最醜話:蠢く紅蓮、流れる感情

 ――いつからだったろう、おもせないんだ。だれおれおしえてくれないだろうか……。


 まわりを見渡みわたせど、人影ひとかげい。どころか、おれかげ以外いがいなにもない。


 此処ここ何処どこで、おれだれだ……? 何故なぜこれほどまでいかりがおさまらないのだろうか……。


 おれまわりにはほのおひろがり、らされているおれかげだけが、おおきくびる。


 すべてがにくい。うつるモノすべてがにくいんだ……。だれか、おしえてくれ……!! だれか、おれすくってくれ…………。


 そうして、もうかぞれないほどの年月ねんげつ彷徨さまよつづけている。なんためはじめたのかも、おもせないままに……。


 まちむらけばうつるものからせる。うつるモノがにくいから――。


「なぁ、おまえ。おまえおれ一体いったいだれっているか?」


 こたえは、ない。此奴こいつもダメだ。何故なぜなにこたえない? 下半身かはんしんんだ程度ていどで、何奴どいつ此奴こいつなにこたえなくなる。こたえないこいつもにくい。だからのこ上半身じょうはんしんやしてやろう。


 感情刀かんじょうとうるう。なにわない上半身じょうはんしんは、憎悪ぞうお黒炎こくえんかれ、跡形あとかたくなる。


 ふと、背後はいごからなにかがはしって此方こちらかってくるおとおれ鼓膜こまく振動しんどうさせる。興味きょうみためくこともい。


「ばば、ばばばば、バケモノめ!!」


 そんなこえこえてころにはおれ背中せなかからはらにかけてけんけていた。だが、いか以外いがい感情かんじょうわすれたおれ最早もはやいたみなどかんじることもなく、只只ただただいかりが増幅ぞうふくしていく。

 しかし、此奴こいつ明確めいかくおれねらってきた。此奴こいつならもしかすると……。


ぶぉふぁえおまえは、おれ何者なにものな……ぶぉふか、こたえられるのか?」


 いている。くちなかには血液けつえきまり、かなりはなしにくい。

 ……ダメだ、腹立はらだたしい。此奴こいつにくい。

 そうおもったころには、此奴こいつ憎悪ぞうお黒炎こくえんきていた。

 結局けっきょくダメか。おれやつ何処どこる? おれをイラつかせないやつは? 頭痛ずつうめてくれるやつは? たすけてくれるやつは、一体いったい何処どこる!!

 さか黒炎こくえんなか何処どこでもない中空ちゅうくうにらみ、える。



 ――もとあか刀身とうしんだったはずおれ感情刀かんじょうとうは、いつのころからか、くろ刀身とうしんへと変化へんかしており、この感情刀かんじょうとうったものは、きるまでけっしてえることのい “ 憎悪ぞうお黒炎こくえん ”でかれることになる。

 一体いったい何時いつまで、おれはこうしていなければいけない……? だれか、おしえてくれ……。

 こんなことをかえしていても、頭痛ずつうれず、いかりはおさまらない。にくしみもえることはない。


 もう……つかれたんだ。わらせてくれ。この意味いみおれ生命いのちを……。



 そしてまた、ひとつの都市としえていく。えることのくろほのおかれ、くろけむりをもくもくとそらのぼらせながら、くろやみうごめいていた――。



 此処ここも、もうわりだ。つぎかなくては……と、すすはじめたときすことおくに人影ひとかげえた。ぐにおれほうへとかってくる。


「やっと……、やっといついた……! グレン!!」


 グレン……。だれかがおれ名前なまえぶ。……!! そうだ、おれは……グレン……!!


