第31話 ツン
「はー、真面目な話をしたらさらにお腹空いちゃった! 青野君、ご飯食べよ」
「ああ、そうだな」
赤嶺が、帰宅途中で買ってきていた弁当を取り出す。俺は唐揚げ弁当で、赤嶺は海鮮丼。
「私たちはご飯食べるけど、希星ちゃんたちはどうする? 流石にもう食べちゃってるよね?」
「はい、もう食べました」
「そっかそっか。なら、大事な話は終わったから、ここで解散にしておこうか? 見知らぬ大人二人の前じゃ、詩遊ちゃんは特に気疲れしちゃうでしょ? 希星ちゃん、詩遊ちゃんを連れて帰る?」
藍川が詩遊を見る。一番気にしているのは詩遊のことのようだが、どうやら赤嶺のことも気になる様子。少し迷った後、藍川が言う。
「……あの、私、赤嶺さんと少し、二人だけでお話したいんですけど」
「私と二人で? 別にいいよ。ご飯はその後でもいいや。でも、詩遊ちゃんはどうする?」
「……詩遊、先に部屋に戻っておいてくれる? 青野さんと二人きりは気が進まないだろうし」
「……お姉ちゃん、話してきていいよ。わたしも、この人と少し話したい」
「え、そうなの? えっと、青野さん、構いませんか?」
「ああ、俺は構わないよ。むしろありがたい」
藍川と交流していくのなら、詩遊の存在を無視するわけにはいかない。ずっと険悪な関係ではいたくないし、向こうが話す機会をくれるというのなら、俺は大歓迎だ。
「それじゃあ……詩遊、あんまり失礼なことしちゃダメだよ? っていうか、詩遊がずっと失礼な態度ですみません。せっかく、私たちのために考えてくださっているのに……」
恐縮する藍川に、赤峰があっけらかんと言う。
「いいのいいの。女の子はね、これくらい警戒心が強くて、お金の誘惑に負けない方がいい。そうじゃなきゃ、将来上っ面だけ整えたアホな男に引っかかって痛い思いするよ。
だいたい、希星ちゃんの方が簡単に気を許しすぎなの。男に限らずだけど、ほんの数ヶ月くらいめちゃくちゃいい人を演じることくらいは難しくない。詩遊ちゃんを見習いなさいね?」
「あ……はい。そうですよね……」
「詩遊ちゃんも、まだまだ私たちのことは疑ってくれていい。怪しい大人に対して、丁寧な受け答えなんてできなくてもいい。従順な子供じゃなかったらどうせ放り出すんでしょ? なんて態度で私たちを試してくれて構わない。
少しずつ、お互いを知っていきましょ?」
詩遊はむすっとした顔で赤峰を半ば睨んでいる。態度は悪いかもしれないが、まだ自分が子供であると知っているからこその必死さだとも思う。気安く信頼して、裏切られることはとても怖いだろう。この態度も、いちいち気にすることはないよな。
「私たちのために、本当に色々と考えてくださってありがとうございます。……それじゃあ、赤嶺さん、私たちは少し外に出ますか? たぶん、三分もかからないんですけど……」
「私はいいよ。詩遊ちゃんも、それで大丈夫だね?」
「……大丈夫です。何かあったら思い切り蹴ります。あれを」
「わかった。そのときは遠慮なくいっちゃっていいよ。再起不能になっちゃっても、悪いのは全部青野君だからさ」
「……さりげなく恐ろしいことを言うのは止めてくれ」
想像するだけでもヒュッってなるんだよ……。女性にはわからないことだろうけれどもさ。
さておき、藍川と赤嶺が一度外に出る。そして、俺はじろりと睨んでくる詩遊と対峙する。
「……それで、俺に話って?」
「青野さんは、お姉ちゃんのことをどう思ってるんですか?」
「……どう、って?」
「とぼけないでください。この流れで訊かれたら、恋愛対象として好きなのかどうかって意味に決まってるじゃないですか。……お姉ちゃんは、不本意ながら、青野さんを好きみたいなので、これはちゃんと確認しておきたいんです。まだ青野さんのことは信用していませんが、もし、信用できる人だったとして、お姉ちゃんを……将来、任せられるのか、確認したいんです。
で、どうなんですか?」
「……そうだなぁ」
答えに迷う。しかし、何のためらいもなくストレートな問いをぶつけて来るものだな。女子中学生だとこれくらいが普通なのか?
