよ。緊急事態のときだけだ」

「今もう既に緊急事態ですよ! 抱きしめてくれなければ、私、食事も喉を通らないくらいにいじけます!」

「……あのなぁ」

「……いいじゃないですか。人のいないところで、ハグくらい。健全ですよ。健全すぎるくらいに」


 希星は、本気で俺のハグなんかを求めているらしい。

 希星はずっと俺を好きでいるつもりでいるようだけれど、たぶん、今ほどの熱い気持ちは永遠に続くわけではない。大人の俺は、それくらいわかっている。

 だからこそ、今しか持てないその願望を、叶えてやりたいという気持ちも芽生えてきた。


「……わかったよ。でも、場所は選ぶぞ」


 俺の一言で、希星が満面の笑みを浮かべる。……ああもう、可愛い奴だなぁ!


「ありがとうございます! 場所は……まぁ、ちょっと探しましょう。それと、まだ五時ですし、もう一つくらいどこか行きましょうよ。どこかお勧めはありませんか?」

「……いいのか? 妹が待ってるだろ?」

「別に待ってませんってば。そんなに帰りたいんですか?」

「そういうわけじゃないよ。単純に詩遊が心配なだけ」

「中学生にもなって、いつまでもお姉ちゃんを求めるなんてことはありませんよ」

「そっか。じゃあ……最後にもう一つな」

「はい。青野さんに選ばせてばかりで申し訳ないですけど、今日はお願いしますっ」


 希星がキラキラした笑顔を向けてくる。こんな笑顔を向けられれば、当然嬉しい。とっさに抱きしめたくなった衝動は、どうにかこうにか押さえ込むことにした。

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