第6話 メッセージ

 食事を終え、店を出たときには夜の九時を回っていた。二時間くらいは話していたことになるな。

 楽しい時間を過ごせたことだし、今日は気分良く眠れそう……。


「ねぇ、金曜日だし、ついでにカラオケでも行かない? 最後に行ったのってもう三年くらい前だし、たまにはどう?」

「カラオケかぁ……」


 帰ってゆっくりしようと思っていたが、カラオケも悪くない。もう随分と行っていないし、今日話した感じだと、赤嶺となら気兼ねなく好き勝手歌えて楽しそうだ。


「昔みたいに、オールでもやっちゃう?」


 赤嶺はかなり乗り気。ここは断るのも悪いか。俺もカラオケは行きたい気分。ただし。


「体力大丈夫かよ。入社当時とは違うんだぞ? っていうか、男女二人でオールってどうなの?」

「体力は平気でしょ。私たちまだ二十七だよ? 衰えを感じるなら、それは年齢のせいじゃなくて日頃の生活スタイルが悪いの。まぁ、男女二人でオールってのは多少思うところはあるけど、お互いフリーの身だし、ただ歌うだけなら気にする必要ないでしょ」

「ま、それもそうだな。ってか、赤嶺さん、彼氏とかいないの?」

「うん。いない。ここ一年くらいは誰とも付き合ってない。……年齢的に多少焦りはあるんだけど、最近は独り身の自由さが楽しすぎてなかなか誰かと付き合おうっていう気持ちにならなくて……」

「なるほど……」

「もう結婚できないのかもなー、って思い始めてもいる。でも、あと一年くらいしたらまた気持ちが変わって、やっぱり結婚したいって思うような気もする。

 そう考えると、今の内にできる限り遊びたいなっていう気持ちもあるんだよね。結婚したら、もう、付き合ってもない相手とカラオケオールしようとか思えないじゃん?」

「……だな。じゃあ」


 行こうか、と言おうとしたところで、スマホがメッセージを受信。

 俺にメッセージを送ってくる相手などそうそうおらず、たまに親から事務的な連絡があるくらい。

 今回もそうだろうと思い、軽くスマホを確認したら。


『今夜も帰りは遅いですか?』


 送り主は、藍川希星あいかわきせだった。ちなみに、名前は今朝一緒に駅まで行ったときに聞いた。


「ん? どうしたの? 何か急用できちゃった?」

「あー、えっと、急用、なのか……?」


 何か重要な連絡があったわけではない。ただ帰りが遅くなるかを尋ねられただけ。

 しかし、藍川の方からこんな連絡が来るとは思わなかった。支援をする約束はしたけれど、俺みたいなおっさんと必要以上に交流しようとはしないはず、と。


「ちなみに、誰からか訊いてもいい?」


 うーん、やましいことをするつもりは一切ないのだが、すんなり話して良いかは考え物。

 俺が言いよどんでいると、赤嶺はふむと一つ頷く。


「ま、答えにくいならいいよ。少なくとも、彼女ではないんだよね?」

「それはない」

「じゃあ、これから彼女になるかもしれない人?」

「それもないなぁ……」

「ふぅん……。もしかして、絵とかの関係者?」

「でもない。ってか、めっちゃ気になってるね」

「まーねー。気にはなるよ、もちろん」

「……うーん、誰であるかは、今は秘密ってことで」

「そかそか。それで、早く帰らないといけない感じ?」

「んー……? これは、どうなんだろう……?」

「……迷ってるなら、帰った方が良さそうだね。カラオケも行きたいけど、タイミングが悪かったね。カラオケはまた今度……っていうか、明日とか、明後日とか、どう? もし良かったらだけどさ?」

「……休日に、あえて会って、カラオケへ?」

「そう。休日に、あえて会って、カラオケへ」


 赤嶺からそんな誘いがあるとは。今日の食事だってかなりイレギュラーで、もう二度とないだろうと思っていたくらいなのに。


「……どちらかというと、明後日、かな」

「そっか。わかった。じゃあ、明後日にしよう。もちろん、やっぱり予定が合わないっていうなら断ってくれてもいいからさ」

「おう」

「ちなみに、私の連絡先はまだ残ってる? しばらく使ってないけど」

「それは残ってる」

「じゃあ、大丈夫だね。今日は帰ろう。電車も途中まで一緒だったよね?」

「ああ、住所は変わってない」

「なら途中まで一緒に行こうか。あ、先に返信していいよ」


 赤嶺が歩き出す。これは惜しいことをしてしまったのか、そうでもないのか……。

 赤嶺も特に彼氏が欲しいとは思っていないようだし、変に意識はしない方がいいか。単に遊び友達が欲しかっただけだろう。

 さておき、返信はなんとすれば良いのだろう?


『今から駅に向かうところ』


 俺が返すと、すぐに返事。


『私、今、鮎白駅にいます。駅で待っていてもいいですか?』


 おいおい。何を考えている? 鮎白駅といえば俺たちの家の最寄り駅だが……。俺と一緒に帰ろうとしているのか? なんで?

 ともあれ、先に帰れというのも薄情な気もするし……。


『三十分くらいはかかる。外は寒いから、待つなら駅内のカフェか何かに入って。お金の心配はいらない』

『わかりました。待ってます』


 待ってるのか……。三十分かかるけどいいのか? 妹はどうした?

 うーん、と首を傾げつつ、スマホをしまう。


「なんか、複雑そうだね?」


 赤嶺がどこか面白がっている。他人事だと余裕だよな。


「まーな。最近ちょっとあって」

「それ、いつになったら話してくれる?」

「……さぁなぁ」

「そんなにヤバイ案件なの? 大丈夫? 朝起きたら青野容疑者になってない?」

「やめてくれ。それはない」


 それはない……はずだ。やましいことなどしないのだから。


「そ。ならいいけど」


 赤嶺と並んで歩き、駅へ向かう。その間も、電車に乗ってからも赤嶺は上機嫌で、話しているのは楽しかった。本当に久しぶりに、誰かとちゃんと話した気がする。


「……久しぶりにちゃんと人と話した気がする」


 電車に揺られながら、俺が考えたのと同じようなことを、赤嶺もぼやいた。


「赤嶺さんは、学生時代の友達とかと会わないのか?」

「ここ一年くらいは、あえて会って話そうとはなってないね。お互いに忙しいし、私以外にはそれぞれに彼氏がいるし。それに、話をしても、彼氏がどうとか、結婚がどうとか、仕事辞めたいだとかの愚痴大会に終わっちゃう。一緒の時間を過ごしていない分、少しずつ価値観がずれていくのもなんだか寂しい。……学生の頃みたいに、余計な不安なんてなしで、ただ無邪気にどうでもいい話をすることは難しいのかなって思うよ」

「……そっか」

「その点、青野君とのおしゃべりは純粋に楽しかったよ。今夜はありがとう。また遊んでよね?」

「俺で良ければ、喜んで」

「ん。ありがとう」


 やがて鮎白駅に到着し、俺が先に降りる。またね、と笑顔で手を振ってくれたのが妙に嬉しい。なんだか学生時代に戻ったような錯覚。

 俺も軽く手を振り、赤嶺が去っていくのを見送る。その姿が見えなくなったところで軽く息を吐き、駅のホームを出る。

 さて、次は藍川に会わなければならない。……別に浮気でもなんでもないのだが、女性と別れてまた別の女性と会うというのは妙に背徳感があるな。


「……何を考えてるんだろうな、あの子は」


 ぼやきつつ、俺は藍川の待っているカフェへと向かった。

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