月に誓う

 ルーナと二人でネオン街を歩く。

 その姿は……傍から見れば恋仲に見えるのかもしれない。しかし、オレの頭の中はルーナを守ることでいっぱいだった。

 ポケットの中に隠していた暗記を握り、手を繋ぐことはなく、オレは周囲を警戒しながら、ボディーガードの如く慎重に足を運ばせる。

 さっきのような吸血鬼が現れても、すぐに対応するためには仕方がない、そう割り切りつつも、心の中で血涙を流す。


 ふと、ルーナの横顔を見る。

 ……何故か、ルーナはさっきからどこか不機嫌だ。

 理由は分からないのが困る……もしかして、手を繋いで欲しかったのだろうか?

 そんな淡い期待をしているとルーナに、


「ねぇスザク、さっきからジャラジャラうるさいんだけど。

 もしかして服の内側に何か着けてる?」


 不機嫌の理由を、聞かされた。

 ……なるほど。内側の暗器やその他装備の音が気になったのか。

 一応、金具がぶつかる音を消す細工はしてあったのだが……仕方がない、彼女に説明をするしかない。

 しかし、ここでいきなり服を脱いで見せるのは違うだろうし、ルーナにはすごく申し訳ないが近くのホテルで説明をしよう。


「ルーナ、こっちに来てくれ」


「え? ちょ、スザク……!?

 いきなり引っ張らないでよ、ちょっと……!?」


 そう言って、彼女の手を引く。

 この間は暗器が持てないのが辛いが、ルーナ自体の腕っ節も、そして耳も相当いいみたいだし問題は無いだろう。


 ルーナの手を引いて、オレは近場のホテルへと入った。

 ……ホテルといっても、ラブホテルだ。

 身分証を提示する必要のない、無人受付のラブホテルが、身を隠すためには、そして不都合なくいくには最適だ。


 ……多分、コイツ身分証持ってないだろうし。


 空いてる部屋を選択して、鍵を取って部屋へと入る。

 部屋を入って、オレはすぐに


「ちょっとスザク!

 何の説明もなしにいきなり乙女をこんなところに連れ込むってどういうつもり!?

 さすがに引っ張る時はごめんとか言って欲しかったんですケド!!」


 がぁーっと、猫のようにルーナが怒りを捲したてる。

 てか、外国人はラブホ文化知らないと聞いていたけど、知ってたのか。

 それは意外だ。

 特に、基本は外に極力出ないとされる吸血鬼達すらこんな文化知ってて欲しくなかったが。


「さっき聞いてきたろ?

 音がうるさいって、その説明するためには人目を避けたかったんだよ。

 ほら、いきなりこんなのが出てきても周りの人パニクるだろ?」


 制服を脱ぎ、シャツの上に付けているギプスのようなモノを見せる。


 さっきまで怒ってたルーナは、直ぐにどこか真剣な表情になり、この道具について訊ねてきた。


「……それ、呪装具ってヤツ?

 呪いを身体に纏わせて、身体能力とかを向上させるっていう……」


「そ、このギプスだけじゃない。

 ……ごめんな、ルーナ」


 そう言って、ギプスを外し、その下のシャツを脱ぐ。

 肌に直接はってあるシールのような呪装具を外し、床に落とす。

 恐らくこれがジャラジャラなってたんだろう、脚に巻いていた鎖帷子の呪装具も、靴も、更には暗器のほとんどを床に落とす。


「全部で、十五種類。

 全て、身体能力を向上させる効果のある呪装具だ」


「……ねぇスザク、その数の呪いを身につけて無事なわけないわよね?

 正直に話して、貴方にはどれほどの負荷がかかっているの?」


「…………………………」


 ルーナに聞かれて、無言になる。

 正直に返していいわけが無い。

 圧力と、そしてその装備をつけさせた顔すら知らないだろうオレの親父へ怒りを燃やしたルーナの瞳が、確信付けさせるいい証拠だった。

 そうなったら多分、ルーナはオレの家へと向かって暴れ回るだろう。

 しかし当然ルーナも無事では済まないはずだ。

 それに、ルーナをこんな腐った家族へと介入させたくもない。


「ちょっと目眩が起こるだけだ、気にしなくていいさ」


「───ウソね。

 今、手が自然と動こうとして、無理に止めたでしょ?

 人間は嘘をつく時、顔を覆う仕草を自然と取るって聞いたことがあるわ。

 それを、幼い時に強く躾られたでしょ?

