《 トリシュナ編 》

第壹話(C-1前編):兄妹〝トリシュナ・シーハ〟

 わたしは、“ トリシュナ・シーハ ” 。“ ラズライト・シーハ ” のいもうとで、“ グレン・フューリアス ” の恋人こいびと


「よし、今日きょうもちゃんとおぼえてる!」


 ……わたしには五年前ごねんまえよりむかし記憶きおくい。

 五年前ごねんまえにおかあさんがくなったことのショックで記憶きおくうしなったって、おにいちゃんがっていた。おもせないことは……つらい。

 だけど、この五年間ごねんかんで、おにいちゃんや、恋人グレンとのおも沢山たくさん あって、わたしはそれなりにしあわせにきている。


 一年いちねんくらいまえからは、グレンのいえにお世話せわになっていて、お義母かあさん…… “ サクラ・フューリアス ” さんとも、上手うまくいっている。おにいちゃんも、グレンとのなか応援おうえんしてくれている。


 そんなおにいちゃんの、徴兵ちょうへいによる旅立たびだちが、明日あしたせまっていた。そのため今日きょうはとうと、おにいちゃんとの時間じかんごすということで、いえかえってきていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「おまえ今日きょうこうにかえらなくていのか?」


夕食ゆうしょくえ、さんざんおしゃべりをしたあとのこと、おにちちゃんがきゅうにそんなことをいてくる。


なにってるの?」

なにっておまえ、そのままの意味いみだろ」

「だっておにいちゃん、明日あした出発しゅっぱつでしょ? しばらく会えなくなっちゃうんだから、今日きょうはこっちでおにいちゃんとるってったでしょ?」


 ホントになにってるんだろう。こんなたりまえなこと 、わせないでしい。


ってたけど、べつ永遠えいえんわかれってわけじゃないだろうに。それに、そもそもこの一年いちねん、ずっとこうだろ、おまえ

「そ・れ・で・も!!」


 ホントにもう! そんなんだから、恋人こいびと一人ひとりもおにいちゃんには出来できないんだよ!! っと、いけないそろそろ……。うん、大丈夫だいじょうぶだ。


「おにいちゃん。お風呂ふろいたよ!」

「ああ、有難ありがとう。はいってくるよ」

「はーい」


 ま、そういうぐなところも、おにいちゃんのいところではあるんだけどさ。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 おにいちゃんがお風呂ふろはいっているあいだに、おにいちゃんの明日あした荷物にもつ確認かくにんしておくとしよう。


 通知書つうちしょ身分証みぶんしょう、タオルに肌着はだぎ下着したぎに……っと、だいたい大丈夫だいじょうぶかな。


 ……にしても、おにいちゃん、おそいなぁ。一時間は経ってるよ……?


「おにいちゃーん??」


 返事へんじがない……。え? まさか?


◆◇◆◇◆◇◆◇


「ホントにもう! バカじゃないの!? おにいちゃん」


 あわててってみると、おにいちゃんは風呂場ふろば逆上のぼせてたおれていた。

 いまは、おにいちゃんの部屋へやれてきて、介抱中かいほうちゅうだ。


明日あした出発しゅっぱつだってうのに、まったく、世話せわのやける!!」


 あ、こえちゃった……。ま、いっか!! ホントに、ふふっ。世話せわがやけるんだから。

 氷枕こおり用意ようい し、あたましたれ、やしたタオルをおデコにかけてあげる。

 さ、これでしっと。


「ありがとう。トリシュナ」

「はいはい。もうなさい。おにいちゃん」

「ああ、おやすみ」

「おやすみっ」


 明日あしたからしばらくえない。いままでは、おうとおもったらえる距離きょりだったから、そんなことかんがえてもいなかった。九年間きゅうねんかん、か……。それに、来年らいねんにはグレンも……。さみしいなぁ……。


 お風呂ふろでは、そんなことばっかりかんがえていた。


 自分じぶん部屋へや布団ふとんはいり、気付きづけばなみだながしながら、ねむりについていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――翌朝。


