愛し月

「───ハ、ハァ!?!?」


「だーかーらー、私の騎士になってって言ったのよ」


 ルーナとの恋物語が始まる。

 そんな期待に胸を膨らませたが、刹那で破裂する。

 そう、彼女はついさっきオレに、


『うん、やっぱりアナタ、私のナイトになってよ!!

 そっちの方がいいや!!』


 なんてことを言いやがった。

 恋人でもなんでもない。ただの上下関係。

 巫山戯んな、さっきのオレのときめきを返せ。

 ルーナの騎士、それはそれで楽しそうではある。

 が、それは永遠に彼女を手に入れれないということだ。

 そんなのはお断りだ、オレはルーナを欲しいと思ったから、ルーナを護るためにさっきの吸血鬼を殺したってのに───!!


「考え直してくれよ、オレは騎士になんて収まるつもりはない。

 オレは、しっかりお前と対等な、夫婦として───」


「それなら、騎士でもいいじゃない?

 もしかして知らない?」


 言いながら、ルーナが悪戯っぽく笑みを浮かべ、


「吸血鬼でいう騎士って役職はね、将来夫婦になると誓った際に送られる称号なのよ?」


 いい終わった直後、突如として突風が巻き起こり、同時に茂みから吸血鬼と思わしきモノが四肢がに引きちぎられた状態で現れ、桜の木のふもとへと転がる。

 ルーナへ振り返ると、キャンパスのように手にはまるでペンキのような濃い紅が着いていた。

 その手をうっとりと、恍惚とした妖艶な笑みを浮かべてルーナが見つめる。

 そして───自身のその手と口付けを交わした。


 紅い手。赤い唇。

 白い肌、白光りの月。

 ───おぞましいと思うのが普通だろう、その光景は凄く、凄く、綺麗だった。


 ……しかし、今のが、ルーナの一撃によるものだとしたらルーナは恐ろしく強い女ということだ。

 よく見たら、ついでと言わんばかりにルーナが追撃をしたのだろう、吸血鬼の胴体が裂かれていた。


 ───桜が散り、夜に溶けていく。

 その木のふもとには、四肢を分割され、胴体も裂かれた無様な肉塊が一つあった。

 そんな、異様な光景を背に、少女がゆっくりとオレに歩み寄りながら手を差し伸べてくる。

 オレ達が追われてる時とはうってかわった、余裕のある笑みに若干、イラつく。

 あの時の弱りきった顔は演技だったのかよ、騙された。


 ───あぁクソ、しかしなんて綺麗なんだ、思わず惚れちまったじゃねぇかよ。

 人形、なんてものじゃない。一つの芸術作品のように少女の顔立ちは美しいものだった。

 そんなヤツに微笑まれて、惚れない男は男としてどうかしてる。本当に。

 この沈黙を、我慢できないとばかりに、少女が訊ね始める。


「ねぇ、貴方、結局どうするの? 私に協力してくれる?

 ───それとも、血を吸われて、アレと同じように自我が失ってみっともなく暴れ回るだけの存在になっちゃう?」


 脅しじゃねぇか、ふざけんな。

 死ぬか、苦しんで死ぬかの二択なんて我儘なんてレベルじゃない。暴君、暴君だ。

 ったく、なんで、こんな目にあったんだっけな。

 たしか、アレはただの一目惚れだった。

 ……てか、協力ってなんだよ、協力って。


 オレが戸惑ってると、ルーナが“あ、そっか”となにか失念していたのを思い出したのか、再度、明るい笑顔となり、


「シンプルに、私の事を追っ手から守ってちょうだいってコト!!

 どう、それだけで私と夫婦になれるんだし、ちょうどいい条件なんじゃないのかしら!!」


 何処がだよ。死にかけるかもしれないのに、ホントにどこがだよ。

 ……でもまぁ、結論は決まってる。

 オレは、ルーナに微笑み、


「いいぜ、安すぎるさ。

 月みたいに綺麗なオマエをモノにできるんだからな。

 命なんて、全部くれてやるさ。

 ───最期の、最期に愛してくれるって事を告げてくれたら、それでいい」


 歩み、彼女の血の着いた手の甲に口付けを交わす。

 汚れなんて気にしない、それを示すために。


 ルーナは、パァ、と嬉しそうに満面の笑みになり───


「ありがとう、スザク大好き!!」


 そう言って、オレを抱き締めてくれるのだった───。

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