第貮話:来たる敵意、終わる日常

 ――ラズライトがむらってからやく一年いちねん月日つきひっていた。あの出発しゅっぱつおれにだけのこした「トリシュナをたのむ」の言葉ことばは、ずっとこころっかかったままだった。

 それでも、今日きょうも、いつもとわらない日常にちじょうながれるとおもっていたんだ……。いま、この瞬間ときまでは……。


貴様等きさまら一体いったい何者なにものだ!!」


 くろ装束しょうぞく全身ぜんしんつつみ、にしたしたた短剣たんけんをこちらにけている。一体いったい何故なぜ此奴こいつらはこのむらおそいにた? ここまでのかんで、すで数名すうめい村人むらびとられていた。どんな理由りゆうであれ、許されることではい。


こたえる義理ぎりい、ね」


 うやいなや、おれけてりかざされた短剣たんけんを、すんでところかわす。実戦経験じっせんけいけんいとはえ、おれだって来年らいねんには徴兵ちょうへいだ。きたえていないわけではないい。ラズライトや悪友達あいつらとも訓練くんれんんできている。


「ほう。けるか」


 絶対ぜったい黒装束こいつをこのさきかせるわけにはいかない。このさきには、避難所ひなんじょとなっている村長そんちょういえがある。ここまでのあいだ被害ひがいかったものは、いまここにおれたち戦闘要員せんとうよういんのぞき、全員ぜんいんそこへ避難ひなんしている。……だから、ここはとおすつもりはい!!


なにをしに、このむらた……!!」

「ふむ……。しつこいな。先程さきほどったはずだが、こたえる義理ぎりは! 一切いっさいいっ!」


 黒装束くろしょうぞく剣速けんそくがる。このはやさではけるのは不可能ふかのうだと本能ほんのう判断はんだんしたおれは、すかさずけんかまなおし、はらう。――キンッ! と甲高かんだかおとあたりにひびいた。すぐさまうしろへび、距離きょりり、呼吸こきゅうととのえる。けば、まわりからも黒装束くろしょうぞく悪友達なかまたち剣戟音けんげきおんこえてていた。パッとかんじではあるが、おそらくいまおれ相手あいてをしている黒装束こいつ一番いちばん手練てだれだ。悪友達なかまたち大丈夫だいじょうぶだろう。



 黒装束てきせまる。そのさきたしかな敵意てきいって眼前がんぜんへ――。



 ――何故なぜ、こんなことになっている? 昨日きのうまで……いや、今朝けさまで平和へいわ日常にちじょうだったはずなのに……。


「ああ、……もう面倒めんどうだ。いい加減かげんに……! ね!!」


 かんがえろ……。一体いったいなに目的もくてきで、こいつらはおそる? この村サパンウッドにそんな価値かちがあるか……? いく戦争中せんそうちゅうとはえ、このむらには戦略的価値せんりゃくてきかちなど 皆無かいむだ……。 からない。からない。からない……。クソッ、ならいまは!! やれるだけやるだけだ!!


◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――さかのぼること数時間前すうじかんまえ


 寝坊ねぼうをしたおれは、トリシュナにこされ、身支度みじたくませ、朝食ちょうしょくえた。


「ご馳走ちそうさん」

「はーい、お粗末様そまつさまでした」


 台所だいどころからかあさんのこえこえた。ウチは片親かたおわだ。おれ五歳ごさいころとうさんは戦争せんそうに、かあさんはおれ女手おんなでひとつでそだててくれた。かあさんには感謝かんしゃしかない。


「ほら食器しょっき頂戴ちょうだい?」


 一息ひといきついていると、トリシュナがし、いた食器しょっきしめしていた。


「あ、ああ、まない。はい」


 トリシュナに食器しょっき手渡てわたすと、トリシュナはそれを台所だいどころへとってき、


「お義母かあさんはすわっててください。わたし食器しょっきあらいますから」


 とかあさんをすわらせた。


「……はぁ、ホントにね、トリシュナは……」


 すやらされたかあさんはうっとりとトリシュナをつめらした。ほぼ毎日まいにち光景こうけいだ。ながせかあさんはトリシュナをっているし、トリシュナもかあさんになついてもいる。関係かんけい良好りょうのうだ。