 多分、人とのやり取りで嘘を見破られないようにと」


 ま、私は嘘ついたことないけど、なんてどの口が言ってんだと返したくなる言葉を最後に言って、ルーナがオレを睨む。

“次に嘘をついたら許さないぞ”と、視線が語りかけていた。


 ……さすがに、もう無理か。

 はぐらかすことが無理だと悟り、オレは正直に、


「お察しの通り、使い続けると寿命を減っていくよ。

 これまで鬼を、人を殺す時にかなり使ってきたから多分、オレは長くない。

 ……よくて三十くらい、普通だと二十歳手前くらいじゃないかな、今の寿命は」


「やっぱりね。

 ……貴方の一撃呪殺の能力が天然モノって言うのは正直なところすっごい驚いたわ。

 この呪装具の山は私が今すぐ壊すけど、異論なんてないわよね?」


 ルーナが呪装具へと近付く。

 目を見るに、本気で壊すつもりだ……!!

 悪いが壊されるワケにはいかないので、焦りながら、ルーナの前へと立つ。

 ルーナの気迫はまるで龍のように、気品がありつつも、荒々しさを感じさせる。

 ……上等。

 婚約者になるんだ、これくらいの癇癪をなんともしなくなってこそだろう。


「なに、邪魔するの?

 ……貴方だって、わざわざ死にに行くようなことしたくないでしょ?

 なら─────」


「お前を守るには、多少の寿命くらいくれてやるさ。

 オレはね、ルーナ。

 ───心の底から惚れた相手に愛されながら死ぬ、オレにとっちゃ想像も出来ないことだからな」


「どういうこと、それ?

 愛し愛されて死ぬなんて、幸せな最期すら想像できないなんておかしい話よ」


 ……そう、おかしいんだ。

 オレの家族は、オレは。

 ルーナがどんなに危険な存在か知ってて愛を告げるほど、イカれてる脳みそがそれを裏付ける。

 ……それに、こんなに心配してくれてんだ、ありがたいってもんだ。


「……まぁ。そういう家系、家庭事情だったんだよ。

 機会がくれば、いずれ話す。

 だから、ルーナ。呪装具を壊すのはやめてくれないか?」


「……………………ホントに騎士を務めて欲しいわけじゃないって言ったら?」


「護られるだけの男なんて、死んでるのと一緒だ。

 男なら好きな女の子を守ってこそだよ」


 多分、ルーナはこれで納得はしてくれない。

 けれど、妥協はしてくれるだろう。

 ……というか、諦めか。自分じゃ止めることは出来ないか、という諦観。

 ルーナが小さく息を吐き出して、


「……ま。秘密事はお互い様だしいいわよ」


「ありがとう、ルーナ─────」


「た・だ・し!!!!!!」


 人差し指をピン、とオレの鼻を突き、ルーナは条件を開示する。


「戦闘は極力、私のサポート!!

 それで……呪装具の一斉使用を三分間だけに限定!!

 そうしなかったらホントに呪装具を壊すからね!!」


「む」


 三分間だけか……正直、かなり不憫になりそうだ。

 特に、集団戦などになると厄介だ。

 数にもよるが、三分間なんてとっくに過ぎる。

 それに、サポートに徹するように……か。

 まぁ、コレはさりげなく破ったりとかしても怒られないだろう、集団戦のどさくさ具合を舐めてはいけない。


「……分かった。もう少し緩くして欲しいけど、それは許してくれなさそうだもんな」


「素直でよろしい、じゃあスザク───どうする?」


「は?」


 どうするって何が……?

 そう訊ねる前に、ルーナは頬を赤らめ、


「え、だってここってそういう場所でしょ?

 ……だから、どうするのかなって」


 脳内を爆破させるかのようなそんなことを、ルーナは言うのだった。

 そんなの───────



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 朱雀とルーナがいるラブホテルの向かい側のビルの屋上に、二人を見下ろす人影があった。

 赤い髪の毛を後ろで結っている、朱雀と歳が近いであろう着物姿の少年だった。

 ルーナの事を完全に敵意をあらわに睨みつけ、朱雀にはどこか心配そうに、同時に悲しそうな視線を向けていた。

 両手には吸血鬼の首を持っていた。


「─────朱雀の馬鹿が、色香に惑わされるなとアレほど言っただろうに」


 強く歯ぎしりをする。

 ふと、その少年が携帯電話を取り出して、ある人物に掛けた。


「……お疲れ様です、父上。

 朱雀ですが、何やら吸血鬼の女らしき者と接触しております。

 容姿はあのホルンベルク家の姫君、処刑王姫クイーン・カーミラである……はい、その者に近いです」


 詳細にルーナの容姿を説明するその少年は、電話の主である自身の父にある事を言われる。

 その少年はどこか苦しそうに顔を歪めて、


「了解しました……尾行を続行します。

 そしていざとなれば、朱雀を始末する準備もですね、分かりました」


 通話を切り終え、男が再び朱雀へと視線を向ける。

 袖口から短刀を取り、男はバレないように隠密行動を再開させるのだった───。

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月と騎士と死を @sakurahiro0226

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