第肆話:燃えるケモノ、終わる紅蓮

 ――理性りせいいつかない。本能ほんのう理性りせい凌駕りょうがする……。トリシュナをもどさなければ……。トリシュナヲトリモドサナケレバ……それシカかんがエられナい……。


「ノゼアン!! グレンをめろ!!」

かってるっす!!」


 トリシュナを……、トリシュナを……、トリシュナを……。


 トリシュナヲカエセ!!


◆◇◆◇◆◇◆◇


「ほら、はやーきーろー!! いつまでてるの?」

「トリシュナ……」

「はいはい、わたしだよ!!」


 ハッ! と、める。まだかす視界しかいには、おさななじみであり、そして恋人こいびとである、“ トリシュナ・シーハ ”の笑顔えがおえた。


ーきーろー!! 今日きょうはおにいちゃんの見送みおくりのだぞ!!」


 トリシュナにかたつかまれ身体からだすられる。たしかにおれ普段ふだんからきるのがおそほうだが、それにしても何時いつもよりこしかた本気ほんきだ……。

 ……ああ、そうか。これは……? 二ヶ月前にかげつまえの、ラズライトの出発しゅっぱつあさの……。

 まだねむこすり、モゾモゾとがる。


「まったくもう! グレンは本当ホントにお寝坊ねぼうさんだね……!!」


 トリシュナはあきれた口調くちょうで、しかしやさしく可愛かわいらしいかおで、苦言くげんていした。そして、そのながれでなんの脈略みゃくりゃくもなく、おれくちびるへ、“ チュッ ”とあまくちびるかさね、


「ほら! さっさと支度したくする!! グレンはたたかうんでしょ?」


 直後ちょくごに、遠慮なく、“ バンッ! ”と背中せなかたたかれた。

 あぁこれは……、ゆめか……。


「おにいちゃんを、たすけてげて……。なせないで……おねがい、グレン!!」


 ふたたかす意識いしきなか、トリシュナはたしかにそうった。記憶きおくにはないそのセリフを――。

 おれなか無意識むいしきが、トリシュナにそれをわせているのか? それとも……。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 かす視界しかいなかめる。全身ぜんしん悲鳴ひめいをあげている。


 ……わるい。トリシュナ……。わなかった……。意識いしいもどしたときにはラズライトは目の前に


「ラズ……ライト……」

「んな!? 目覚めざめんのはやいっすね!!」


 ラズライトの同期どうき――ノゼアンさんがバケモノとたたかっている。必死ひっしおれまもってくれていたらしい。それを横目よこめおれは、のそっとがりラズライトのかたなひろう。


「グレンくん、それは……感情刀かんじょうとう本人ほんにんにしか使つかえないっすよ! って、あれ?」


 感情刀かんじょうとう……ひろげた瞬間しゅんかん群青色ぐんじょういろだった刀身とうしんあざやかなあかまっていった。


「え、うそっす! そんな!? ありえないっす!! 感情刀かんじょうとうは、はじめににしたものの、つね体外たいがいあふれるぶん情力じょうりょく吸収きゅうしゅうして固定こていされるっす。その自信じしん情力じょうりょくコントロールをおぼえたのちに、その感情刀かんじょうとうぬしだけが、情力じょうりょくめたり、めたぶん使用しようしたり……。ほか感情かんじょうめるなんて、本来ほんらい不可能ふかのうはずっす! まして、ぐんでもないグレンくんが!?」


 バケモノの攻撃こうげきをいなしながら、こちらを余裕よゆうのあるノゼアンさんも大概たいがいつよいのだろう。だが、徐々じょじょされはじめている。いける。ラズライトのこのかたななら、きっとバケモノを!!