「ところでグレン、あんたたちはいつ結婚けっこんするんだい?」

「ぶふぁっ」


 唐突とうとつげかけられた質問しつもんおもわずんでいたミルクをこぼした。


「そ、そのうちだ!」

「そのうちそのうちって、何回なんかいいてもそればっかり。甲斐性かいしょうのない農夫のうふかい? あんたは!」

「そ、そんなことい! はず……だ…………」

「そんなところとうさんになくていんだよ! それにね、そんなことってたら、うタイミングをのがしちゃうんだからね?」


 せながらもなんとか適当てきとう返事へんじをしていると、あらもの台所だいどころからもどってきたトリシュナもすわる。そこからは三人さんにんほとん意味いみのない談笑だんしょうをしていた。

 ほぼ毎日まいにちおな話題わだいたような内容ないようがれる。そんな退屈たいくつ仕方しかたがなく、しかしあまやかであたたかい。こん時間じかんが、――このたりまえ日常にちじょうが、おれ大好だいすきだった。


 しかし、そんなたりまえは、唐突とうとつおとくずれることになる。

 突如とつじょ物凄ものすご爆音ばくおんでゴンゴンゴーンゴンとかねひびく。……それは敵襲てきしゅうしらせだった。


「んな!? これは……敵襲てきしゅう?? このかた……方角ほうがくは……みなみか!!」


 この村サパンウッドでは、てきがどの方角ほうがくから侵入しんにゅうしてたかぐに判断はんだん出来できるように、かねらしかたえるようになっている。たたえるものは、その次第しだいその方角ほうがくかい応戦おうせんを、たたえないもの侵入しんにゅう箇所かしょから反対側はんたいがわ指定していされている避難所ひなんじょへとかうことになる。

 ……かねっているのをいたのは、はじめてだが……。


「トリシュナとかあさんは、すぐに避難所ひなんじょかってくれ!! えっと……、たしか……、村長そんちょう屋敷やしきだ!」

わたしとお義母かあさんはって……、グレン!! グレンは!? グレンは……たたかいにっちゃうの!?」

「……たりまえだろ! おれたたかえる。……それに、ラズライトとの約束やくそくもあるしな……!」

「……絶対ぜったいに、……絶対ぜったい怪我けがしないでね……!!」


 これからたたかいにくというのに、なん注文ちゅうもんだ。おそらく無傷むきずなんてこと無理むりだろう。無理むりだろうがしかし……、


かってる。おれだって、怪我けがなんかしたくはないさ」


 きなおんなまえだ。格好かっこうくらいつける。


「グレン、あんたもおとこだ。くな

、なんて野暮やぼことわない。ただ……、ただ……! かならず、無事ぶじもどってなさい!!」


 おれて、かあさんはそうった。


「ああ、かあさん。たりまえだろ!!」

「しばらくのあいだ、トリシュナはわたしまかせなさい」

有難ありがとう。かあさん」


 そうして三人さんにんにちじょうあとにする。いえあとにし、全力ぜんりょくはじめる。



 日常にちじょうは、かくもはかなわりをむかえる。無情むじょうわりをげるそのかねともに――。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――そして、冒頭ぼうとうもどる。


 こんなことになるなら、かあさんのとおり、はやくプロポーズでもなんでもすればかったよ……。そのうちそのうち、なんて先延さきのばしなんかにせずに……。ああ……まだ、にたくないなぁ……。


 いきひまもないほど連続斬撃れんぞくざんげきに、ける、はらうが精一杯せいいっぱいで、反撃はんげき機会きかいなどまったせていなかった。

 そもそもが実戦経験じっせんけいけんがゼロのおれでは、たりまえだが、勝負しょうぶにすらならない……。かっては……いた。かっていたが、これほどまでに通用つうようしないとは……。


 ほんの一瞬いっしゅんれてしまった。皮一枚かわいちまい斬撃ざんげきけたあと空振からぶった反動はんどうからそのままのいきおいでされたまわりを、見事みごとあばらうけけてしまった……。ゴギッとにぶおと体内たいないひびいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る