第43話 ツレ
希星と宵村の話は二時間ほど続いた。女の子同士の会話だからか、ようやく見つけた同士との会話だからか、なかなか話が終わらなかったようだ。
俺がいなかったらまだまだ会話が続いていたのかもしれないが、希星は俺を待たせていると思って途中で切り上げた。
食べた分の会計を済ませ、最後にもう一度店内に掲示された作品を見てまわる。
「ごめんなさい。お待たせしてしまいました」
「構わないよ。むしろ、希星は俺といるより、宵村さんといる方が自然だしな」
「……青野さんは意地悪ですね。それ、遠回しに私を責めてます?」
「へ? そんな風に聞こえた?」
「ちょっとだけ。自分といるよりあの子と一緒にいるのが楽しいならそうすればいいじゃん、みたいなことかと」
「あー……なるほど。すまん、全くそういう意図はない。単なる事実として、同年代と一緒に話している方が自然だよなって思ってただけ」
「青野さんは、自分を過小評価しすぎです。それはもちろん、火鈴とおしゃべりするのは楽しいですよ? でも、青野さんと一緒に過ごすのは、全く別の話なんです」
「そうか……」
「自分はたいした存在じゃないと思っていても、他の誰かにとっては大切な何かかもしれない。違いますか?」
「……違わない。と思うよ」
「では、そういうことです。あー、それにしても、素敵なイラストが多すぎてなかなか選び切れませんね。ひとまとめにして画集として置いてあればいいいのに」
「確かに。それもいいな。今度矢代さんに提案してみよう」
「……画集が出るなら、青野さんの作品と、私の作品を隣同士で掲載していただけるよう、お願いしてみたください」
「……希星は案外ロマンチストだな」
「理性だけで絵は描けませんよ」
「確かに」
二人でじっくり見て回ったら、また三十分ほど居座ることになってしまった。そして、あれこれと悩んだ結果、俺と希星は合計二十枚のポストカードを購入した。一枚百円なので、これで二千円だ。
会計を済ませて店を出ると、希星が大きく伸びをした。
「ふわあー! 良いお店でした! ギャラリーもいいですし、デザートも美味しかったですし、友達もできましたし! 連れてきてくださって、本当にありがとうございます!」
「どういたしまして。楽しんでもらえて良かったよ」
「青野さんといると世界が広がりますね。自分が見ていたのが、本当にごく一部でしかなかったんだって、ようやく気づけました」
「それは、高校を卒業した頃にはたくさんの人が思うことだよ。俺が特別なわけでもない」
「あ、また余計な謙遜をしてますね? 青野さん言うことももっともかもしれませんけど、青野さんと一緒だから、広がっていく世界を見るのがとても楽しいんです。一人だったら、きっと、ただ戸惑うばかりだったと思います」
「……そっか。俺としても、そう思ってくれるなら嬉しいよ」
「はいっ。青野さんはもっと自信を持ってくださいっ。えっと、それじゃあ、衣装を買いに行きましょうか?」
「あー……そう、だなー……」
本当に買うのかー、と少し遠い目をしてしまう。そりゃね、女子高生が俺のためにメイド服着てくれるなんて嬉しいよ? だけどさ、やっぱり倫理的な問題もあるじゃない? おっさんが女子高生と一緒にコスプレ衣装を眺めてたら通報されるんじゃないの?
俺の戸惑いなど無視して、希星は意気揚々と駅に向かっていく。止めてくれとも言えないし、ここは覚悟を決めるしかないのかな……。
陽林光駅にもすぐに到着し、そこから電車と地下鉄を乗り継いで少々。安くて雑多な物を置いている、黒い外観が目印の総合ディスカウントストアにたどり着いた。
「ずっと着ていくならちゃんとしたものが良いような気もしますけど、色々レパートリーがあった方が楽しそうですし、まずはここにあるものにしておきましょう」
「……別に、そう何度も着なくてもいいからな?」
「それって……コスプレよりも、は、裸が希望、ってことですか?」
「違うっ」
「あはは。冗談ですよ。さ、行きましょ?」
「……ああ」
並んで歩き、俺たちは四階にあるコスプレ用品の置かれた区画へ。壁一面に様々な衣装が置かれていて、女子高生と一緒に見ているのは非常に気まずかった。
「色々ありますね……。とりあえずメイドでいいですか? それとも、何か他に気になる物がありますか?」
「あー……いや、メイドでいいんじゃないかな」
「いいんじゃないかな、じゃなくて、しっかり選んでください。私が着ているところを想像して、どれが一番魅力的かを判断してください」
「……そうだなぁ」
希星は若干にやにやしながら俺に指示を出した。高校生にして、既に俺を翻弄してやがる……。将来が怖いぜ。
仕方なく、並んでいるコスプレ衣装を端から眺めていく。メイド、ナース、小悪魔、警官、制服、チアガール、バニーガール、魔女、キャットウーマン……多種多様で、どれも希星が着ると非常に可愛らしいものになりそうだ。