「うぉおおおおおおりゃぁぁああああ!!!!」


 その刀身とうしんづけばほのおまとっていた。

 ノゼアンのよこ全力ぜんりょくがり、トリシュナをにぎ左腕ひだりうでかたからとす。


「グォォオオオオオ!!!!」


 バケモノはいたみに雄叫おたけびをあげる。


「ノゼアンさん! トリシュナを!!」

かってるっす!! しかしグレンくん、どうかんがえても色々いろいろ無茶むちゃっす!! いいとこでげるっすよ!!」


 ノゼアンさんは無事ぶじ、トリシュナをめながら、げるようすすめてくるが、むらいたバケモノこいつを、トリシュナに危害きがいくわえたバケモノこいつを、ラズライトをころしたバケモノこいつを!! 絶対ぜったいころす。


「あちゃー……。いてないっすね……」


 ボヤいたノゼアンさんはそのまま「トリシュナさん、すこしすんません」と、いまねむるトリシュナにこえをかけつつ、そばからせ、自身じしんかたなかまなおす。


仕方しかたないっす。くっすよ! グレンくん!!」


 ノゼアンさんとおれはバケモノをつづける。


同調どうちょう……はむずかしそうっすね。なら、すこけてもらうっす」


 ノゼアンさんがなにっているが、よくからない。だが、えず、そんなことより、おれバケモノこいつを、


ころす! ころす! ころぉおす!!」


 いきわすれ、ちからかぎりに、滅多斬めったぎる。一度いちど体制たいせいととのえるため一歩いっぽ後方こうほうがる。するとバケモノの身体からだくずれ、体制たいせいくずたおれゆく。

 おれの、ちだ。おれの……ちだ!!



 りつけた傷口きずぐちや、とした肉片にくへんからほのおひろがり、バケモノはえてゆく。はなにつくいやにおいをのこしながら、跡形あとかたもなくくずれゆく――。


 なんとか……。犠牲ぎせいおおすぎる。むらひとたち、ラズライト、むら自体じたい……。犠牲ぎせいおおいが……、トリシュナは、トリシュナだけは、なんとか……。


ね」


 わった。と安堵あんどし、いてしまっていたおれは、背後はいごからせまるこいつにかなかった。

 ……胸部きょうぶから剣先けんさきえていた。


「ぶぁあっっ!!」


 くちから盛大せいだいす。なにきているのか、理解りかい出来できない。


手間てまけさせるなよ……。ね」


 一気いっきさっていたけんかれたことにより、一気いっきける。あしちからけ、そのままたおれてしまった。視界しかいうしなわれていく。すこはなれたところにはノゼアンさんもだらけでたおれていた。

 ノゼアンさんほどひとすら、やられるとは……。


「く……そ……」


 ちからはいらない……。トリシュナは? 無事ぶじか……?


はこにくいな……手足てあし邪魔じゃまだ」


 そう黒装束こいつのそのは、トリシュナをかみつかげていた。

 やめ……ろ……! だがこえちからのこってはいない……。

 まえで、愛する恋人トリシュナきざまれる。


 はげしいいかりと憎悪ぞうおが、すべての感情かんじょう支配しはいする。


 やめ……ろ……!!


「やめろぉ!!」


◆◇◆◇◆◇◆◇


 ハッ! と、める。鮮明せんめいうつ視界しかいには、見事みごと野原のはらひろがっていた。


此処ここは……」


 何処どこだ? いや、それよりも、おれは……だれだ? 何故なぜ、こんな野原のはらっている? おもせない……。記憶きおくもやがかかり、ひど頭痛ずつうおれおそう。


「トリ……シュナ……」


 ……そうだ、トリシュナだ。トリシュナをうばかえさなければ。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――数日間すうじつかんった。それだけあるつづけ、ようやくどこかのまち辿たどりついた。ひと大勢おおぜいいる。

 ひと大勢おおぜいいることにすら、いかりをおぼえる。はげしく “ にくい ”。


「おい、おまえ


 まえあるおんなこえける。


「はい……。ひっ!!」


 反応はんのうわない。


「おい、おまえ


 つぎまえある老父ろうふこえける。


「おや、だれじゃい?」


 とぼけたような反応はんのうにくい。


「おい、おまえ


 かえし、につく人間にんげんかたぱしからこえけていく。

 どの反応はんのうすべてが腹立はらだたしい。うつすべてがにくい。みみこえるすべてが雑音ざつおんだ。


 なににならなくなるころには、まち野原のはらになっていた。



 つぎまちこう。この頭痛ずつうわらせるために。すべてを紅蓮ぐれんげるために――。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――なんためにこうしているのか、もうおもせない。そしてまた、数日間すうじつかん数月間すうげつかん数年間すうねんかん彷徨さまよつづける。

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