第27話 申し出

 しばしまったりした時間を過ごしたら、俺たちはカラオケへと向かった。二時間くらいで終わるものと思っていたが、赤嶺はフリータイムを選択。三、四時間程度にはなるだろうと覚悟を決めた。

 それから二人で部屋に行き、交互に歌う流れになった。赤嶺の歌が上手いことは知っていたけれど、久々に聴くとやはり上手くて、女性にモテそうだな、なんて変な感想を抱いた。

 俺も随分久し振りにカラオケで歌ったが、赤嶺からは良い声だという評価をもらった。歌が上手いとは言われなかったが、不快にはさせなかったようなので一安心。

 結局、フリータイムの制限時間一杯まで居座ることになり、俺たちは午後七時にカラオケを出た。なお、ずっと歌い続けたわけではなく、間で結構な時間を雑談で過ごした。赤嶺はしゃべり上手で、話していて飽きないことに素直に尊敬の念を抱いた。


「いやー、歌ってしゃべって、満足したわ! 青野君、ごめんね、長いこと付き合わせちゃって」

「俺だって楽しんでたから全然構わないよ。こちらこそ、代わり映えのない日々を楽しくしてくれてありがとう」

「そかそか。そう言ってもらえるなら良かったよ。にしても、お腹空かない?」

「うん、空いた」

「じゃあ、一緒に食べる?」

「ああ、いいぞ。むしろこっちから誘いたかったくらい」

「そうかそうか。……じゃーさー、青野君の家で一緒に食べない? お弁当とか買って、さ?」

「……なんで俺の家?」

「見られたら困るもんでもあるの? エグいエロ本持ってたって別に気にしないけど?」

「そんなもんはない。っていうか、なんで俺の部屋に来たがるんだよ。俺だって男なんだから、無闇に部屋に来ようとするなって」

「……じゃあ、理由を付ける。私、青野君が支援する女の子に会ってみたい」

「会ってどうするんだ? 変に刺激するのは止めてほしいんだが」


 俺が軽く睨むと、赤峰は思案顔になる。


「これはまだ、考えてる途中なんだけどさ」

「うん? 何を?」

「私も協力してあげようかな、って思って」

「協力……? もしかして、支援の?」

「そう。その子……名前はなんだっけ? まだ聞いてないよね?」

「藍川希星きせ。希望の星って書くんだと」

「ふんふん。それで、妹ちゃんは?」

「藍川詩遊しゆ。詩で遊ぶ」

「なるほどなるほど。青野君、その希星ちゃんと詩遊ちゃん、両方を支援するのは流石にきつくない? 青野君の稼ぎだと、不足ない支援ができるの、一人分が限度なんじゃないかな? ただ生活の支援するだけじゃなく、夢を叶えるための習い事なんかも含めると、なおさらさ」

「……まぁ、貯金はあるけど、結構ぎりぎりかなとは思う」

「だったら、その支援、私も手伝ってもいい。希星ちゃんの方は青野君に任せるとして、詩遊ちゃんは私が担当する、って感じでさ」

「それは助かるけど……本当にいいのか? こんなの、たいした見返りもなくて、ほぼ一方的に与えるだけになるんだぞ?」

「……まぁ、まだ迷うところはあるよ。藍川家の事情も知らないし、希星ちゃんと詩遊ちゃんの人柄もわからない。今後数年間の出費を考えると、数百万単位のお金になる。その価値があるって確信は持てない」

「……途中では、止められないぞ。ペットなんかとも訳が違う。相手は生きている人間だ」

「わかってる。すごく責任重大だってこと。そして、自分が得られるはずのたくさんのものを、諦めなきゃいけないこと」

「……詩遊の場合、支援に区切りがつくのは、八年くらい先になるかもしれない。結婚とか、出産とか、女性には色々あるだろ。支援なんかしたら、そういうのだって……」

「だーから、わかってるって! 自分が、すごくバカなことやってるかもしれないってことくらいさ! 今から八年したらもうあたしたちは三十五。男性の三十五歳と、女性の三十五歳じゃ全く意味が違う。男性の三十五歳はまだまだ現役、女性の三十五歳は……まぁ、あまり見向きもされなくなるよね。出産も厳しくなる時期だし……」


 赤嶺には迷いが見える。ここで、俺が止めてやるべきなのかもしれない。赤嶺を巻き込むには、これは少しリスクが高すぎる……。


「なぁ……」

「でもさ!」


 赤嶺が、俺の言葉を遮った。


「詩遊ちゃんだって、成長すれば自分である程度稼げるようになるだろうし、思ったよりお金はかからないかもしれない。その辺、よほど甘やかされた子じゃない限りは、自助努力はするはず。

 それに……青野君は、支援するんでしょ? 自分に相当な負担がかかるってわかった上で」

「ああ、やる」

「なら、私も協力したい。

 見方によってはものすごく愚かな行為だとしても、自分をぎりぎりまで犠牲にして誰かのために頑張れる……。そんな青野君に、私も負けたくない。そうじゃないと……私には、青野君の隣にいる資格も、ないような気がする」

「……俺の隣にいるのに資格なんていらないよ」

「そっちはいらないと思ってても、こっちは必要だと思っちゃうの!」


 なんでだよ……。

 ちゃんと聞きたいが、赤嶺はこれ以上聞くなという態度。睨み方がえげつない。


「……わかったよ。赤嶺さんの好きにしてくれ。協力してくれるなら、俺からしても、藍川さんからしてもいいことだ。それに……詩遊の方は俺に対する警戒心が強いらしい。俺の支援なんて受けたくないと言うかもしれない。赤嶺さんも協力してくれれスムーズに行きそうだ」

「ん。じゃ、決まり! 今から青野君の家に行って、できれば藍川姉妹とも面談! ね?」

「わかった。それで行こう」


 頷きあって、俺たちは家路を急ぐ。腹は減っているが、家までくらいはもつ。

 正直、藍川姉妹の支援は過酷になるだろうと感じていた。それが、赤嶺も協力してくれるということでかなり精神的に楽になった。

 妙なことになってきたが、おかげで展望は明るい。

 それにしても……赤嶺って、本当にいい奴だな。藍川とのことがなければ、何も考えずに赤嶺に惚れていたかもしれない。

 俺からの一方的な好意ではどうしようもないだろうが、赤嶺と共に歩み未来なんて言うのも、あったらいいなとぼんやりと思った。

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