恋月
数十分前、午後の二十二時頃。
ファーストフード店から出たオレは、路地裏へと移動した。
なんてことは無い。ビルの壁を登って、屋上で月を眺めたかったからだ。
……小さい頃から、オレは月が好きだった。
綺麗で、そして暗い夜の中でも輝くそれは、ふと掴みたくなって、でも手が届かないその距離感は、どこか、初恋に似てて。
月が出る夜はいつも、オレは月を眺めるために、適当な建物の屋上へと登っていた。
テキパキと、一分以内に屋上へと登り、座り込んで袋から買ったばかりのハンバーガーを取り出した。
手に持ったソレにかぶりつき、咀嚼する。
安上がりな味だが、オレはこの味が好きだった。
飲み込んで、オレは、月を眺めながら一言、
「……あぁ、やっぱり、月は綺麗だ」
誰もいない空間だというのに、オレは、まるで隣に誰かいるかのように、話し掛けるように呟いた。
それくらい、月に魅入られていたのだ。
だから、だからだろう。
「─────へー。貴方、月が好きなのね。
いいじゃない、私と同い年くらいのくせにそういう、ロマンチックなところあるの、好きになっちゃうわ!!」
明るくも、耳に澄み渡る綺麗な音に、後ろから引かれた。
驚いて後ろを振り返ると、そこには───月の擬人化、と言えばいいのだろうか。
とても美しい少女が、立っていた。
───ドクンと、心臓が強く脈打つ。
その、月のような金の髪も、金の瞳も。
更には透き通って後ろが見えてしまうのでは、と思ってしまうような白い肌に。
オレは、その、一目だけで、心を奪われた。
─────トクンと、心臓が弱々しく脈打つ。
それは、途端に冷静になれと脳が警笛を鳴らした為か。
目の前の美しい女に見蕩れていたオレの本能、それが働いた。
綺麗でいて、それでいて近付けば死を感じ取ってしまう。
まるで、普段は月並みに綺麗なクセに、近付いたモノを燃やし尽くす太陽みたいだった。
月は好きだが、太陽は嫌いだ。
思わずオレは、女から距離をおいて、臨戦態勢へと移る。
袖口に入れていたナイフを出して、裾に仕込んでいる暗器をどんな時でも出せるかどうか微動作で確認しながら。
オレは、女の名前を訊ねた。
「お前、名前はなんだ?」
「わたし? ルーナっていうの。
ルーナ・ホルンベルク・ナハト……って言えば、有名かしら?」
警戒するオレを気にすることなく、調子を崩さずに女は自身の名を名乗る。
ホルンベルク。
それは、月の下でしか動けれない不憫な亜人種、吸血鬼の王族の名前だったハズ。
成程、道理で心臓が高鳴り、そして脳が警笛を鳴らすワケだ。
挨拶がわりに、オレはルーナという女に対して一言。
「初めましてルーナ。
───今夜は、月が綺麗だな」
そう、オレはルーナに
この刹那的に抱いた、ルーナへの情欲を惜しげも無く、言い残して後悔のないようにオレは言った。
ルーナは首を傾げ、そしてオレに訊ねる。
「今のって、告白?」
「あぁ、勿論。お前に見惚れた。
けど、オレは悪い亜人種を殺す一族の出身なんでね、こうしてお前を殺さなくちゃならない。
けど、これだけは言っときたかったんだ」
「へぇ、わたしは別に貴方の恋人になっても構わないけど?
そもそも、貴方が亜人狩りの一族なんて、一目見て雰囲気で分かったわ」
言ってる、意味が分からなかった。
そんな、リスクしかないようなことを、なぜ、この女は───
「あぁでも、こういう時はキチンと返すべきね、訂正させてくださる?」
こほんと咳払いをして、ルーナは微笑んだのだった。
「───えぇ、こんなに綺麗な月なら、わたし、死んでもかまわない」
オレの頭の中の疑問などお構い無し、そう言わんばかりに女は悠々自適に話し始める。
……まて、待ってくれ。
嬉しさと、困惑で脳が破壊されそうだ。
「い、いいのか?
オレたちは結局は、ロミオとジュリエットみたいな関係性なんだぞ」
「以下に結果が悲惨だろうと、その愛はとても美しいものじゃない。
だからわたし、ロミオとジュリエットは大好きよ?」
───トドメの一撃と言わんばかりに、ルーナが笑顔を見せる。
ダメだ、もうノックアウトだ、彼女にはこれで傷一つつけれなくなっちまった。
自然とオレは、ナイフをポケットに仕舞い、彼女に近寄った。
オレの行動に、ルーナは首を傾げ、訊ねた。
「ナイフ、しまっちゃうんだ?」
「あぁ、敵意よりも、恋が勝っちまった」
吐息が交差しあう距離になる。
明るい様子だったが、若干緊張をしているのか、ルーナはどこか目を泳がしていた。
肩を掴み、オレの胸元に引き寄せる。
この、どうしようもなく愛おしい少女の身体の柔らかさに、興奮する。
あぁ、はやくこの女を抱きたい。
そんな、下卑た感情が膨張していく。
しかし、何事も順序が大事だ。
ひとまずは、キスをしようと彼女の唇を───
「いたぞ!! お前達、しくじるなよォ!!」
重ねる、その寸前だった。
ソレを阻止すべくなのかは分からないが、男の怒号で、二人だけの世界は壊された。
声の方を振り向くと、貯水タンクの上には五人程の人影があった。
「ヤバっ……! にげましょ、ここから!!」
「え、お、おい……!!」
ルーナはオレの手を引っ張り、ビルの屋上から飛び降りる。
本来ならば衝撃でぐちゃぐちゃになる人体だが、こういうのは訓練でしっかりと対処出来るようになっているので、問題なく衝撃を受け流して、オレはルーナに引かれ、ビルから離れる。
「……こんなに速く、わたしの動きがバレたなんて。これからどうしよう……」
ルーナがそう、不安そうに呟く。
不思議と、その不安に支配されそうな表情を見ると彼女のことを護りたいとい思いが沸騰するかのごとく湧き出る。
……よし、決めた。
さっきのヤツらは、いいムードを壊してくれやがったし。
殺そう、容赦なく。
そう決意し、オレはルーナに引っ張られる。
そうして、引っ張られること数分。
人が全くと言っていいほどに来ない、寂れた公園に着いた。
中央には不格好にも桜の木が一本だけ立っている。
それに指を差してルーナに行くように頼む。
ルーナは、不思議そうにしながらも、そこに移動した。
「どうしたの?
