第36話 意志薄弱
「青野さんの作品、もっとたくさん見てみたいです」
多少はペンタブの扱いにも慣れてきたところで、藍川が言った。
「……俺の作品なら前にスマホで見せただろ? それに、そっちの部屋でもこの部屋のWi-Fi使えるようにして、俺の投稿してるサイトも教えて、好きなだけ見られるようになったじゃないか」
隣同士なので、希星の部屋に、俺の部屋に置いているWi-Fiルーターからの電波が届く。それを使わせることで、希星と詩遊も通信料を気にすることなくネットを利用できるようになった。今は好きなだけ見ているはずだが……。
「……でも、あのサイトに載せてるのが全部じゃないですよね?」
「……まぁ、そうだが」
「え、えっちな奴とかもあるんでしょう?」
言葉にするだけで、藍川は随分と緊張した様子。赤嶺とは大違いだな。
こんないたいけな女の子に、破廉恥なイラストを見せるわけにもいかない。よな?
「……十八禁というのは、十八歳以下は見てはいけないという意味であって……」
「そ、そんなの律儀に守っている人なんていませんよ! だったら、女性は十六歳で結婚できるなんて決まりもおかしいです! 法律も変わるらしいですけど、それはそうと、結婚はできるけど子供を作ってはいけません、とでも言うんですか!?」
「そ、それは確かにおかしいが……」
「だったら良いじゃないですか! 私ももう十六歳です。多少のものは平気です。っていうか、友達にはもう経験済みの子もいます。友達の話なのでいつものレポートには書いていませんが、そんな話題は当たり前に出てきますよっ」
「そ、そうだったのか……。進んでるなぁ……」
ってこともないか。俺が高校生の時だって、高一で経験済みの奴は少なからずいた。俺はもちろん全くそんな機会はなかったがな! 女の子と話すことだって極小だったよ!
「ということで、青野さんの描いたそう言う奴も見てみたいです」
「……わかったよ。見たければ好きにすればいい。えっと、画像が入ってるフォルダーは……」
「あ、ちなみに、このイラストソフトで作成しているデータの見方も教えていただけませんか? この、レイヤーとかエフェクトの使い方とかも、ちょっと参考にしたいので」
「ああ、それは簡単。過去のデータを開くなら、左上のこのボタンで……」
まずは過去のデータの開き方を教えてやる。そして、画面に過去の作品のデータがサムネイル状に並ぶ。
「なるほどー。簡単ですね」
「そりゃな。使い勝手が悪かったら利用者が減っちまうし、作成する側も考えているさ。んで、画像ファイルはこっち。……本当に、希星に見せるようなもんじゃないものもたくさんあるから、自己責任だぞ」
「わ、わかってます。平気です」
見る前から希星の顔が赤い。全然平気じゃない。そのウブさに、俺が変な気分になっちまいそうだ。
「……わ、私の顔が赤いのは、イラストがどうとかじゃなくて、青野さんが近いからですからね」
「……いったいなんの言い訳だよ」
可愛らしすぎて押し倒したくなるじゃねぇか。据え膳食えぬ苦しさにもう少し配慮してほしいもんだ。
操作を教えたら、俺は早々にその場を離れる。これ以上近くにいてはいけない。高校生らしいシャンプーの香りなんて、いつまでも感じているわけにはいかない。
ベッドに腰掛けて一息ついていると。
「……あれ? このメイド服の女の子って……私?」
瞬時に蘇る、二週間程前の記憶。
俺は希星をモデルにしてメイド姿の少女を描いて、そして……。
「『これが俺の理想の美少女』……?」
赤嶺に書かされた文言は残したままだ。待て、希星。それは誤解だ。それは赤嶺に書かされたものであって、俺があえて書いたわけではない。
俺が何か言い訳をする前に、赤嶺の顔が急に赤く染まる。
「ああああああ青野、さん、こ、これは、ど、どういう、ええと」
「待て、希星。落ち着け。これにはちょっとした理由があって……」
「わ、わかりました! 私、今度からこの部屋に来るときはメイド服を着ます! そういうのがお好きなんですよね!? 私、青野さんの理想の女の子になります!」
「待て待て待て! 自室にメイド服姿の女子高生を招き入れているおっさんとかマジでやばいから! 今の状況だってあまり良くないのに!」
「でもでもでも! 青野さんにはたくさんのものをいただいてますし、そのお礼もちゃんとさせてくださるっていう約束でしたよね!? 私、メイド服でもバニーガールでもサンタでも、なんでもやりますから!」
「だからー! それはまずいって!」
「何がまずいんですか!? 別に肉体的な接触はありませんし、コスプレしている女子高生なんていくらでもいますよ!? その姿を青野さんだけにお見せするっていうだけの話です! 青野さん専用コスプレです!」
俺専用コスプレ……。ある意味甘美な響きだが、相手が女子高生だと背徳的過ぎる……。
「し、しかし……」
「あとで買いに行きましょう! 青野さんの好きな衣装を選んでください! 何でも着ますから!」
「あ、あのなぁ……」
女子高生と一緒にコスプレ衣装の買い出し……。これはもう犯罪の臭いしかしない。通報される。マジで。
「何を迷ってらっしゃるんですか? これくらい、いいじゃないですか! だいたい、社会人と付き合ってる女子高生だって本当はたくさんいるんですよ? 青野さんは真面目だから、ちゃんと距離を保つことにしてます。でも、健全なコスプレくらい、誰にも咎める権利はありません!」
「そう、だなぁ……」
希星はどうにも納まりがつかない様子。でも、健全なコスプレだって、俺たちの組み合わせだと世間的には決して良いことではない……。
俺がなおも渋っていると、希星が眉を寄せて懇願するように言う。
「……私に、お礼をさせてください。それに……守るべき距離があるとしても、私は、青野さんにもっと……意識されるようになりたいんです。だから……お願いします」
真摯な瞳を向けられると、俺みたいな意志薄弱な奴は許すしかない。
ああ……赤嶺に怒られそうだな。そんなことじゃちょっとした拍子で簡単に一線を越えてしまうぞ、と。
「……わかった。こっちだって、嬉しくないわけじゃないんだ。あとで買い物に行こうな」
「はいっ。ありがとうございますっ」
希星の笑顔が眩しすぎて、俺は視線を逸らす。このままだと、本当に後先考えずにやらかしてしまいそうで怖い。
「……ちなみに、私はヌードモデルだっていつでも勤める気でいますからね?」
希星がぼそりと呟いて、俺は卒倒しそうになる。
「それは、同意があってもマジで犯罪だからダメ」
「そうですか……。誰にもバレなければ問題ないと思いますけど……」
「そういうことじゃないんだよ。ほら、もうコスプレのことはいいから、好きなように過去作品を見てくれ」
「……はい。ちょうど青野さんの……せ、性癖がわかる参考資料がたくさんあるので、それに近づけるように頑張ります」
「頑張らんでいい!」
やれやれ、と溜息をまた一つ。
一緒に過ごしていると本当に精神を消耗するな……。一緒にいるのが嫌なんてことはもちろんないけれど、ものすごく美味しそうな料理を前に、ずっとお預けを食らっているような……。
俺、いつまで耐えられるかな? 本気で心配だ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます