にゃあ

@sqnemo

本編

吾輩は猫である。名前はまだない。

そんな吾輩は今、今、今、今、今、今、現在進行形で空を飛んでいます!!!!

「にゃあああぁあっ!!」

しかもなんか色々すげぇえっ!! 風がすごいぃいいいっ!! なんだこれなんで吾輩は空を飛んでいるんだ!? 死ぬの? というか死んじゃうよこのままじゃ死んでしまうどうどうどうどうどうどうどうどうどうどうどーっ…… いやしかしどうしてこうなったんだろう…………昨日は普通に家に帰って飯食って寝たはずなんだけど…………。

そして起きたらここだったわけだけれど一体これはどういう事なのか誰か説明してくれませんかね……(涙)

なんて思ってる吾輩が怖い!空を飛んでるというのに他のことなんか考えられるか!

スピードの制御も高度の制御もぜんぜんできる気配がない、ただびゅーんと空を飛んでいるのだ!!

こんな恐ろしいことがあるだろうか!!! あるんですねこれが現実という物ですね知ってましたけど!ちくしょう! などと一人で身悶えるようにしているうちにふっと視界の中に街らしき物が映った。

(あ……れ?)

さっきまであんなもの無かったはずだし見えていた記憶もないからきっとこの世界に来て初めて見た景色に違いないのだが……それにしてはあまりに見覚えのある形の街だったような気がするぞ……。あれ、あの城壁っぽいのとか城門っぽい門構えみたいな部分だとか、そしてその奥に見える町並みと言うのか街並みの向こう側にある城の様な建物達を……見間違えることなどありありありありありありありありありありありありアリーデヴェルチ!!そのまま急降下していき地面に叩きつけられるようにして激突した瞬間にようやく意識を失ったようですこん畜生め!!……と思ったところで目が覚めたのだから我ながら図太い神経をしていると思う。

ついでに言えば今の落下地点で死にかけていたらしい吾輩はまた何時の間にか気を失っていて再び目を開けた時にはにはにはにはにはにはにはにはにはにはには庭には二羽鶏がいた!!……おいこら待てちょっと落ち着け自分。状況を整理しろ混乱せずに考えれば解る事だろうがしっかりしろまず状況を整理するために思い出せ吾輩!昨日の晩は何をしていたかを一番最初に思い出すんだ!昨日の夜ご飯のおかずを思い出せ……そしたら……そしたら……そしたら……そしたら……そしたら……そしたら……そしたら……そしたら……そしたら……そしたら……そしたら……そしたら……そしたら……そしたら……そしたら……そしたら……そしたらその後の記憶が無いということはつまりそういう事で間違いないということだ。はいおつかれさん☆ はいっこれで万事解決♪というわけにもいかないようで俺は今絶賛頭を抱えています!なぜかと言えばそれはもちろん目の前の状況を見て頂ければわかると思います!多分誰が見ても分かるよねコレ!

「大丈夫ですか?」

大丈夫なわけねえだろ!と言いたいが生憎吾輩は猫だ、

「にゃあ!」

としか鳴けないのである。うむ悲しい。

それよりもなんだこの状況は!いったいどこからツッコめばいいんだよ誰だよお前は!!……まぁ確かに今まで考えたこともない程美人なお姉様方に顔を覗きこまれているというのは嬉しい事態ではあるけれどもそんな事を考えている場合ではないのです本当は!! そう言ってやりたいところだが残念ながらやはり、

「にゃあ!」

と答える他にない。ぐぬぅ~っ悔しすぎる。

なんて内心思っている内に顔を上げて周りを見渡せばここはどうやら城の中庭のような場所で、自分が座り込んでいる場所は地面ではなく芝生の上で、更にいえばそこにいるのはおそらく吾輩だけじゃないと思われる。

だってよく見てみればこの場所にいる人達みんなどこかどこかどこかどこかどこかどこかどこかどこかどこかどこかどこかどこかおかしいのだ!!……って今更かよと自分で自分にツッコミを入れてみるがとにかくおかしい!いかんせん美男美女揃いなのだ!それはもう! さすがにこれだけ美しい人が揃っていれば気付かなかったわけがない……と思いつつもここまで全く違和感を感じずにいた自分自身に愕然としてしまう。

なんで吾輩だけ猫なのだ!!

ちなみに他の人たちはみな人間の姿をしている。

一人を除いて。

一人の女の子だけが何故か獣の姿でいる。

これってまさか……。

もしかしてやっぱりそうなのか? もしかしなくてもそうなのか!? この人たち全員ゲームの中のキャラクターなのか? この女の子が主人公ちゃんなのかな〜なのかな〜なのかななのかな〜?などと一瞬考えてみたが、とりあえず現状把握につとめようと気を取り直す。

まず第一印象からいこう。

髪の色からして薄桃色だ。

次に目の色は青……に近いが緑。翡翠みたいな目だ。

そして服装も白を基調としたドレスでかなりシンプルかつ質素に見える。

さらに言うなら年齢も結構若そうだ。

見た目からすると十六歳くらいだろうか?いやまあ吾輩が知っているキャラ達は皆ゲームの通りの外見だったけどね! なんて思いつつ改めて周りの様子を確認する。

男に見える人間が二十人くらい。女も同じくらい。で、獣の女の子一人と吾輩、猫一匹だ。うーん……ちょっとこれは意味わからんな。

それからこの世界についてもう一度考えることにしよう……。

うん、なんもわからねぇ。そもそもここ本当に異世界なのかっていう根本的な疑問もあるし、それ以前にどうしてこうなったのか、という事の方が重要だと吾輩は思うのですよ!えぇはい!えぇはい!えぇはい!えぇはい!えぇはい!えぇはい!えぇはいは〜い!という訳なので吾輩をここに連れてきたであろう神様みたいな人に説明してもらおうじゃないか!! と意気込んで声を出してみたところ。

「にゃあ~……」…………。……出ませんでしたごめんなさい。

ただいま絶賛混乱中の頭がクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルクルパーのパーでございやすよ!!だから頼む誰か助けてくれ! と、吾輩の叫びは誰にも届いていないようです。

お城に連れてこられて数日が経った。

その間何をしていたかというと、特に何もしていない。

まずこの世界にきた経緯についてはまだ答えてもらえてはいない。

が、まぁその辺の事はどうせそのうち分かるだろうと思っている。

それともう一つ、重要な事がわかった。

あの時、最初に気づいたのは自分だけだったみたいだけど、実はその場に居た全員が突然の事に驚いて固まっていた。

驚いた理由はもちろん、気付いたら見知らぬ場所にいたからだ。

吾輩は気づいたら空をびゅーんと飛んでいてここに落ちたのだが、誰もがびゅーんと飛んできたわけでもない様子だ。

寝て起きたらここにいた、とか、トイレに入ったらトイレじゃなかった、とか、そんな感じだ。

とりわけさっきの獣の女の子は驚きを隠せない様子である。当然といえばそうなのかもしれないが。

それはともかくとして。

今現在吾輩達がどういう状況に置かれているかということを詳しく知る必要があると思うのだ。

ということで一番詳しい人物に会いに行くことにした。いや、吾輩は所詮「にゃあ」としか喋れない。吾輩が提案したのではないのでその表現はおかしい。行くことになった、のでこっそり後についていったのだ。

例の獣の女の子もいた。名前はソフィア・クレシェントというらしい。彼女——ソフィア——が率先してこの有象無象の集団をまとめている。気丈な女の子である。

それで案内された部屋には眼鏡をかけた、いかにも出来る系の女性がいた。

彼女はエルザと言う。

彼女の話によるとここは、レクスヴァリーズ王国という国の王都であり、国王の名前はエドワード八世。王妃様の名はエレノア。

王様が病気で伏せっているため今は代理としてレクスヴァリーズ騎士団の団長であるアルベルト・シュタインが政務を取り仕切っており、野心家として知られるアルベルトの政務はあまり民衆の支持を得ていないようだ。現状はまだいいがこのままではいずれ反乱が起きるのではないかという懸念がある。

それを事前に防ぐためにもなんらかの手を打とうと考えているが、具体的な案はなく現状維持となっている。

そして現在は革命派と保守派の間で水面下で争乱が起きておりそれに乗じて他国が攻め入ってくるのではないかと恐れを抱いている。

さらに言えばここ最近は隣国であるガルニデニア王国の王が代替わりして急ピッチで軍備を整えつつあるという噂があり戦々恐々としている。という事だそうだ。

現状把握に努めてみたが……なんなんだこの世界?まるでゲームのような設定ではないか! 一体全体どうなってるんだ!?

リーダー格のソフィアも混乱しているようだった。

なんせ「まるでゲームのよう」と我々が言ってもエルザは「そうですね、でも陣取りゲームより状況は複雑です」とゲーム=チェスかなんかのイメージでいるようで、いやいやテレビゲームなんですけど!と言いたいが生憎吾輩は「にゃあ」としか言えないし、この世界にテレビゲームがあるとも思えない。

それからしばらくすると城の人間が集められ、広場にて演説が行われた。

ここで改めて自己紹介しよう!吾輩はジョンという名をつけてもらった。そして吾輩はいつの間にか猫のリーダーとなっていた!えぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇ???吾輩でいいの?と思うことしきりだがそうなってしまったのだから仕方がない。

演説はアルベルトが執り行っているが、猫界でも彼の評判はすこぶる悪い。どうやら絵で見るのも苦手なほどの猫嫌いで有名らしい。また彼が王位を狙っていることを公言していることからもわかる通り彼は戦争論者として知られているらしいが、そんなことはどうだって良い。吾輩にとって大事なのは今吾輩が、猫たちがどうなるのかということだけだ。

吾輩たちはこれからどうすればよいのだろうか。

それは今後の行動次第だろう。

今この時から、猫たちによる猫たちのための戦争が始まってしまった。

吾輩はさっさとこの世界からおさらばしてぬくぬくと元どおりの場所で猫らしく暮らそうと思ってたのになんてことだ。重大な役目を背負わされてしまった!とはいえ何をすれば良いのかさっぱりわからない。

何かできることはないだろうかとソフィアにあてがわれた部屋に忍び込むと、彼女はベッドに寝ていて、吾輩はそこに潜り込んだものである。

「あら、ジョン。また来たのね」

そう言って吾輩を抱き上げる。

翡翠色の瞳が綺麗だ。

「私も猫になっちゃったみたい」

毛に覆われた腕やとがった耳をさすってみせる。

「あなたも元々は人間だったの?」

と聞かれるも、元々から猫でした!と答えようにもするとやはり「にゃあ」と鳴くことしかできない。吾輩はそっと顔を近づけると鼻をこすりつけてみる。

人間の時とは違う、独特の匂いがする。

(吾輩はどこで間違えてしまったんだろうか)としみじみ思ったりしたが、今はとりあえず眠ることにした。

結局、何もできなかった。

特に何ができるわけでもないのが、余計にもどかしいし歯がゆい。

エルザの話では王様が回復さえしてくれればなんとかなりそうだ。

しかし今は意識不明だという。

王様、エドワード八世は類稀なる神通力を持っており、病に伏せる前は数々の出来事を言い当てたそうだ。だが、病魔に倒れることも、この世界に吾輩たちが降り立つことも予言できなかった。つまりは、もう神様としての力は失われているという事だそうだ……。

ただ、エドワードは一つ予言を王妃エレノアに託しており、その内容についてはエレノア以外の誰も知らない。政務を司るアルベルトが伺いを立てても一向に口を開かないそうだ。無論エルザが知る由もない。

その予言は来たるべき日に、知りうるべき人に知らされるという。果たして吾輩たちに伝えられる日が来るというのであろうか? ともかくも吾輩は与えられた部屋でじっとしている他なかったし、ソフィアは毎日街へと出かけていく日々が続いた。ソフィアには目的があったのだ。それは革命派への接触である。

もちろん王都という場所柄で、危険もあるのだがそれを差し引いても彼女にとっては価値のあるものだったようだ。

なんでもこの世界では魔法というものがあり、それを使える者はほとんどいないという。

ソフィアも使えず、ただ魔力を感じることができるだけという事だが、それでも十分な魔力を秘めている部類に入る。

吾輩は「にゃあ」と鳴いた。

猫の言葉が通じる魔法でもあれば状況も少しは変わろうかと思うのだが、残念ながらソフィアにそれは期待できない。

(吾輩たちの未来はどうなってしまうんだ?)