俺がうんうん唸りながら悩んでいるのを、希星は愉快そうに眺めている。大人をからかうのがそんなに面白いか。けしからん奴め。
「うーん、どれも捨てがたいが、やはり一つ選ぶならメイドかな」
「わかりました。ご主人様」
「この場でそんな呼び方をするんじゃねぇ。変な誤解をされたらどうするんだっ」
希星はあははと無邪気に笑うのみ。俺たちの関係は世間的に好ましくないことだって、本当にわかっているのやら。
希星はメイド服を手に取り、妙に愛しそうに抱きしめる。
「大丈夫ですよ。他人のことなんて、案外誰も気にしてないものです」
「だといいけどな……」
「じゃあ、次は下着を選びましょう」
「な、何を言い出してるんだ!? それは自分で勝手に選べよ!」
「メイド服の下に着る下着です。青野さんが選んでください」
「俺が選ぶ必要ないだろ!? 見るわけじゃあるまいしっ」
「見せる用の下着です。当然じゃないですか」
「何がどう当然なのか微塵もわからんぞ!?」
「いい大人なんだから下着くらいでそんなに動揺しないでくださいよ。いわゆる見せパンを普通の下着で代用しようとしてるだけです」
「それは代用になっていないだろう!?」
「細かいことはいいんです。ほら、行きましょ?」
いやいやいや、女子高生と一緒に下着を選ぶおっさんとか確実にアウトな絵面だから。希星は許しても世間は許しちゃくれねぇよ。
希星を止めようとしたところで。
「あれ? 藍川さん?」
棚の陰から丁度出てきた少年に、希星が声をかけられた。すらりとした体躯に甘い顔、男子にしては長めの黒髪、涼やかな目元。女性からすると王子様と呼ばれそうな印象だ。
おそらくは、希星の学校での知り合い。少年と出会い、希星は体を強ばらせた。
「あ、あー……山吹、君。奇遇、だね」
山吹……ということは、山吹錬、かな。レポートの中で何度か目にした覚えがある。バスケ部に所属するクラスメイトで、よく希星に話しかけてくる男子。文面だけでは詳細はわからないのだが、希星に特別な関心を寄せているのではないかとは察している。
「うん。奇遇だ。希星さんは、えっと……あ、コ、コスプレ衣装、買うんだ……?」
山吹が希星の手にしたメイド服を見て、さらに壁に飾られたコスプレ衣装も確認し、戸惑いがちに言った。
「あ、えーっと……うん、そう、だよ」
「へ、へぇー、そうなんだ……。ちょっと意外かな。あ、別にダメだとかそう言うつもりじゃないんだけどさ、藍川さんがコスプレに興味があるって、知らなかったから。あ、っていうか、クリスマスも近いし、それで何かコスプレして女子会しよう、とかなってる感じ?」
「あ、うん……その……まぁ、色々、あって」
「そ、っかー……。その、なんか、ごめんな。変に気を遣わせた感じになっちゃって。変に追求するつもりはないし、学校でも言わないし」
「うん……。一応、内緒で」
「わかった」
「じゃあ、私、行くね? バイバイ」
「あ、ちょっと待って」
「……うん? 何?」
「えっと、今、一人?」
「……山吹君は?」
「俺、今は一人なんだ。来月クリスマスだろ? それで、クリスマスパーティーやろうぜ、って話が出てて、そのときに使う飾りとかプレゼントとか見に来た。ちょっと早いけど、今日は特にすることなかったし、早めに用意しちゃえ、って思ってさ」
「あ、そうなんだぁ……」
「……もし良かったら、藍川さんも来ない? 十二月二十五日なんだけど」
「あー……ごめん、ちょっと難しいかも」
「そっか……」
あからさまに気落ちする山吹。これはやはり、山吹は希星を好きなのだろうな。それでも、断られた理由を追及しないのは潔い。
「まぁ、当日まで時間はあるし、もし日程が空いたら連絡してよ」
「うん……。わかった」
「……その、クリスマスが無理なのはわかったんだけど、もし良ければ、三十分くらいでもいいから、少し付き合ってくれないかな? プレゼント選びに来たのに、何がいいのかさっぱりわからなくて。選ぶの手伝ってくれたらありがたい……」
「えっと……」
希星がちらりと俺の方を見てしまう。俺はそれとなく距離を取り、他人です感を出していたのだが、山吹が俺の存在を認識してしまった。
「……うん? もしかして、あの人、藍川さんの連れ?」
おっさんと女子高生の組み合わせはあまり好ましくない上、さらに今は希星がコスプレ衣装を手にしている。状況的には非常に宜しくない。
あくまで他人を装えれば良かったのだけれど。
希星は何かを決意したように、はっきりと言う。
「うん。そうなの。ちょっと一緒に買い物に来たんだ」
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