第26話 相談

 全ての説明を終えると、赤嶺はふぅむと神妙な顔で溜息。


「青野君、アホだね」

「うっせ。わかってるよ」

「赤の他人のためにそんなことする人、まずいないよ? 余剰分の稼ぎを、見返りを求めずにほぼ全部貢いじゃうなんてさ。お人好しって言う言葉じゃ足りないくらいお人好しだ。もはやアホだよ」

「……だな」

「一応訊くけどさー、本当に体の関係はないんだよね? 金をやるからその若い体で俺の欲望を満たせ、ぐへへへへとかやってないんだよね?」

「やってねーよ。今後もそのつもりはない。恋愛関係になるつもりだってないんだ。こんなおっさんと女子高生じゃ住む世界が違う」

「まぁねぇ……。十歳も離れれば、もう価値観も考え方も全然違ってくるし……。ただ、青野君が思ってるほど、二十七歳はおっさんではないと思うよ。」

「そうか? 十分おっさんだろ」

「じゃあ、青野君は私をおばさん扱いするわけね?」

「いや、それは違うけど……。むしろ、女性としての魅力に磨きが掛かる時期だろ」

「ま、お世辞がお上手ですこと」

「お世辞じゃないよ。赤嶺さんは、入社当初よりずっと綺麗になった。間違いない」

「な、ちょ、何を急にっ」


 俺の素直な感想に、赤嶺がワタワタと視線を彷徨わせる。


「何動揺してんだよ。俺に褒められたって何とも思わないだろ?」

「ばかっ。ロリコンのクセに変な気遣いするなっ」

「前にも言ったけど、俺はロリコンじゃないぞ。そりゃー、法律その他の制限もなーんにもない世界で、十六歳の女の子に誘われれば遠慮なくいかせてもらう。でも、だからって少女にしか興味がないわけじゃない。むしろ、結婚だとかを考える相手は同年代の人がいい。女性にはわかりにくいことかもしれないが、男はそんな風に考える奴もいるんだよ」

「……要は、女の形をしていれば誰でもいいってことね」

「曲解すんな」

「ふん。冗談。……けど、じゃあ、もしちゃんと付き合うなら、その女子高生より、同年代の方がいいってことなのね?」

「そう言ってるだろー。十も離れた女子高生のノリにはついていけねぇよ」

「……そ、そう。ふぅん……。へぇ……。男に二言はないね?」

「二言はないが、男は、ってつけるのは性差別じゃないっすかね?」

「うるさい。細かいこと気にすんな。男のクセに」

「あえて男のクセにって言ったのはわかるけど、それも性差別だと思いまーす」

「語尾を伸ばすな、うっとうしい。もう……とりあえず状況はわかった。青野君はその女子高生を支援する。かつ、その子と恋愛関係になるつもりも、体の関係を持つつもりはない。ただ、それでも向こうはどうも積極的に距離を詰めてこようとしている。って感じね?」

「だな」

「……何があっても、支援を打ち切るつもりはないのね?」

「そうだな。まずは高校卒業まで。必要なら、大学を卒業するまで。それ以降は流石に自分でなんとかしてもらうが、半端なところで支援を止めることはない。大人の責任として、それは必ずまっとうする」

「……そう。わかった。その件については、私もいいと思う。自分の稼いだお金をどう使うかは自由。誰かを支えるためにお金を使うのは、ある意味幸せなことでもあるでしょうし。

 でも、問題は向こうの気持ちね。わざわざ声を聞くためだけに電話してくるって、完璧にベタ惚れじゃないの」

「……明確に好きとは言われてないがな」

「それは言ってはいけないって理解してるんでしょ。特殊な関係だしね」

「つーか、女子高生がこんな年上に好意を持つことってあるのか? 普通は恋愛対象外だろ」

「普通はそう。でも、高校生でも学校の先生に恋する人はいるし、青野君は、自分が本当に困ったときに救いの手を差し伸べてくれた救世主。それに、話してみてたらちゃんとまともな人だし面白いところもある。同年代の猿みたいな男子しか知らない女子高生からすれば、魅力的に映ることはあるでしょ」

「そんなもんか……」

「男の子だって、二十代後半のエロいスタイルした先生とか保険医に憧れたりすんでしょ? 男も女もそんな変わんないって」

「そうか……なるほどな。じゃあ、俺、どうすればいいと思う? 支援はするが、なるべく距離は詰めないつもりなんだが」


 うーん、と赤嶺が唸る。さほど親しくもないのに、こんな相談をしてしまって申し訳ないな。


「まず、過剰に拒絶するのは良くないとい思う。女子高生なんて精神的にすごく不安定だし、惚れ込んだ相手に明確に拒絶されたらそれだけで色んな不具合を生じるかもしれない」

「……そうか。じゃあ、どうすれば……?」

「青野君の精神力が試されるけど、向こうがどれだけ好意をぶつけて来ても、やんわりと受け止めて流すことね。好意は嬉しい、でも特別な関係にはならないよ、って態度で示し続ける。出来る?」

「……出来るっていうか、やるしかないなら、そうする」

「ん。相手が素っ裸で迫ってきても、それはダメだよってちゃんと言える?」

「……頑張る」

「頑張るだけじゃダメ」

「……了解。ちゃんと止める」

「よし。……とはいえ、やんわりとでも、あんまり拒絶してばっかりだとまた精神をどうにかしちゃいそうよね。

 ……どうしても向こうがしつこいようなら、あと二年はダメ、って伝えてもいいかもね。二年すれば相手は十八歳で、まぁ、なんだかんだ青野君がその子を拒絶する理由もなくなる。

 でも、二年もすれば向こうだってある程度気持ちも落ち着いてくるでしょ。二年経って、それでもまだ気持ちが変わらないならちゃんと考える……そういう希望を見せておけば、変に拗れることもないはず」

「……そうか。いざとなれば、そうやって逃げる」

「ちなみにだけど、青野君としてはどうなの? 二年して、それでも向こうが青野君を好きなままだったら、本当に付き合うつもりはあるの? ってか、ぶっちゃけその子のこと、好き?」

「嫌いじゃないさ。好きと言えば好き。でも、今はまだ、恋愛対象として見るっていうのはイメージできない」

「……青野君にも時間が必要ってことね。二年間、ちょうどいいんじゃない? お互いにそれくらい時間をおいて、どうするかはじっくり考えればいい」

「……うん」


 赤嶺の言葉で、今後の心の持ちようが整理されてきた。もやもやしたものがなくなり、これからちゃんと藍川と向き合っていけるような気がする。


「ありがとう。なんとかなる気がしてきた」

「どういたしまして。……あとは、多少ショックを与えちゃうかもしれないけど、青野君が恋人を作るって言う手もあるけどね? そうすれば、その子も諦めるでしょ」

「その案は却下だ。恋人にする相手はいないし、恋人なんか作っちまったら、支援に回す金がなくなるよ」

「……それもそっか。じゃあ、私とも……」

「ん? なんだ?」


 赤嶺の言葉が途中で途切れ、何を言いたかったのかわからなかった。私とも……?


「なんでもない。青野君の現状もわかってすっきりしたし、せっかくいい雰囲気のお店なんだから、少しまったりしてこうよ。満足したら、次はカラオケだからね!」


 赤嶺が歯切れ良く言い放ち、俺も頷く。

 心強い味方がいてくれて本当に良かった。俺一人だったら、いつか越えてはいけない一線を越えてしまっていたかもしれない。

 赤嶺とも相談していけたら、俺も理性を保っていられるだろう。

 ホッとした思いで、俺は赤嶺との雑談を素直に楽しんだ。

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