という不安は尽きなかったが、今のところできることは何もなさそうである。

ある日のことであった。

外が騒がしいのに気づいて窓の外を見ると武装した集団がいた。どうやら兵士のようで鎧の装飾を見る限りレクスヴァリーズ騎士団のようだ。

「ソフィア!」

発せられた声はアルベルトのものだ。ソフィアは慌てて部屋の隅に置いてあった剣を手に取って扉の前に構えていた。

アルベルトは血相を変えて飛び込んでくると吾輩を見て悲鳴を上げた。

「ひぃいっ!!」

失礼極まりない反応であるが無理はないと言えるだろう。アルベルトの猫嫌いは筋金入りだ。

「ここに猫を入れるなと言ったはずだ」と叫ぶと剣を抜いたではないか。

当然のことではあるがこれはまずいとばかりに吾輩はソフィアの後ろに隠れて身を小さくさせた。

「獣人は数が少ないんだ、動けばすぐわかる。君が革命派と接触していることぐらい見抜けずに騎士団長が務まると思っているのかね?」

ぎらりと剣を光らせて、

「王妃に政務能力はない、混乱は目に見えている。それでも王妃につくかね」

アルベルトは迫る。対するソフィアは無言のまま、動かない。

「わたしについて来る気がないならここで死ね。他の仲間が見つかる前に」

「……私は」

「黙れ!たかだか四十人の人間どもがこの五万の騎士団に敵うはずもないのだ!」

なんだかはらわたが煮えくりかえる感じがして、吾輩は初めて「シャアアアアア!」という勇ましい声を上げながらアルベルトの顔を引っ掻いてやった。

「……クソったれの猫め!」

吾輩は力なく顔から剥がされて地べたへと放り投げられた。どう、という音がして痛みが身体中を駆けめぐる。

「よかろう!この薄汚い野良猫から片付けてやる」

その時であった! ふと目をやるとエルザがやってくるところだった。

「アルベルト様!やめてください!」と叫び、間に割って入る。

そして彼女は驚くべきことを口にした。

「エドワード八世陛下がお目覚めになりました……」

その言葉を聞いた瞬間、一瞬時が止まったような気がした……。

「!!」

血で濡れた顔にあからさまな驚きの表情をみせてアルベルトはエルザを見やる。

「命拾いをしたな、ソフィア」

アルベルトはマントを翻して「引け!」と騎士団員に声をかける。

大勢いた騎士団の兵士たちはすぐにいなくなり、部屋にはエルザとソフィア、そして吾輩が残される。外には固唾を飲んで見守っていた野良猫たちも何匹かいるようだ。やがてゆっくりと階段を下る足音に続いてドアが開かれる。そこには王の姿があった。

髪には白銀の毛が生え揃い、手には杖を持っている。その姿を見た途端、ソフィアの目からは涙が流れ落ちる。

王様は自分の足元までやってきたソフィアの頭を優しく撫で、

「すまなかった、ソフィア。怖い思いをさせたね」

「ありがたきお言葉です。陛下……でもなぜ私のことを……私がこの世界に飛ばされた時にはすでに病に伏せっておられたはず」

すると王は少し寂しそうな顔をして、吾輩の方へと視線を向けた。

「不思議なこともあるものだ。予知夢を見たのだ。神のお導きかもしれぬな。エレノア、おるか?」

「ここに……」

王の後ろからしずしずと王妃エレノアが姿を現す。聡明な顔立ちをした貴婦人だった。

「お前はこの者たちを知っているかな?」

「はい、存じてます。彼らは異世界からの迷い人なのでしょう?」

迷い人とは何なのかよくわからなかったがその響きはとても尊ぶべきもののように聞こえたので、一同揃って頭を下げた。

「よいのです。我らの世界ではそのような者は珍しくありませんので……さあ立ってくださいましな?ここは冷えてしまいますわ」

王妃はそういうとソファのある部屋へと案内してくれた。

「この時を待っておりました。陛下の最後の予言を伝える相手がソフィア、あなたなのですよ。そして陛下が目覚められた時、それが予言を伝える時期だったのです」そう言って王妃は語った。

