第16話 条件
・月額五万円を支援。
・その他、生活に必要な経費があれば応相談。
・返済義務なし。利子なし。ただし、将来的によほどお金が余れば返済してくれても良い。
・最低限、高校を卒業するまでは支援を確約。大学卒業までなら支援継続も応相談。
・塾、習い事などに通う場合には費用を支援。
・大学等への進学費用を支援。
・妹の生活支援については応相談。
・諸注意:現在の貯金額は三百万円程度。百万円は緊急時のために残しておきたいので、支援として現状使えるのは二百万円までとする。また、月の手取りは二十三万円程度で、年間三百四十万円程度。こちらの生活が苦しくなる程の支援はできない。
・諸注意二:支援は行うが、青野から藍川に対して何かを要求することはしない。また、進路などについても口出しはしないので、自分の好きなようにしてくれて構わない。
俺の提示した条件は、上記の通り。ざっくり見積もっても一人分の生活を全面的に支援するには相当なお金がかかる。基本的に藍川の必要とするお金は全て俺が出してやるつもりでいるが、そうなると俺の生活もなかなか大変になるのは予想できた。
ただ、大変にはなるが、不可能ではないというのが俺の結論。贅沢はできなくなるけれど、贅沢をしたいという願望もない。自分のためにお金を浪費するより、藍川のために投資した方がよほど有意義なお金の使い方になるとも思う。
コピー紙の手書き文字を読んで、藍川は改めて神妙な顔になる。
「あの……確認ですけど、本当にいいんですか? 助けてくださるのは心底ありがたいです。でも、これ、青野さんにはなんのメリットもないですよね? 一方的に支援するだけって、あまりにもいい人過ぎませんか?」
「俺は本当にそれでいいと思っているよ。それに、メリットがないわけじゃない。
前に少し言ったけど、俺みたいな独身のおっさんは、自分のお金を持て余しているんだ。一人暮らしで恋人もいない、結婚の予定ももちろんない……となるとお金は貯まるが、その使い道もない。
お金の使い方にちょっと無頓着になって、無駄に良いパソコンを買ったりしてしまう。
持て余したお金の使い道として、一人の人間の人生を良くできるなら、その方がよほど有意義で、お金を使って良かったと思える」
「……青野さん、何かやりたいこととかないんですか? 旅行するとか、美味しいものを食べるとか……」
「藍川さんを支援したって、軽く旅行に行くくらいはできる。もともと旅行好きでもないし、年に数回旅行ができれば十分。
美味しいものも食べたいが、正直言って俺はバカ舌でね。大抵のものは美味しくて、コンビニの安いスイーツを食べられるだけでも十分に幸せだ。高級料理を食べたいとかは思わない。むしろ、そういうのを食べると変な罪悪感があってダメだな」
「そうですか……。もし……もしですけど、私が途中でものすごく自堕落な生活を始めたらどうしますか? バイトもしない、勉強もしない、何もしない……。そんなときは?」
「まだ交流を始めて日は浅いけど、藍川さんに限ってはそんなことにならないと確信してる。とても頑張り屋さんみたいだからな」
「……わかりませんよ? 私だって、いつだって頑張れるわけじゃないかもしれません」
藍川は、自信がないというより、俺の心構えを知りたいのかな? ちょっとやそっとじゃ俺の気持ちは変わらないのだと確信したい、とか。
「もしそういうときが来ても、俺は支援を続けるよ。
人間誰しも、なんにもしたくなくなるときだってある。でも、その時間は無駄じゃないと思ってる。何かしらの理由で無気力に過ごしている時間も、価値があったのだと思える日が来るんだ。
……俺だってそうだ。俺も一時期無気力に過ごしていた時期があったけれど、その無為に過ごしていた時間の中で、俺は色々なことを考えていた。自分の無価値さを嘆いたり、ふがいなさに苦しんだりもした。
無駄な時間を過ごしていると思っていた。でも、その時期を過ごしたからこそ、他人に対する寛容さが身についたとも思う。人それぞれに苦しみがあって、その中で足掻いて生きているんだと自然に思えるようになった。
だから、藍川さんがなーんにもする気が起きないときが来ても、俺は黙って藍川さんを支援し続ける。まぁ、本当に黙ったままだと気持ち悪いから、多少は話しかけるかもしれないけどな」
藍川が困ったような笑顔を見せる。姉が、愚かでも可愛らしい弟でも見ているような、そんな顔。
「……青野さんはいい人過ぎますね。なんだか将来が心配になってきました。悪い女に騙されて、借金背負わされたりしないでくださいよ?」
「大丈夫。俺はあくまで、自分の生活が守られる範囲で他人を支援する程度だ。本当のところ、きっと俺はいい人でも善人でもないさ」
「……でも、今日だって自分にはなんのメリットもないのに、私が困っているのを助けてくれましたよね?
自分の生活が守られる範囲でしか他人のことを考えられないのは、たぶん誰でも一緒です。そして、自分の生活が守られるとしても、あえて他人のために何かをすることもないのが普通です。
青野さんは、やっぱり特別だと思います。特別に、良い人です。そして、変わり者です」
「そうか……。藍川さんがそう思うなら、そうなんだろうな」
「はい。青野さんは、その……本当に、素敵だと思います」
熱っぽい視線。いや、うっとりした視線?
そんな視線を向けられるのもまんざらではないが、藍川が何を考えているのかは気になるところ。
こんなおっさんに特別な感情を抱くことはないと思うので、多少は人生の先輩らしいところを見せられているということだろうか?
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