第17話 藍川のお願い
「ちなみに、藍川さんから、もっとこうして欲しい、こういう支援が必要、というのはないか? 限度はあるが、できる限りのことはする。まぁ、今すぐじゃなくてもいい。企業間の契約なんて堅苦しいものじゃないから、都度対応でもいいぞ」
「……これだけのことをしてもらって、さらに要求なんて言うのはやりすぎだとわかっています。でも、いくつかいいですか?」
「いいぞ。なんでも言ってくれ」
「まず、朝も言いましたが、私に絵を教えてください。機材や資料もお借りしたいです」
「ああ、いいよ。それも付け足しておこう。ちょっと貸してくれ」
コピー紙を受け取り、付け足す。
・青野は藍川に絵を教える。機材や資料も貸す。
「他には?」
「色々相談に乗ってほしいです。学校のこと、進路のこと、家のこと……色々です。気楽に相談できる相手っていなくて、青野さんが相談に乗ってくださると心強いです」
「ああ、わかった」
・青野は藍川の相談に乗る。
「それと……」
「うん」
「本当に、これは青野さんの負担になってしまうと思うんですが、詩遊への支援もお願いしたいです。
今はまだ中学二年生なので、かかるのは生活費くらいです。でも、本当は塾に通わせてあげるべきだとも思いますし、今後高校生になったらまたお金もかかります。それに、詩遊、実はアイドルに憧れてるところがあって、歌とかダンスとかを練習する環境も用意してあげたいんです……」
藍川がぼそぼそと呟いたのち、ハッと顔を上げて作り笑い。
「ご、ごめんなさい。流石に要求しすぎですよね。いったいいくら必要になるんだか……。あの、でも、詩遊が高校に通う分は、支援していただけたらありがたいです。それだけはお願いします」
藍川がぺこりと頭を下げる。まぁ、あえては書いていなかったが、詩遊の高校生活の支援は想定内。アイドルになるための支援まではできるかわからないが……。
「顔を上げて」
「あ、はい……」
「俺も手持ちのお金には限度がある。でも、まずは妹さんの高校生活の支援は、俺がなんとかする」
「本当ですか!?」
「うん。本当だ」
「……あ、ありがとうございますっ」
「それに、できる限りアイドルになるための活動も支援する。……まぁ、いくらになるのかわからないから確約はできないが、可能な限り」
「……ありがとうございます」
感極まったような、心底安心したような……そんな表情の藍川。妹のことがよほど大事なのだろうな。誰かを心底大事にできる人は、優しくて強い。信頼できるな。
「ちなみに、藍川さんはどこかに絵を習いにはいかないの? 将来、絵に関わる仕事をしたいなら、俺よりもちゃんとしたところで学んだ方がいいと思うよ?」
「それは……そうですけど……。なんでもかんでも支援いただくのは……」
「……確かに、俺の財布と相談だ。でも、その点についてもできる限り支援はしたい。具体的にいくら必要なのかをきちんと試算して、改めて貯金の使い道なんかを考えよう」
「……はい。ありがとうございます。なにもかも……」
「俺なんてお金持ってるだけだから。たいしたことじゃない……」
「そんなことはありませんっ。たいしたことです!」
藍川が、若干の苛立ちを滲ませて言った。
「お、おう……」
「青野さん。世の中の、青野さんと同程度の稼ぎがある人を千人集めたとしても、こんな好条件で支援を申し出てくださる方なんて一人いるかどうかわかりません。
ただ隣の部屋に住んでいるだけの関係で、何百万もお金を出すなんてそうそう出来ることじゃないんです。青野さんは、変です。ものすごく変です。そして……本当に、特別な方だと思います」
有無を言わせぬ勢いの藍川。でも、言われてみれば、こんなわけのわからない支援をするおっさんなんてまずいないか。体目的で女子高生の生活を全面支援する奴ならいるかもしれないが、俺はそんな対価は求めない。
うーん、確かに変だな。俺、頭おかしいかも。
俺が頭を掻いていると、藍川が続ける。
「もう一つ、条件を付け足したいです」
「うん。どんな?」
「……ちゃんと、お礼をさせてください。青野さんから私に何も要求はしないということですが、私だって、こんなにもらってばかりでは嫌です。その……体で、みたいなのはまた違うと思いますけど、私も青野さんのために何かしたいです」
「そうか……。うーん、でも、別にしてほしいことは……」
俺が首を傾げると、藍川は泣きそうな顔をする。
「私、青野さんにとってそんなに無価値な存在ですか? 守られることしかできない、ちっぽけな存在なんですか?」
「いや、そういう意味じゃ……」
「だったら、青野さんも私に何か求めてください。一方通行の優しさばかりでは辛すぎます。
私は確かにまだ子供です。青野さんから見たら本当にそうだと思います。でも、何もできない子供ではありません。私も、青野さんのために頑張らせてください」
「……そうだな」
藍川の反応を見て、やはり藍川の支援を提案して良かったと思う。
俺は見返りを求めてはいなかったけれど、本当に一方的な支援になってしまったら、それはどこか寂しくも感じたかもしれない。
こうしてお返しをくれるというのなら、俺も支援して良かったと素直に思える。
「……わかった。藍川さんにも、何か要求する。でも、中身は保留にさせてくれ。少し考える」
「わかりました。待ちます」
藍川が笑顔で頷く。まだまだ未熟な女子高生。だけど、守られてばかりいるほど未熟ではない。
そんな姿に俺は感動を覚えつつ、藍川の人間性を侮っていたことを恥じる。
藍川は、俺が想像しているよりもよほど良い女性だと思う。こんな子を支援できるなら、俺の稼いだ金の使い道としては最高のものだろう。
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