今より数年前のことだ。

王はまだベッドの上で身を起こすこともできずに意識不明の状態が続いていたのだという。

そんな折、宮廷医の診断により「不治の病である可能性が高い」「いつ死んでもおかしくない状態である」と発表がなされた。が、それは全くのデタラメだった。

迷い人がこの世界に現れ始めた時期と同じくして、世界の中央たる竜の塔では新たな巫女が生まれたのだそうだ。しかもそれは王族の中からではなく、「塔の外にいた普通の娘から生まれたらしい」というのだ。

当時の神官たちは口々に言ったという。『これはまさに神の思召すところでございます』と……。

その神託を受ける役目を担う者こそ、エドワード八世だったのだ。

王は予知夢という形で神託を受ける。そのため、いつ目覚めるともわからない、数年にもわたる長き眠りについたのである。だがしかし……

「儀式の前に予知夢を見たのだ。猫を連れた獣人が現れる、神託こそかの者に伝えよ、と」王はそこまで語ると、大きなため息をついた。

「ソフィア、お主のことだよ」

「私、ですか!?︎まさか陛下は初めからすべてご承知だったのですね」

「いかにもその通りだ。わしは、ああ、お主をずっと待っておった」

王はソフィアの手をとって、優しい瞳で見つめた。

「竜の塔の巫女を結女(むすびめ)という。結女こそこの世界と迷い人の世界を繋ぐ人物であるのだ。だが、結女には決定的な魔力が無く、世界はそこで絡まってしまったようなのだ」

「…………」

王が何を言っているのか、ソフィアには理解できなかったが、それでもただならぬ運命を感じ取ったことは確かであった……。

「わしにはとうと意味がわからぬ言葉であったが、お主はわかるであろう。『翼よ、ごらん、あれが……』」

「『パリの灯だ……』」

思わず王の言葉を遮る形になってしまい、ソフィアは非礼を詫びた。同時に罪悪感とは違う、郷愁にかられた涙が頬をつたう。

「良い。お主たちは魔法のような科学という力が支配する世界からやってきたのだろう?」

「はい……」

「ならばまずはその猫の力を解き放つところから始めようぞ。お主ならできるはずだ。迷える子羊を導くことこそがお主に与えられた使命なのだ」

「しかし陛下、私に魔法は使えませぬ……」

「結女のところへ、竜の塔へ行くが良い。結女に魔力はないが、絡まった世界の結び目であることに間違いはないのだ」

そういうわけで、吾輩たち一行は王城にある教会の地下深くに存在する秘密の部屋へと向かった。

教会の地下へと続く長い階段は薄暗くカビ臭かったが、不思議とその暗さと寒さは吾輩たちの心を落ち着かせた。

やがて、明るく大きな広間へと出た。中央には巨大な魔法陣が描かれており、うっすらと輝きを放っている。

「この中央に立つのだ、竜の塔へと導こう」

王の声が聞こえると同時に足元が光り始める。吾輩たちが立っている場所はまるで水面のように波打ちはじめているではないか!

(なんだ?何かがやってくる……?)