「どうなんですか? 変な誤魔化しはなしで、はっきり答えてください」
「……誤魔化すつもりはないんだが、正直言って藍川希星さんに対する感情を説明するのは難しいんだよ。
藍川希星さんのことはもちろん好ましく思っている。好きと言えば好き。でも、単純に恋愛対象としての好きとは言い切れない。
恋愛感情も少なからずあると思う。でもそれ以上に、人間として好きという気持ちもある。
そして、好意とはまた別の話で、お姉ちゃんとして頑張っていて、さらに自分の夢に向かって頑張っている姿なんかを見て、応援したいという気持ちもある。
藍川希星さんに対して、俺は色々な感情を持っているんだ。俺は藍川希星さんを恋愛対象として好きだ、なんてことだけでは、俺の気持ちはとても言い表せない」
俺の懸命な説明に、詩遊は怪訝そうな顔をするばかり。
「はぁ? なんですかそれ。結局誤魔化しじゃないですか。恋愛対象として好きか、そうじゃないか、それだけを訊きたいのに、なんでそんなにごちゃごちゃといらない言葉を付け加えるんですか?
今すぐお姉ちゃんに告白しろとか言うつもりもないのに、そんなはっきりしない態度を取る意味がわかりません。その歳で優柔不断男ですか? そんな風にぐだぐだやってても許されるのは高校生までじゃないんですか? お姉ちゃんを支えられるくらい大人だっていうなら、曖昧な態度なんて止めてくれませんか?」
「うーん……」
詩遊とまともに対峙するのはこれが始めてだが、白黒はっきりさせないと気が済まないタイプなのかもしれない。まだ中学生というのも相まって、その勢いに拍車がかかっているように思う。
赤嶺だったら、俺のこの複雑な心境も理解してくれるだろう。ある程度年を取れば、ある一人の人間に対して、恋愛感情だけを抱くなんてことはなかなかない。友情も、愛情も、情も、それ以外の様々な思いも絡み合って、誰かに対する想いができあがる。
恋愛対象として好きか、そうじゃないか。それだけを基準に考えると、あまりにも取りこぼすものが多すぎて、いっそ嘘でもついているような気持ちにさえなってしまう。
『藍川希星さんのことは、恋愛対象として好きだよ』
そう答えれば、詩遊は満足するのかもしれない。でも……それは俺の気持ちではないと、どうしても思ってしまう。好きだから支援するんだよ、なんてシンプル過ぎる構図は誤解が酷すぎると思ってしまう。
「……ごめん。君には俺が優柔不断で不誠実な男に見えてしまうかもしれない。けど、やはり、恋愛対象として藍川希星さんを好きかどうかという部分だけを切り取られるのは、どうしても納得いかないんだ。そんなシンプルな感情じゃないんだよ。
こんな答えは求めていないんだと思う。納得いかないんだと思う。
でも、これだけは理解してほしい。俺は藍川希星さんを必ずきっちりと支えてみせる。俺と藍川希星さんとの関係が、どこで終わるのかはわからない。高校卒業までなのか、大学卒業までなのか、はたまたもっとずっと先まで続くのか……。
優柔不断でいていいのは高校生までだろって言いたくなるのも、すごくわかる。俺、情けないこと言ってるなって思う。
けど、ごめん。今の俺には、これ以上の答えは返せない。これ以上はどう言っても……きっと、嘘になる。君に納得してもらうためだけの誤魔化しになる。これが、俺の精一杯の答えだ」
丁寧に、ゆっくりと言い聞かせるように言葉を紡いだ。
詩遊は、ごちゃごちゃと言葉を並べる俺を胡散臭そうに睨むばかり。納得はしてくれまい。それでも、仕方がない。俺と詩遊の間には、十年以上の隔たりがある。生きてきた時間が違って、経験したことが違って、あまりにも違いが多すぎるから、言葉を尽くしただけでは通じないこともある。
「……ふん。もういいです。あなたにお姉ちゃんは任せられないってことはわかりました。支援はありがたくいただきますが、お姉ちゃんと過剰な接触は止めてください。迷惑です」
「……はは。嫌われちまったもんだなぁ」
詩遊はツンとした表情でそっぽ向いて、俺は苦笑するばかり。
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