第12話 冗談ってことで

『……私に、何させたの。っていうか、青野君は、私と……そういうこと、したいわけ?』


 赤嶺は若干不機嫌そうな、でもどこかまんざらでもないような、微妙な顔をしている。本当に、これはどういう反応だ?

 あまり変な展開になる前に、ここは正直に言っておこう。


「……いや、すまん。今のは嘘だ。全く別のイラストを描いていた」


 赤嶺の顔が一瞬呆けて、それからすぐに眉をひそめる。


『謀ったな! 乙女の純情を弄ぶとは何事だ!?』

「……すまん。そんなつもりはなかったんだが……」


 乙女って歳じゃないだろ、なんて突っ込みは今はなしだ。


『そんなつもりじゃなかった、じゃすまされんぞ!』

「わ、悪かった」

『本当に悪いと思ってるなら今から私を描きなさい!』

「ええ……? どういう展開……?」

『どういう展開でもいいから描くの!』

「……まぁ、いいけどさ」


 はて、何故そんなことをさせられなければならないのか。俺が気分を害してしまったのかもしれないが、それなら謝罪だけで良くないだろうか? あるいは、何か飯でも奢れ、とか。

 俺は再びペンタブ用のペンを取る。それからパソコンで新しいキャンバスを開こうとして。


『……ちなみに、朝は何を描いてたの? 見せてよ』

「ん……ああ、これだよ」


 俺はスマホのカメラを調整し、ディスプレイを見せる。そこには、メイド姿の藍川イラスト。


『……可愛い』

「おう、ありがとうよ」

『ってか、なんでこれを見せるのをためらってる感じだったの? ただのよくできたイラストじゃん』

「……その歳でメイド服かよ、とか思われるかなって」

『むしろその歳だからメイド服好きなんじゃないの?』

「かもなぁ」

『ちなみに、それってモデルはいるの? 単なる妄想?』

「単なる妄想だよ」

『ってことは、それが青野君の理想の美少女ってことか。ふぅん……。へぇ……』

「理想ってわけでは……」

『じゃあ、なんでその顔? 好みなのは確かでしょ?』

「……否定しない」

『ふん。素直に理想の美少女って言え』

「……理想の美少女を描きました」

『宜しい。ついでに画面のどこかに描いておきなよ。これが俺の理想の美少女! って』

「それは……ちょっと」

『いいから書く!』

「なんで怒られるんだ……」


 よくわからないが、赤嶺の気が済むならと、俺はイラストに文字を継ぎ足していく。もちろん、すぐに消せるようにレイヤーは変えた。ちなみにレイヤーというのは……まぁいいや。


『それでよし』

「満足したか?」

『次は私を描いてね』

「ってか、腹減ってんだけど。飯の後でもいい?

『んー……そういえば私もお腹空いてたわ。ご飯先に食べよ』

「おう」

『そっちは何食べんの?』

「俺は昨日の夜に買ってきておいた半額弁当をレンチン」

『うわー、男の一人暮らしって感じ。引くわー』

「勝手に言っとけ。自分で作るよりバラエティ豊かに色々食べられる」

『はぁ。全く、男って奴はこれだから……』

「そういう赤嶺さんは何を食べるんだ?」

『卵かけご飯とヨーグルトとサラダ』

「手間のかけなさは俺といい勝負じゃねぇか」

『いやー、やっぱり一人暮らししてるとご飯は適当になっちゃうよねー。食べられれば満足っていうか』

「その気持ちはよーくわかるよ」


 そんなことを言い合いつつ、俺たちは食事の準備でしばし席を外す。

 俺が三分ほどレンジの前に突っ立っている間に、赤嶺も食事の準備を終えていた。


『何そのとり天、美味しそう! ちょっとちょうだい!』

「いや、無理だし。テレビ電話で実物までは送れねぇよ。そっちこそ、美味しそうな卵じゃないか」

『美味しいよ! そりゃ美味しいけどさ! でもとり天の方が美味しそうじゃん!』

「そう思うなら自分で作れ。もしくは買ってきな」

『ちょっと今からそっち行くから、食べるのストップ』

「おい、流石に冗談だよな?」

『んー……?』


 何故か歯切れの悪い赤嶺。本当にこっちに来るつもりがあったのか?


『冗談ってことにしておいてあげる』

「どういう意味だよ」

『どういう意味でもない。……そうだ。提案なんだけど、私がご飯作るから、青野君が買ってくれない? そうすれば私もご飯を作る気力が沸く気がする』

「……料理人でもないのに料理で稼ごうってか。有料ならそれなりの質を求めるぞ。っていうか、受け渡しはどうすんだ?」

『私がそっち行って作ればいいんじゃない?』

「……は?」


 赤嶺はごく自然にそんな提案をしてくるが、それはつまり、俺の部屋に赤嶺が単身で乗り込んでくるということか?

 いやいや、それはダメだろ。恋人同士でもあるまいし、自宅で男女が二人きりになんてなったら何が起きるかわからない。わかるけど。


「そういうのは、恋人を作って、そいつにしてやれよ」

『……あ、そ。ま、そっちが乗り気じゃないなら別にいいや。でも、気が向いたら言ってよ』

「……おう。わかった」


 赤嶺はいったい何を考えているのか……。恋愛的な関心を俺に持っているとかはないと思う。本人も、恋人はしばらくいらないと言っていたことだし。

 少しもやっとした気持ちを抱えながら、俺は赤嶺と雑談しつつ食事をする。

 ここのところ食事は一人でするものと決まっていたから、二日続けてこうして誰かと食事をするのは新鮮な気分。それに、相手が赤嶺だと単純に楽しいと思えるし、良い時間を過ごせていると素直に思える。


『……もし良かったら、また夕食のときにも電話していい?』


 赤嶺に尋ねられ、嬉しい気持ちもありつつ、それは無理だろうなという予感があった。


「あー、すまん。今夜はちょっと予定が……」


 明確に約束をしたわけではないが、おそらく藍川と一緒に食事をすることになるだろう。いや、藍川は詩遊と食事をするのかな? どうだろう?


『……そっか。じゃあいいや。でも、明日はカラオケ行くからね!』

「おう、わかってる。俺も楽しみにしてるよ」

『ニシシ。んじゃ、私もそろそろ着替えたりするわ。じゃねー。あ、私の絵を描いてもらうんだった。……でも、まぁまた今度でいっか。楽しかったし。またね』

「またな」


 通話が切れる。明るい赤嶺の声が聞こえなくなると、一人きりの部屋が随分と寂しく感じられた。


「……これがいつものことだったはずなだけどな」


 一人きりは平気。何も感じない。

 そのはずなのに、ここのところ人との会話が増えてその心情に少しだけ変化が見られる。これから藍川や赤嶺と関わることで、もっと変化していくものもあるのだろうか。

 藍川のことはかなり長期的に面倒を見ていくつもりでいるし、もう以前の生活は戻れないだろう。

 これは悪い変化ではない……と信じたいな。

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