第19話─人間界8─

人間界では棒立ちする雪菜に霊斗が近づいていた

悪いが全て終わってしまったぞ。白鷺は死んだのだから



「ユキ!!」


「あ…霊くん…」


「大丈夫だったか!?」


「う、うん。大丈夫…だけど…」


「何かあったのか…?そういえば白鷺は…」


「白鷺…あの変な人のこと?あの人は…変な電車から出てきた人たちに連れてかれて、電車に乗ってたよ。被害者だ、って言ってた」


「え?誰が言ってたんだ?」


「久遠さん、って人」



霊斗の表情が変わった

どうやら久遠のことは知ってるらしい



「知ってる人?」


「…一応。なんつったらいいんだろう…夜斗をずっと見守ってた人、だな。冬風って結構いいとこの家だから、従者がいたんだよ」


「あ…それで私のこと知ってたんだ…」



雪菜は目を泳がせて顔を伏せた

霊斗が覗き込もうと前に回った時、雪菜は真っ直ぐ霊斗の目を見た



「さっき、冬風先輩と話したの」


「え…?夜斗が生きてたのか!?」


「ううん。久遠って人に乗り移って助けてくれた。そのあと本当にちょっとだけ話をしたの。霊くんには言うなって言われてたんだけど…」



事の顛末を端から端まで話す決意を決めたようだ

とここで俺は主の端末を使っていたことを思い出し、投げ返した

そして自分の端末に戻す。景色変わらん



「ってことなの」


「なんで行方不明になってるのかはあいつにもわからない…。しかもすぐには戻ってこれない、ってことか」


「だからその、思ったの」



雪菜が思い詰めたかのような顔をして霊斗に詰め寄り、直後抱きしめた

そして耳元に口を寄せる



「私と霊くんが今すぐ結婚したら、来てくれるはずだから子ども作ろ?」


「話が飛躍した!?ちょ、ちょっと落ち着いてくれ!」



…早とちりが過ぎるだろう

霊斗はまだ20歳だぞ。今すぐ結婚して余裕のある生活はできないことなど明白だ

だからこそ主は卒業及び就職すると思われる目処、2年としてそう言ったというのに



「だって!先輩が来てくれるって!」


「だ、だから…俺は就職するまで金銭的に幸せにできないし子ども作ったら余計に辛くなる。それはあいつも望まないだろうよ。だから多分、就職する2年後のことを言ってるんじゃないかな?2年あれば帰る準備が整うってことだと思うんだ」


「…そうなら、いいんだけど」



素晴らしい。俺が思ったことを一字一句互いなく言ってのけたな

やはり長年の付き合いとは侮れないものだ



「だから今は、今を生きよう。あいつが帰ってきたときに2時間説教してきそうだしな」


「そう、だね。じゃあ、ここでキスして」


「なぜ!?」



知るか。俺に聞くな

ああいや俺に聞いてるわけではないか



「先輩に見せつけるの!貴方が妹のように扱ってた私が女になりましたって!」


「この空気流れで頼まれてやりましたとか言ったら殺されるわ!」


「うー…」



雪菜はハッとして後ろを向いた

耳まで真っ赤になってるところから自分が言ったことを理解したのだろう



「ユキは、なんで俺を選んだんだ?夜斗が良かったんじゃないのか?」


「それ聞く?…私は、先輩が亡くなったのを聞いて死んでたの。けど、霊くんは自分も傷ついて沈んでるのにも関わらず私を励まそうとしてくれた。だからだよ」


「そう、なのか。なんか横取りした感があるな」


「それは違うよ。私は先輩を好きだったことは一度もないし、そういう目で見ることはできない。私は霊斗君と出会って、優しさに触れて好きになったの。だからさっき言ったそれだけが理由じゃない。好きなのはもう2年前からだから」



1年前、か

主と雪菜が出会ったのは6年前のこと。中学二年生だって主の後輩として入ってきたのが雪菜だ

その後は雪菜の専属先輩となり相談に乗るうちに、兄妹のようになっていったと言う

そしてそれから3年後、たまたままた同じ学校になり夜斗が霊斗と雪菜を互いに紹介したという



「そっか。悪い、こんなこと聞くもんじゃないな」


「それは仕方ないよ。正直、彼氏の前でいうことじゃないとは思ったし。けど私は、先輩を兄やお父さんのように見ることはできても1人の男の人としては見れない。霊くんだから、私は好きになったし付き合えて嬉しかった」


「ありがとう…俺を認めてくれたのは、ユキが初だよ」



んなことねーよ、とか言いそうだなあの主は

実際のところ主は霊斗を認めていたし、紗奈も冥賀も霊斗を認めていた

それぞれの立場から、という頭言葉は付くが



「じゃあ、帰りましょう」


「ああ、帰ろう。あとあのバカに礼を言わなきゃな」


「そうだね。明日行こ」



霊斗は雪菜の手を握って路地裏から飛び出し───縁石でつまづいた

そんな霊斗を温かく笑い、今度は雪菜が手を引いて歩いていった

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