貴方の頼みだから止まったけど、正直に言うとけっこー余裕ないけど……」
「ここで、さっきのヤツらを迎え撃つ」
オレがそう、宣言した刹那。
ルーナはきょとんとした表情となり───
「は………はァ!? ちょ、何言って……あなた、さっきの数見たでしょ!?
五体の吸血鬼よ!? しかも王族の近衛兵なの!!
そんなの、いくら亜人狩りを生業とする家系でも少なくとも、二十人くらいは……!!」
「いいから。カッコイイ所、見ててくれよ」
腕を振り払う。
正直、何時でも振り払えたが、惚れた女の子にそう乱暴に振る舞うほど、オレは酷い奴じゃない。
こうやって腕を振り払う時は、守る為に戦う。それを止めに来る時だけだ。
ふぅ、と深呼吸をして、頭をスッキリさせる。
たまたま、あのビルで月を見上げてただけだってのに、なんて出会いだ。
まるで、漫画のような出会い。
だが、オレにとっては運命の出会い。
このルーナという、吸血鬼の少女を護る為に、オレはナイフを取り出す。
耳を澄ませば。
複数の足音はもうすぐそこにまで迫っていた。
しっかりと後を追って嫌がった吸血鬼達は、この寂れた公園に意気揚々と入り込む。
ステージの役者のような堂々たる振る舞いで。その様は、本当に隙だらけだった。
本来なら、そんな無様なマネはしないハズ。
オレのことを吸血鬼に騙された、憐れな学生とでも思ってるのだろうか。
だが、そう思ってくれてるのなら好都合。たかだか五体ならば、オレ一人で───
準備運動がてらトン、と一瞬だけ跳ねて、オレは。
「──────ッ!?」
一体の吸血鬼の眼前に、刹那的な速さで駆けた。
ビルで他の奴らに指示を飛ばしてた、オレたちに怒号を飛ばしやがった奴だ。
恐らく、この中で一番の実力者なのだろう。
ならばこそ。先に沈めた方が後が楽になる。
ナイフで、ソイツの首筋を切る。
恐らく、吸血鬼の目に留まらなかったのだろう、射撃された銃の軌道がスローモーションで見える、吸血鬼達の目でさえ追えない、音速でオレは、一体の首を裂いたのだった。
赤い鮮血が首から吹き出て、吸血鬼は何が起こった、呆けている様子だった。
「……速い、速い、けれど……それじゃあ、吸血鬼相手には……!!」
惜しむようにルーナが呟く。
知ってる。吸血鬼はこれくらいでは死なない。
恐ろしい程の再生速度、そしてタフネスが吸血鬼の売りだと、兄貴にキツく言いつけられていた。
しかし、
─────しかし、そんなもの、オレには
「な、なんだ……っ、コレは!?」
斬りつけた吸血鬼の身体中に、黒の斑模様が現れ始める。
それは、オレが無意識に流し込んだ、呪い。
───神話に出てくる、ヒュドラの毒といっても違和感のない。正真正銘の、呪いで出来た毒だった。
その呪いに掛かれば最期、その生命は細胞をコンマ数秒でその尽くが壊死する。
そうして、呆気なく吸血鬼の肉体は崩れる。
塵となり、桜の花びらと共に空を舞う。
後は、それで終わりだった。
「ヒッ……に、逃げるぞぉぉぉ!!!!」
他の吸血鬼達は、オレに勝てないと悟るやすぐに散り散りとなって逃げ出した。
これで、面倒事は終わった。
あまりの呆気ない終幕に、ルーナは呆然としていた。
「……歩けるか、ルーナ?」
「え、えぇ……そういえば、貴方の名前聞いてなかったわね。
名前、教えてちょうだい!!」
直ぐに、調子を取り戻し、オレの名前を訊ねる。
……そうだった、名前、そういえば言ってなかったな。
そりゃ失礼なことをしちまった、申し訳がない。
オレはルーナに、自身の名を明かした───
「オレの名前は、
……吸血鬼や、この国特有の亜人種、鬼なんかを殺す事を生業としてる、風魔家の次男だよ」
彼女に手を伸ばす。
ルーナは嬉しそうに笑顔を浮かべ、
「そう、よろしくねスザク!!」
その、絹のように白い、指でオレの手に添えてくれた。
───こうして、オレとルーナの、恋物語に幕が開かれるのだった。
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