1、説得

「嫌です。」


一瞬も悩むそぶりなど見せずに即答で断る湊。

さすがの神も予想外の返答に固まっている。

だが聞かなかったことにしたのか少しの間を置いてから説明を始める。


「行先はグラシアスという世界だ。特徴としては「嫌です」」


どうやら聞き間違いではなかったらしい。

説明を途中で遮られた。


「・・・・・・・。」


無言で見つめ合う両者。

カップルか!


「なぜだ?貴様の年頃ならば憧れるシチュエーションだろ、異世界転生なんてものは。しかも転生先は例に漏れず剣と魔法の世界、転生特典もつくんだぞ。貴様はそういうのが好きなのだろう。」


先に痺れを切らしたのは神の方だった。

神は転生させる魂を選ぶにあたって仕事が滞りなく進むようにこういったことに抵抗がないであろう人間を選んでいる。

そんな神の下調べの結果、湊はその手の漫画や小説をこよなく愛す典型的なオタクだった。

そんな奴がテンプレ中のテンプレを断るはずないと意気込んでいただけの驚きを隠せない。


「まぁ確かにラノベは好きだけどフィクションはあくまでフィクションとして楽しむから面白いわけであって自分が当事者になるなんてお断りだね。普通に成仏させてくれていいよ。記憶を引き継げなくてもいいし、特別な能力なんていらないから。」


これは紛れもない湊の本心である。

確かにファンタジー世界には憧れるがあくまで自分は傍観者でありたいと思う。

それも紙の上の傍観者が。

当事者などもってのほかだ。


「剣と魔法の世界だぞ。」


「機械と科学の今の世界で良い。」


「前世の記憶でやりたい放題だぞ。」


「これからの記憶で十分だ。」


「貴族になれば何でも 思いのままだぞ。」


「特にやりたいこともないし一般家庭の一般人でいい。」


「人知を超えた力を手に入れられるんだぞ。」


「人知を超えた力なんて脅威にしかならないよ。」


「英雄にだって勇者にだって。何なら魔王にだってなれるんだぞ。」


「人に羨望されるのも畏怖されるのも好きじゃない。」



「・・・・・・。」


そして再び訪れる無言の時間。

見つめ合う2人。

カップルか!



そしてかれこれ3時間。

あれからそれこそあの手この手を使って湊を説得しようと試みた神であったが結果はことごとく惨敗。

どんな特典を付けようがどんな待遇を与えようも全く靡かない。

神の人選は失敗だったのである。

だからと言ってもはやどうすることもできない。

湊の転生手続きを神界議会すでに提出してしまっている神としては何としてでも湊を転生させなければ上級神から下級神に降格してしまう。

せっかく信仰を集め上級神にまで昇格したのだ、今さら戻れるか。

そして神はさらなる説得をこころみるのであった。






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