「ん、んん」


 わたしは、トリシュナ・シーハ 。ラズライト・シーハ のいもうとで、グレン・フューリアスの恋人こいびと


「よし、今日きょうもちゃんとおぼえてる!」


 自己認識じこにんしき確認かくにんはもう日課にっかだ。


 いつもよりすこはやめにめたな。はまだのぼはじめたばかりかぁ。


すこはやいけど、あさはん支度したくしちゃうかなぁ」


 そのままきることにして、まずは身支度みじたくをする。とっても、着替きがえてかみわえるだけだけど。


あさはん支度したくも、もなくわるころ、そろそろおにいちゃんをこしにこうかな、とおもっていたちょうどそのとき、のそっとおにいちゃんが台所だいどころかおした。


「あ、おにいちゃん! きた??」

「ああ、おはよう」

「うん! おはよ!!」


 おにいちゃんはまだすこねむそうだった。

 さきにテーブルにいたおにいちゃんのもとあさはんはこぶ。


「はい、これでラストー!!」


わたしもテーブルにき、あさはんはじめる。


「いただきますっ」


 んー! われながらいい出来でき!! お味噌汁みそしる上手うま出来できたし、おさかな加減かげんもバッチリ!!


「どーお? おいし?」

「ああ、まさかトリシュナがこんな美味うまいものをつくれるようになるとはな!」

「えっへん! って、なんかっかかるかただなぁ……」

「いやいや、本気ほんきめてるさ」

「そーお?」

「そうに決まってるだろ?」

「ならいけどっ!」


 なんてしゃべりながらのたのしい時間じかんもあっというわりのころ、おにいちゃんがふと質問しつもんをしてきた。


「ところで、トリシュナ」

「なあに?」

「おまえ……、グレンとは結婚けっこんしないのか?」


 オマエ、グレントハケッコンシナイノカ

 グレントケッコン

 グレンと結婚けっこん!?!?


「ななな、なにってるの! きゅうにもう!!」


 グレンと結婚けっこん……。それは、したいけど……。そもそもグレンはそんなあるのかなぁ……? てうか、多分たぶんかおあかくなってる……。やだずかしい……。


きゅうにとはうが、しかしおまえらがそういう関係かんけいになって、もう三年さんねんってる。あにとしてはわり本気ほんきでその報告ほうこくってんだけどなぁ」

「んもう!! はい、ごちそうさま!! わたし片付かたづけたらグレンをこしにくからね!!」


 もう!! ホントにもう!!


「ああ、有難ありがとうな。あさまで一緒いっしょごしてくれて」


 おにいちゃんにぎゅっときしめられる。


「お兄ちゃん……」


 ……大好だいすきだよ、おにいちゃん……!! わたしも、わたしからもきしめる。


 あぁ、ホントにしばらく会えないんだなぁ……。ってうか、いたい! きしめるちからはいってる?


「おにいちゃん?」


 返事へんじをしない? あれ?


「なん、だ? いまのは……!」


 ……?? おにいちゃんの様子ようすがおかしい。どうしたのだろう。


「え? きゅうにどうしたの、おにいちゃん」


 けわしいかおをしている。本当ほんとうにどうしたのだろうか。大丈夫だいじょうぶだろうか。


「おにいちゃん?」


 おにいちゃんは、ほんの一瞬いっしゅんだけハッとしたようなかおをしたが、ぐに笑顔えがおもどり……


「あ、ああ、わるい。いやぁ、トリシュナのむねおおきくなったなぁって、感動かんどうしただけだ!!」


最低さいていなことをってきた。


 バチン!! おそらくいえそとまでひびいたであろうおとるほどに本気ほんきでビンタをかましてやった。



 ……かってるよ。おにいちゃん。絶対ぜったいにそうじゃなかったって。わたし不安ふあんにならないように、おどけてせただけだって。

 おにいちゃんがそのつもりなら、いもうとわたしだって、いつもどおりにするしかないじゃない。いつも、どおりに――。


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