第42話 応援
希星と宵村が友達になったところで、二人はしばし同じ席でおしゃべりすることになった。
希星は俺の同席を望んでいたが、宵村が俺を警戒しているのはすぐにわかったので、自己紹介だけして離れて座ることにした。
希星と宵村は二人掛けのテーブルを使い、俺はカウンター席を利用。店内はあまり広くないので、二人の会話はそれとなく聞こえる。盗み聞きするつもりもないけれど、軽く内容を頭に入れながら、スマホ片手に注文したココアを飲んだ。
二人の会話は、主に希星が主導する雰囲気になった。希星が話題や質問を提供し、宵村がそれに応える。希星は割とぐいぐい距離を縮めようとしていて、宵村には多少の戸惑いが見えた。でも、決して迷惑そうというわけではなく、希星から来てくれることに安堵している風だった。
聞いていた感じ、宵村は学校に親しい友達はおらず、基本的に一人で過ごしているそうだ。
イラストや絵を描いてはいるが、美術部には所属していない。理由はいくつかある。美術として絵を描くのではなく、自分の好きなように描きたいという気持ちが強いからというのが一つ。また、普通高校なので美術部員でもあまり熱心に絵を描いているわけではなく、自分の熱心さが浮いてしまうのが嫌だというのもあるらしい。
なお、希星も色々と自分のことを語った。絵を描くのが好きで、中学生くらいからよく描くようになったのだけれど、両親はそれを良く思っていなかった。絵を描くなんて無駄なことしてないでもっと意味のあることをしなさい、云々と言われてきたそうな。それが親子喧嘩の原因なのだろうと察したが、希星は詳細を語らなかった。
そんな話を聞き流していると、店主から声がかかった。
「話しかけてもいいかい?」
「ええ、いいですよ」
「まずはこれ。いずれ出品するということだから、その案内だよ」
「ああ、ありがとうございます」
店主は一枚のコピー用紙を渡してくれる。そこには、手数料や細かいルールが書かれていた。
「ちなみに、今のところはいつでも出品できますか? 予約制ってなってますけど」
「うん。大丈夫。まだ壁のスペースは余っているからね。でも、他のお客さんもいるから、もしかしたら埋まってしまうかもしれない」
「そうですか。なら、早めに決めます」
「うん。そうしてくれ。あと、この案内も渡しておこうかな」
店主がもう一枚の紙を渡してくれる。そこには、店独自で行われるイラストコンテストの案内が記載されていた。期間は一ヶ月後で……丁度クリスマスの時期だ。イラストのテーマも、クリスマスとなっている。
「知っての通り、二ヶ月に一度くらい、コンテストを開催しているんだ。まぁ、優勝したとしても賞金はたったの一万円。プロレベルの人が参加するようなものじゃないが、イラストを楽しむ人にとっては、良い刺激になるんじゃないかな?」
「そうですね……。面白そうです。ちなみに、参加者っていつもどれくらいでしたっけ?」
「割と多いよ。毎回三十から五十人くらいは参加する。ちなみに、一人二作品まで可」
「へぇ、結構な数ですね。……変な話、喫茶店業より、広告業で儲けてませんか?」
「それが商売というものだよ」
ふふん、と得意げに笑う店主。確かに、それが商売というものだ。喫茶店だからって、飲食だけで稼ぐ必要はない。
「参加費は五百円。投票はここを訪れるお客さん。俺も投票したことあるな……」
「今回は、青野君も参加するかい? どうせ出品するなら、コンテストに合わせるというのも手だよ」
「ですね。希星にも伝えてみます。たぶん、コンテストに参加しますよ」
「それは楽しみだ。ちなみに……あの子とはどういう関係なんだい? 親戚?」
「……まぁ、そんなところです」
「なるほどね」
店主は頷くが、これは『あまり詮索すべきじゃない』という納得だな。俺もそのつもりで言ったから、察しの良さがありがたい。
「それでは、参加を楽しみにしているよ」
「はい。あ、そうだ、一つ訊きますけど……」
「うん?」
「もう二十七歳で、今更イラストで多少なりともお金を稼ごうなんて、遅過ぎますかね?」
俺の問かけに、店主はふふと愉快そうに笑う。
「そんなことはない。むしろ、二十七なんて若い若い。中には、四十を過ぎてから改めて絵の勉強を始めて、それから絵で稼ぐ人もいる。
社会人を経験して、それからようやく見えてくるものだってたくさんあるんだ。夢を追うことは子供の特権なんかじゃない。何か胸の中にくすぶるものがあるなら、できる限りやってみるといいんじゃないかな」
「……です、かね」
「うん。そうだね」
「わかりました。ああ、そういえば、昔から訊こうと思っていたんですが、矢代さんは、絵を描かないんですよね? なのに、どうしてこんな風にクリエイター応援のようなことをされているんですか?」
「自分では描かない。というか、下手すぎて諦めてしまった。でも、絵もイラストも好きだし、創作をしている人たちも好きだ。だから、自分なりの形で、創作に関わる人を支えられる方法を探ってみた。その結果だよ」
「なるほど。そうでしたか」
「……私はどうにも絵の才能はなかったようだが、どうやら料理の方は昔から好評なんだ。何か注文していかないかい?」
「……そうですね。いただきます。おすすめの……卵とチーズのホットサンドを一つ」
「承知しました。では、少々お待ちを」
店主がしたり顔で微笑み、去っていく。なんとなく断りづらい流れを作るとは、商売上手め。
とはいえ、美味しい料理が食べられるとか、クリエイター応援とかで積極的に打ち出せば、店にはもっと人が来るだろう。それなのに、広告はとても控えめで、店内に人は多くない。
それはきっと、店主の一番の目的が金儲けではないからなのだろう。落ち着いた空間を維持することで、創作に関わる人たちが来やすくしている。あまり賑やかだったら、きっと、宵村のような人は近寄ろうとしないはず。
「……なるべくお金を落とすのも、間接的な支援だよな」
希星だけじゃなく、他の創作者に対しても。
希星が生き生きとするには、適切な環境だって重要だ。これも希星のためと思い、来るときには何かしら注文していこう。
そんなことを思いながら、またゆったりとした時間を過ごした。
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