第29話 詩遊
俺たちがアパートの前に戻ると、赤嶺と一緒に妹の詩遊が待っていた。……確かに、俺が呼び出してからすぐに飛び出してきたのだから、何事かと不安になって様子を見に来てもおかしくないな。
「話はついたみたいね?」
赤嶺がやれやれと呆れた風に言った。
「ああ、とりあえずな」
俺が頷いている隣で、詩遊が藍川に駆け寄って、俺と距離を取らせる。
「お姉ちゃん、どういうこと? なんで隣の部屋の人と一緒なの? こっちの女の人は何?」
「詩遊。心配しないでいいから。悪い人たちじゃないよ。でも、ごめんね。何も言わずに飛び出しちゃって」
藍川が詩遊の頭を撫でる。詩遊は全く納得していない様子で、特に俺を睨む。
「お姉ちゃん、早く帰ろ」
詩遊が藍川の手を引く。そこで、赤嶺が制止をかける。
「ちょっと待って。突然で悪いけど、私たち、君たち二人に大事な話があるの。ちょっと時間は遅いけど、改めてきちんとお話をさせてほしい。二人の今後の生活に関わることだから、お願い」
たぶん、俺が言い出していたら、詩遊はただ拒絶するだけだったろう。しかし、赤嶺がいてくれたおかげで、ためらいながらも様子を見る態度になっている。
「詩遊、私からもお願い。四人で話をさせて。私たちにとって大事な話だし、メリットのあることだから」
「……本当に? 大丈夫? 信用できるの?」
「うん。大丈夫。安心して」
「うん……」
詩遊はなおも半信半疑。でも、これくらいの警戒心を持っている方が、大人としては安心だ。むしろ、藍川があまりにもあっさりと俺を信用しすぎである。それだけ切羽詰まっていたということなのだろうが、心配になる。
俺が何か言うと詩遊を不安にさせそうなので、赤嶺の言葉を視線で促す。
「ん。それじゃ、場所はとりあえず青野君の部屋でいいかな? 藍川家に押し入るわけにもいかなしい、外は寒いしね。もし不安なら、その辺のファミレスとかでもいいけど、どう?」
答えたのは、藍川。
「あの、青野さんのお部屋で大丈夫です。信頼できる人だってわかってますから。詩遊、大丈夫だから付いてきて」
「……うん。わかった」
詩遊の了解も得て、四人で俺の部屋へ。一人暮らし用の間取りに四人も入るのは少々狭いが、今は我慢してもらおう。……にしても、この部屋で男女比が一対三になる日が来ようとは……。俺の人生、どうした。
「ふぅん、男の一人暮らしにしてはまともな部屋じゃん。多少は散らかってるけど、不快にはならない程度かな」
赤嶺がそう評して、俺は苦笑するばかり。
「俺の生活に支障がなければ問題ないからな。えっと、座布団が一応二枚ある。それは藍川姉妹で使ってくれ。赤嶺さんは、そっちのデスクチェアにでも。俺は床で十分だ」
「ありがと。じゃあ、二人とも座って。少し、お話をしましょう」
赤嶺が仕切ってくれて、藍川と詩遊が座布団の上に座るなどそれぞれの位置へ。なお、俺はなるべく藍川姉妹からは距離を取ることにした。詩遊からすれば、俺が一番怖い相手だろうからな。
「確認だけど、詩遊ちゃんは青野君と希星ちゃんの関係については何も知らないんだよね?」
「……関係って、どういうことですか? 何かやましい関係なんですか?」
「ああ、違う違う。その辺はちゃんと清い関係だから心配しないで。ただね、普通のお隣さん同士ではないの」
「……じゃあ、なんなんですか?」
「つい三日前のことなんだけど、青野君、希星ちゃんに金銭的な支援をするって申し出て、希星ちゃんはそれを承諾した。だから、青野君は希星ちゃんの支援者だね」
「……それ、その人がお姉ちゃんにお金を渡すってことですよね? 何が目的なんですか? お金を渡すから、見返りに体を差し出せって、そういう話じゃないんですか?」
詩遊の表情が険しい。でも、それが当然の発想だ。俺を睨みつけたくもなる。
「ううん。そうじゃないの。青野君、ものすごい変人でね、見返りなんて一切求めず、一方的に支援を申し出たの」
「はぁ? ありえません。そんなバカがどこの世界にいるっていうんですか。どうせ裏があるに決まってます。
親切なフリして近寄って、なんの見返りも求めないって体で相手の信頼を勝ち取って、最後には結局体の関係を持つように誘導するんです。
そういうの、グルーミングっていうじゃないですか? 正確には違うかもしれませんけど、似たようなものですよね?」
「詩遊ちゃんは難しい言葉を知ってるのね。そうやって警戒心を持つこと、大切だと思う。
だけどね、青野君は本当にそういう目的で希星ちゃんに近づいたわけじゃないの。バカとかアホとしか言いようがないくらいにお人好しで、困窮している希星ちゃんを放っておけなかっただけなんだ。ね、青野君?」
「ああ、そうだな。結果として多少のお礼はもらうことになったが、それは性的なものじゃない。そして、誓って言うが、当初から性的な見返りなんて全く求めてない」
「……そんなの、口では何とでも言えます」
詩遊はなおも俺を睨み続ける。怖いけれど、よほど姉のことが大事なのだなと、微笑ましく思うところもあった。
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