第14話 説得

「……ちなみに、その子供にカードを売ったのは、あなただったんですか?」


 改めて、藍川に尋ねた。


「はい……。それは確かです……」

「なるほど。止めようとは思いませんでしたか?」

「本当に大丈夫かな? とは思ったんです。でも……他のお客様も並ばれていましたし、きちんと事情を聞く時間もないと思ってしまって、お使いだというので売ってしまったんです……」

「なるほど。確かにそれは確認不足でしたね。しかし、お店として色々と忙しい中、しっかり事情を聞くのは難しいことかもしれません。ただ、相手が子供だというなら、細かい詮索はせず、一分でも話を聞いて、購入が煩わしいと感じさせれば、諦めてくれかもしれません」

「……はい。確かにそうですね」

「おそらく、まだ仕事の経験も浅いのでしょう? こういう出来事から学んで、次に生かしてください。マニュアルでは網羅できない臨機応変さを身につけるのが、仕事をする上ではとても大切なことです。

 ……まぁ、通りすがりの私が言うのもなんですが、一応こちらも社会人なので許してください」

「……はい」

「反省するだけじゃ意味ないでしょ! お金返してって言ってるの!」


 女性客はなおも返金をねだる。とにかく金をむしり取りたいクレーマーではないことを祈る。


「販売直後や実際の利用前であればまだしも、利用後ではお店からの返金は難しいでしょう。それに、まだ子供であるとはいえ、自分のお金を自分の欲しいものを購入するために使ったのです。それ自体は本人の意志であって、店員さんばかりが責められることでもありません」

「大人の責任ってものがあるでしょう!?」

「そのご意見もわかります。子供に好きなようにさせてばかりではいけません。子供はお金の大事さも、限度もわかりません」

「だったら責任取って返金してください!」

「返金については、ゲームの配信元にお電話をして、返金のご相談をするしかないと思います。詐欺などの違法性があることでもありませんし」

「ふざけないで!」

「ふざけていません。それに、これは店員さんの対応だけの問題ではありません。はっきり言ってしまえば、むしろ、家庭内の問題の方が大きいでしょう。

 お子さんに、いつもどのように言ってお小遣いを渡してきましたか? 好きなように使っていいお金だと言っていませんでしたか? 自分のお金だとはいえ、ゲームへの高額な課金はすべきじゃないと、きちんと話し合ったことはありますか?」

「なんで私が責められてるようになるの!? しかも、あなたは子育ての大変さもわかってないでしょう!?」

「それは私にはわかりません。しかし、それとは無関係に、あなたにもきちんと反省すべき点があることも確かです。今までの躾が悪かったなどと言うつもりはありません。どれだけきちんと躾ていても、子供は突拍子もないことをしてしまうものです」


 女性客が何か言いたそうなのを制し、続ける。


「ただ、これは子供とお金に対する考え方を話し合う良い機会だとも思います。お子さんとは、この件できちんと話し合いましたか?」

「話し合うも何も、こんなバカなお金の使い方はありえないって叱りましたよ!」

「なるほど。おっしゃる通りですが、それはあくまで大人の意見でしょうね。

 どうして子供はゲームなんかに高額な課金をしたがるのか? どうして大人からすればそれは考えられないことなのか? じっくり話し合ってみてはいかががでしょうか? 今回の件、お子さんからすれば、自分のお小遣いを自分の好きに使って何が悪いのか? と不満に思っていると思います。一方的に大人の意見を押し付けるのは良くありません。

 お子さんの今後の人生を考えれば、お金の使い方を考える機会ができたことはある意味プラスです。

 下手をすれば、将来お金を稼げるようになったとき、途方もない金額をゲームに課金してしまうかもしれません。その芽を今の内に摘む絶好の機会ではないでしょうか?」


 女性が渋面を作る。聞いてはくれているが、納得はしたくないのかもしれない。


「……それに、世の中には取り返しのつかないこともあるのだと、きちんと教える機会でもあると思います。

 お子さんのしたことは、大人からしたら間違いでしょう。それを自覚させて、もうこのようなことはしないと考えられるようになれば、二万円が戻らなくても、そう高い授業料ではありません。

 ここでずっと返金依頼をしても、何も得るものはありません。返金を願うならゲーム会社に相談。それが上手くいってもいかなくても、家族内できちんと話し合う。それがあなたのすべきことだと、私は考えます」


 女性客はまだ納得した様子ではない。ただ、俺に言えることはここまでだとも思う。

 ここで、俺たちの話を聞いていた、全く別の初老の女性が話しかけてくる。


「そこのお兄さんの言うことももっともだと思うわよ? うちのバカ息子なんて、独身でお金が余ってるのをいいことにゲームに百万円単位で課金してたんだから! 子供のうちに、間違ったことをしたらそうだときちんと自覚させて、ゲームとの付き合い方を考えさせるのは大事よ? 長い人生を考えれば、二万円なんてまだまだ些細なお金。もちろん二万円は高額だけど、本当に取り返しのつかない金額じゃない。店員さんを責めるより、もっと有意義な行動はあると思うわ」


 俺みたいな若造ではなく、きちんと人生経験のある女性に諭されて、女性客もどこか気持ちが落ち着いたようだ。

 女性客はまだ不満そうな顔をしていたけれど、ひとまずはこれ以上やりとりすることなく去っていった。

 その後、俺は初老の女性に向き直る。


「ありがとうございます。助かりました」

「いえいえ。あなたが立派にあの子を説得するから、ちょっとだけ手助けしてみたくなっただけ。わたしは大したことしてないわ」

「最後の一押しが重要でしたから。あ、そうだ、甘いものはお好きですか? お饅頭でも一つ、奢らせてください」

「あら、いいの? でも、わたしはお饅頭よりクレープが食べたいわね」

「おやすいごようです。どれにしましょう?」


 二人でスイーツの並んだ棚に行き、女性の望んだものを手に取る。それを、藍川のレジで購入した。


「……ありがとうございます。本当に。あ、これは私が……」

「いいからいいから。これは俺からあの人へ」

「……わかりました」


 購入したチョコクレープを渡すと、女性はにこやかに手を振って去っていった。

 本当の通りすがりで、良い人に会えたなと思う。


「ふぅ……にしても、ああいう怒ってる人の対応はやっぱり緊張するな」

「……そうでしたか? とてもスムーズで、流石は大人だなと思いましたけど」

「そうでもない。あんなのに慣れることはないさ」

「そうでしたか。その、本当にありがとうございます。私一人じゃ、どうしようもありませんでした」

「ま、本来ならバイトだけで対応することじゃないとも思うけどな。藍川さんも今後は気をつけてね。それじゃあ、そっちは仕事中だし、俺は一旦失礼するよ」

「はい。……また」

「またな」


 手を振って店を出る。藍川の視線は、いつもよりずっと熱っぽいような……そんな気がした。

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