「ずっと、ずっと!! 探してた!! ……あなたは、……あなたは、わたしころします……!!」


 おれことるおまえは、だれだ!! ……いや、分かる。此奴こいつは、いや彼女かのじょは……。


「トリシュナ……!!」


 きて……、きていたのか……。かった……。本当ほんとうに……、かった……。


おれ……は……。俺の……名は……グレン……。トリシュナを……おまえもどために……とどために……おれは……」


 トリシュナは、なんの警戒けいかいもせず、人外じんがい姿すがたとなっているおれ近付ちかづいてくる。


「トリシュナ……おれ……」

「うん。なあに? グレン」


 そんなトリシュナは、先程さきほどの「ころす」とっていたときとは裏腹うらはらに、おだやかなかお返事へんじをする。


おれは、おまえもどために……」

「うん。ってるよ。ずっとわたしさがしてくれてたんでしょ?」


 なみだかべているが、それでもつとめておだやかな表情ひょうじょうたもっている。


「それで……そのあいだに、沢山たくさんいのちを……」

「うん。それもってる。いっぱいやしちゃったね……」


 トリシュナを取り戻す為に、彷徨い、多くの命を燃やして来た。黒い炎で……。

 うつむいたおれを、トリシュナが、やさしくきしめてくれる。おれもそっときしめ返す。

 ……あたたかい。体温たいおんとかそういうことではい。あいを、只管ひたすらあいかんじる。


「……あのね、グレン。いて?」

「……ああ」

わたしもね? 結構けっこう大変たいへんだったんだよ?」

「そう……だよな……」


 あのとき黒装束あいつとされたはず四肢ししもどっている。それに、おそらく常人じょうじんではきていられないほど年月ねんげつを、おれ彷徨さまよっていたはずだ……。きっとおれうために……、殺すたすけるために、ひとであることてたのだろう。おれなんかのために……。


「トリシュナ……」

「なあに? グレン……」

あいしている……」

「うん。わたしも……あいしてる……」


 おたがいがもとう。くちびるを、あつかさねる。永遠えいえんともおもえるほど一瞬じかんを、もとい、したからませる。


 しかし、何時いつまでもこうしているわけにはいかない。最後さいごに、トリシュナにもう一度いちどえてかった。最期さいごをトリシュナにあずけられてかった。くちびるはなす。


「トリシュナ」

「うん」

「頼みがある」

「うん」

おれを、ころしてくれ」

「うん……」


 感情獣かんじょうじゅうは、感情刀かんじょうとうでしか殺せないすくえない



 いまはただ、ゆるりとすずしさをはこかわみずのように、あまやさしく、おもいがながれてゆく――。


 なんで、こうなってしまったんだろう……。


あとは……、わたしまかせて……」


 そううと、トリシュナは再度さいど自身じしんくちびるおれくちびるあまかさね、きしめていたうでほどはなれる。


「おやすみ、グレン……」


 そして、にしたかたなで、おれむねつらぬく。


有難おりがとう。トリシュナ」


 いたみは……、い。しかし、徐々じょじょちからけていく。身体からだ崩壊ほうかいはじまる。くずおれを、トリシュナがまたきしめてくれる。

 ああ、かせてしまった……。ごめん。ごめんな……トリシュナ……。


 むねさったかたなから、うす青白あおじろひかりあふれ、くずちた身体からだは、それにつつまれ、えてく。




  ~






◆◇◆◇◆◇◆◇


「グーレーン! ほんとにそろそろきて!!」


 だれかが、まだねむおれ身体からだはげしくする。誰かなどとっても、トリシュナ以外いがいないのだが。


「……おはよう、トリシュナ」

、グレン。んもう! 今日きょう一年いちねんぶりにおにいちゃんがかえってくるだよ? 時間的じかんてきにはもう時期じき……」


 リリリリリリリーン。

 いえりんる。とびらをノックするおとと、いえそとから「おーい! グレーン、トリシュナー」とこえこえてくる。


「あ、ほら! ちゃったじゃん! おにいちゃん! グレンの馬鹿ばか!!」

「……まない」


 おこるトリシュナにたいし、本気ほんきあやまる。

 トリシュナは一度いちどおこるとしばらくはそのままだからな……。まいったな……。


 しかし……、さっきのはゆめか?

 あまりおぼえてないが、トリシュナがいていた。

 いやな……ゆめだな……。

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