第21話─人間界9─

雪菜は俺が働いていた会社に来ていた

そこの1人用の寮に足を運び、合鍵を使って中に入っていく

迷いなく進んで行き、開けたのは元々俺が使っていた部屋

なぜ俺の部屋の鍵を持っているかと言うと、先ほど紗奈が渡していたからだ

この部屋には俺の仕事道具が置かれている。紗奈からの依頼で、それを取りにきた…というわけである



「お邪魔します…なんて、返事返ってこないけど」



バタバタと音が聞こえて、玄関に走ってきた女性がいた

下着にワイシャツを着ただけの服装のその女性は…



「…あら、夜斗じゃないのね」


「…えっと…どちら様でしょうか」


「私は九条くじょう奏音かのんよ。夜斗の同期で右腕と言われる秘書だったわ」


「…私は神崎雪菜です。冬風先輩には中学時代からお世話になっておりました」


「そう、じゃあ貴女が話に聞いてた子なのね。いいわ、上がっていきなさい」


「お邪魔します」



違うだろ突っ込めよ!俺の部屋に奏音がいることについてさぁ!

…今自己紹介してたように、こいつは秘書兼幼馴染の奏音

やることがなんか一貫性がなくて、でも目的はひとつに思える…みたいな言葉にすると難しい奴だ



「あの…九条さんは、どうしてこの部屋に…?」


「社長の部屋に秘書がいたらおかしいかしら?」


「おかしいと思いますけど…。そのワイシャツも先輩のものですよね?」


「そうよ」



なんでこんな強気なんですかこの侵入者…

悪びれる様子全くないんだけど



「…えっと…。九条さんは、先輩の愛人ですか?」


「ストレートに聞いてきたわね…。答えはノーよ。そうあって欲しかったとは思うのだけれど、告白する前に夜斗は行方不明になったわ。私の目の前で、霧に飲まれるようにね」



雪菜の顔が引き攣った

俺も多分、結構表情がこわばったのではなかろうか?

それくらい衝撃的なことを言ったのだ、この秘書は



「…それは、先輩の居場所を…」


「それは知らないわ。けど、行方不明になった顛末は知ってる」


「教えていただけませんか…?お金を払えということでしたら言い値で払います」


「いらないわよ。教えてあげるから怖い顔はやめなさい?」



奏音は服装を変えることなく、そのままの格好で話し始めた

冷蔵庫から俺のお茶を勝手に出して雪菜に渡し、自分もそれに口をつける。返せ



「そうね。行方不明になったのは、半年くらい前だったかしら。私と夜斗、そして強襲部隊は銀行強盗の制圧のために、岐阜県に行ったの。強襲部隊は総勢90人、隊長が2人、それに加えて私と夜斗がいたわ」


「…なんの仕事なんですか?」


「あら、知らないのね。私たちは公安部よ。名前は国家公安部第零特務機関」


「あ…都市伝説の…」


「そうね。大々的には動いてないわ。主な任務は警察が対応できない事件の解決や、過去の未解決事件の解決ね。今回の場合は警察が対応しきれない事件だったわ」


「…銀行強盗が、ですか?」


「そうよ。これの犯人は警視総監の息子である白鷺大輝だいき。それと警察庁の幹部の息子たち。警察は上の命令で、誰一人傷つけずバレずにという指示で動いていたのだけれど、不可能だったのよね」


「自分勝手すぎます…。自分の息子だから逮捕するなってことですよね」


「そういうことよ。それで公安部に話が回ってきて、出動したわ。銀行強盗自体はかなり簡単に…全員を拘束することでことなきを得たのよ」


「ということは、問題はその後ですか…」


「正解よ」



奏音はお茶を口に含み飲み込んだ

俺も知り得ないその記憶。これがわかるのとわからないのとでは大きな差だ



「静岡に帰ってきた私たちは、夜斗と私を残して強襲部隊を帰したわ。そして私は夜斗と駅前でデート…とは呼べないけど、そんなことをしてたの。その時に事件が起きたわ」


「…ホテルに行ったんですか?」


「そこ気になるのね。行ってないわ。さっきも言ったけど私は夜斗の彼女でも妻でも愛人でもないの。夜斗からしたらただの同僚よ」



まぁ可愛いんだけどさ

見た目はさることながら、性格の面でもかなりいい女であることは認める

けど俺はこの頃瑠璃のことを忘れられなくて、奏音を好きになることはなかったんだ



「話を戻すわ。その事件っていうのが、夜斗の元カノの襲撃よ。7人の元カノと、その人たちの今の彼氏が夜斗を殺そうとしたの」


「そんな…なんで…」


「簡単なことよ。その女たちが夜斗を言い訳に愛を得ていたから。元カレが酷いっていう嘘を吹き込んだ結果ね」


「…酷い…」


「仕方ないから私と夜斗は国家公安部特務機関保護法に基づいた自己防衛を行なったわ。攻撃されたら場合によっては殺しても罪に問われなくなるの。これで撃退に成功…したはずだったわ」


「はず…?」


「…夜斗は刺されたのよ。元カノの1人に。それで死んだわ」


「え…?」


「信じられないって顔ね。けど問題はここからよ」



奏音はカーテンを開けて外を指差した

少し上向きになっている指の先にあるのは…



「電車、ですか…?」


「あれは、きさらぎ駅に向かう電車ね。それに連れていかれたのよ」


「……?」


「もう少し詳しく言うわ。刺された夜斗は、時間を巻き戻すかのように体が治って、元カノと今の彼氏を睨んだの。そしたらあの列車がきて、14人全員を連れ去ったわ。その時に、夜斗の体が霧になって消えたわ。タイミング的にはあの列車が誘拐したんだと思う」


「…なんで知ってるんですか?あれがきさらぎ駅に向かうって」


「電車の行き先に書いてあったのよ。平仮名で「きらさぎ」漢字で「駅」って」



…そういうことだったのか

言われて初めて俺は思い出した。そうだ、あの日俺は連れてかれたんだ


純恋に

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