第41話 友達

「あ、このイラストいいですね。女の子が星を掴もうと手を伸ばしてる姿、素朴で温かいです」

「ん……ああ、確かにいいな」


 壁一面に飾られている中でも、温かみのある色使いや線がとても優しく感じられる。絵柄としては、マンガなどよりも絵本の挿し絵のような雰囲気。


「……名前は、すずしぐれさん。……十六歳! 私と同い年? もしくは一つ上? すごーい、同い年でこんな絵が描けるんだぁ……」


 希星が感嘆の声を上げると、近くの席でガタリと椅子の動く音がした。そちらを向くと、高校生くらいの小柄な女の子がこちらを見ている。ふわっとしたボブカットで、前髪が長く、目元を少し隠してしまっていた。あまり目立たない、白のブラウス姿が雰囲気に合っている。

 急にこちらを向いた理由は、すぐに察しがついた。それは希星も同じようで。


「あ……もしかして、すずしぐれさんですか?」

「あ、えっと、その……はい」


 すずしぐれが、恥ずかしそうに俯いて返事をする。他人と目を合わせるのも、誰かに話しかけるのも苦手そう。いかにも引っ込み思案な女の子という雰囲気だ。


「そうでしたか! すずしぐれさん、初めまして。私、藍川希星です。藍色の川に、希望の星と書きます。今高一の、十六歳です」


 希星が近づいてペコリと頭を下げる。すずしぐれの方は、ぎこちなく会釈した程度。


「えと、その……すずしぐれ、という名前で活動してる、宵村火鈴よいむらかりんです。宵の村に、火の鈴で……。あ、わたしも高一です……」

「なるほど。なら、同い年だね。えっと、こういうときって、どっちの名前で呼んだらいいのかな?」

「……宵村で、いいと思う。対面のとき、ペンネームで呼ばれるのはなんだか恥ずかしい……」

「わかった。宵村さん、すごく素敵なイラストを描くんだね。感動したし、尊敬もする」

「そ、そ、そこまで、言われる程のものじゃ、なくて……」


 宵村の顔は赤く、あからさまに照れている。対面で、全くの他人から無邪気に褒められるってなかなかないのだろうな。


「言われる程のものだよー。私にはあんなの描けないもん。すごく素敵だから、買わせてもらうね?」

「あ、えぁ? あ、ありがとう……ございます……嬉しいです……」

「私も、近いうちに出品しようと思ってるの。宵村さんみたいにはなかなか描けないけど、目標にして頑張ってみる」

「あ、はい……うん。いいと、思う……。でも、わたし程度は目標にしない方が……。技術とか、全然だし……」

「技術は、少なくとも私よりあるよ。それに、イラストを好きになるかどうかって、技術とはあまり関係ないでしょ? 私も最近まで変な思いこみがあったけど……とにかく、私は宵村さんのイラスト、好きだなって思った。好きだなって思ったら、目標にしてもいいでしょう?」

「う、うん……そうですね……」


 希星は勢い込んで力説しているが、宵村はどんどん気圧されてしまっている。俺みたいなおっさんが間に入るのは、宵村からすると怖いかもしれないが……。


「希星、そのくらいにするといい。宵村さん、怯えちゃってるぞ?」

「え? あ、ご、ごめんなさい。つい、気持ちが高ぶって……」


 希星が一歩引いて距離を取る。宵村はホッした表情を見せた。


「だ、大丈夫です……」

「っていうか、ゆっくりしてるとこ、邪魔しちゃったかな? 急にごめんね?」

「……平気です。わたしの方こそ、知らないフリしてれば良かったのに、自分の名前が呼ばれたの、嬉しくて……気になっちゃって……」

「そっか。ちなみに……まだ出会ったばっかりでこんなことを言うのもなんだけど……友達に、なってくれたり、しない、かなー? なんて」


 珍しく、希星がためらいがちに言葉を発した。コミュ力高い方だと思っていたが、こういうときには緊張もする様子。


「友達……? わたしと……?」

「うん。そう。私、絵を描くのが好きなんだけど、同年代で絵を描いてる友達、いないんだ。だから、友達になってくれたら嬉しいな、って」

「……いい、けど」

「本当!? 嬉しい、ありがとう! 連絡先、交換してもいい?」

「……いいですよ」


 宵村としては、まだおっかなびっくりという様子。でも、希星のことを疎ましく思っている様子はない。

 あの雰囲気だと、むしろ宵村の方も絵描きの友達が欲しかったのではなかろうか。自分から誰かに話しかけるのは苦手そうだし、希星からぐいぐい来られて、内心は助かっていそうだ。

 二人は連絡先を交換し、晴れて友達同士になった。希星に色々な人の作品を見せたり、出品を促したりするくらいを目的としていたけれど、思わぬ収穫があったな。

 これからも、希星の世界を広げていけたらいい。学校にももちろん友達はいるようだけれど、レポートを見ている感じ、どうやら本質的にはどこか一線を引いている関係にも思える。

 絵を描くのが好きだという気持ちに共感してくれる仲間が増えることは、希星にとってとても良い影響を与えてくれるはずだ。

 多少の寂しさを感じざるを得ないが、特定の誰かと過剰に強い関係を持つのも良くない。赤嶺とも、宵村とも、希星が良い関係を築いてくれれば、俺はそれを歓迎しよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る