第13話 バイト先にて
藍川のバイト先であるコンビニは、徒歩と電車で三十分ほどのところにある。位置としては通っている高校に近いようで、普段のバイト先としては通いやすいようだ。
バイトは午後六時に終わるので、それからバイト先に近い楡山駅で待ち合わせようということになっていた。ただ、俺はちょっとした好奇心で、藍川の就業中にバイト先に顔を出してみることにした。時刻にすると午後五時半過ぎ。
職場に知り合いが来るのはあまりいい気分ではないかもしれない。普段と違う態度で振る舞うところを見られるのは気恥ずかしいだろう。だから、コンビニの外からちらっと眺めるくらいで終わらせて、こっちが来ていることも知られないようにしようと思っていたのだが……。
「……なんか困った顔してるな」
通りがかりで軽く藍川の姿を見つけたら、レジで三十代くらいの女性客となにやらやりとりをしていた。女性客は怒っていて、何かしらのトラブルがあっているらしいことは察した。
こういうときの対応は特に見られたくないだろうな……なんて思ったのだが、ふと藍川の視線が俺の方を向き、目があった。すると、迷惑そうにするどころか、救いを求めるような顔。
事情はまだ不明。しかし、この状況で知らん顔はできない。俺はコンビニ内に入ってみる。女性客が何を言っているのかをこそっと聞いてみると……。
「……だから、なんで小学生低学年の子供がゲームに高額な課金をしようとしてるのを、止めてくれなかったんですか!? そんなの、常識的に止めるでしょう!? そんなお金を持ってるのは不自然だとか、子供がゲームに使う金額じゃないとか、すぐにわかったはずです!」
ということらしい。なるほど、子供のゲーム課金トラブルか。クレジットカード関係のトラブルもあるようだが、こういうところでも起こり得るんだな。
しかし、ちょっと聞いた感じだと、必ずしも店員側に問題があるとは断定できない。子供でも高額な課金をできる家庭だってあるし、いちいち販売を止めるのもトラブルの元だろう。高校生に酒を売ったとかでもないのだから、店側が一方的に責められることではあるまい。むしろ、子供の躾ができていないと反省すべきではなかろうか。……親の苦労は知らないから、安易に女性の方を責める気にもなれないが。
「あの……申し訳ありません。父親からのお使いだと聞いていまして……」
「だから! そんな子供騙しの言い訳でどうして納得したのかってことですよ! お使いでたばこやお酒を買いにきたらすんなり売るんですか!? 小学生が二万円も課金しようとしてたら、親が一緒じゃないと売っちゃいけない決まりになってるんですってくらい言えるでしょうが! そっちの不手際なんですから、お金を返してください!」
うーん、女性側の主張もわからないでもない。仕事に慣れた大人だったら思いつくことかもしれないが、高校生のバイトで臨機応変な対応ができるとは限らない。売ってくれと言われたら売るのが基本だろう。
明らかにダメなことは、誰だってちゃんとした判断ができる。しかし、こういうグレーゾーンが何かと難しい。まさか、小学生が高額課金しようとしていたら止めるべし、というマニュアルがあるわけでもあるまい。まぁ、高齢者が高額なギフトカードを購入しようとしていたら詐欺を疑え、はあるのかもしれないが。
それにしても、トラブルになっているのだからバイトの藍川に対応させず、店長などが来てもいいと思う。が、その姿はない。丁度いないタイミングだっただろうか。
藍川は俺の方を見ない。しかし、救いを求めているのは感じられた。
「あの、ご主張は理解できますし、その言い分ももっともかもしれません」
俺が割ってはいると、女性客がキッと俺を睨んでくる。藍川はほっとした表情。
「あんた誰!?」
「ただの通りすがりです」
「関係ないんだから話しかけないで!」
「関係はないかもしれません。しかし、あなたが一方的に店員さんを責めても何も解決はしないでしょう。返金しろと言われて、すんなり返金できるものでもありませんから。少し、冷静になって話してみませんか? それで何か折衷案などが出てくるかもしれません」
女性客はむっとしている。が、このままでは埒が明かないとは感じていたのかもしれない。とりあえず、俺を一方的に追い返す雰囲気ではなくなった。
「確認ですが、お子さんが課金をしたのはいつのことでしょうか?」
「今日の午前中」
「課金といのは、ああいう課金用のカードを買ってしまったということですか?」
レジ近くに並んだ、多様な課金カードを指さす。
「そう」
「もう使ってしまったんですか?」
「ガチャだかなんだか知りませんけど、もう全部使ってしまったようです」
「なるほど……。それは本当に大変なことになってしまいましたね……」
「本当ですよ! なんでスマホゲームなんかに二万円も使わないといけないんですか! こっちはクレジットカードなどは気をつけていたんです! それなのに、現金でも課金できるなんて!」
「……心中お察しします。しかし、小学生低学年なのに、そんな大金はどこから……? まさか、親の財布から抜き取って……?」
「そんなことをする子供じゃありません! お金は自分が貯めていたお小遣いのほぼ全部でした!」
「そうでしたか。しかし、自分のお金だからって、ゲームに全て課金してしまうのは考え物ですね」
「本当にそうですよ! ゲームなんかにそんな大金使ったって何にもならないのに、どうしてそんなことをするのかわかりません!」
「……確かにそうですね。そのお金の使い方には私も賛同できません」
「あなたの意見なんてどうでもいいんです! いいからお金を返してください!」
後半は藍川に向けての言葉。藍川は困り顔でもじもじするのみ。
ちょっと顔を出すだけのつもりだったが、少し長くなりそうだ。
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