その時突然空間が歪んだ気がした。

そして気がついた時にはあたり一面が真っ白な霧で覆われていたのだった。

霧の向こうに人影が見える。

「参られたのですね。お待ちしておりました。妾は結女。エドワード八世王の神託により全て存じております。ソフィア様」

そこには神々しい雰囲気をまとった美しい少女が立っていた。

長く伸びた黒い髪。顔立ちはまだあどけない。それもそうだ、王の話では結女が生まれてから十年は経過していないはずだ。老獪とした話し方とあどけない顔立ちのギャップが激しくて、もう何に驚いて良いかわからなくなっている。

「妾の準備は恙無く整っております。あとはソフィア様のお気持ち次第でございます。心が整うまでいつまででもお待ちしております。この塔には住居もございますから……」

結女がそこまで言ったところでソフィアは、

「すぐに。すぐにでも、儀式を行う準備は整っています。だから、結女さん、どうすればいいか教えてください!私は、早く迷い人をこの結び目から解き放ちたいのです!」

「そうでございますか。では早速儀式を始めましょう」

ソフィアの切実さが伝わったのか、あっさりと了承された。

ちょっと待って、吾輩の心の準備ができてない!と、訴えようとするも、

「にゃあ」

と、いつもの鳴き声が出ただけだ。

「頼むわね、ジョン!」

ソフィアは恐れに立ち向かうため、自分を奮い立たせている。

なんということだ、吾輩は恥じた。そうだ、吾輩は王宮の猫たちのリーダーにもなった誇り高き雄猫ではないか!

「にゃあ!」

と、勇しく鳴いてみる。

「あなたがお手伝いしてくれるのですね、嬉しいです」

結女は笑顔を浮かべた。

そういうことで、吾輩たちは塔の最上階へと案内された。

そこには外にせり出した足場が設置されている。

「ここから妾とソフィア様、そしてジョン様が共に飛び降りるのです」

涼しい顔で言うな!ヒモなしバンジーとか聞いてない!そう叫びたいのをぐっと堪える。

「ジョン様、思い出してください。この世界に落ちたその日の事を、空を飛んだ日の事を」

いや、あの時はあの時、今は今じゃないか……

と独言ても仕方がない。吾輩はあの時一度死んだのだ。一生に二度死ぬなど普通の猫、いや人間だって獣人だって経験しないだろう。

そう考えると気持ちが自然と落ち着いてくる。

吾輩がリラックス状態になったのがわかったのか、ソフィアが吾輩をやさしく抱き上げる。

「怖い目にあわせちゃってごめんね、ジョン。でも、これで元の世界に戻れるのよ」

そう言って、足場の端に立つ。

「……いってきます」

呟くと、結女、ソフィア、そして吾輩の三人は空中へと身を投げた。

そんな吾輩は今、今、今、今、今、今、現在進行形で空を飛んでいます!!!!

「にゃあああぁあっ!!」

しかもなんか色々すげぇえっ!! 風がすごいぃいいいっ!!

ソフィアは穏やかな顔で吾輩を見つめている。結女もあどけない顔をすんとすまして風を受けている。なぜだろう、こんな状況なのにそれだけは強烈な記憶として吾輩の脳裏に刻まれた。

やがて雲の中に突っ込んだように真っ白な視界になったと思ったら一瞬にして暗転した。

そして、そしてどれくらい時間が経っただろう。

吾輩はベンチの上で目を覚ました。

(ここは……ソフィアは?結女さんは?)

遠くを見ると大きな建物に焦点が合った。エッフェル塔だ。

(……パリ?元の世界に戻ったと言うのか?)

吾輩はバス停のベンチの上に寝ているようであった。少し伸びをすると、人の声が聞こえたので耳をぴくぴくと動かしてみせた。

「ねえ、あれ猫じゃない?」

「野良猫か?シェルターから脱走したのかな」

たたっと軽やかな足音をたてて年の頃十六歳くらいの少女が近づいてくる。そしてぽんぽんと吾輩の尻を軽く叩いたのだ。それがなんだか気持ち良くて吾輩は、

「にゃあ」

と鳴いた。

「ねえパパ、この猫飼ってもいい?」

「それは構わないが、まずはシェルターに連絡して迷い猫がいないかどうか確認しないと。あとはマイクロチップが埋め込まれていないか確認を、だれかの猫かもしれない」

「そうね、でも私もうこの子の名前を決めてしまったの、あなたはジョン。そうジョンよ」

そう言った少女の顔を見て既視感を覚えた。それは——

「ソフィア!」

パパと呼ばれた男性が少女を叱咤する。

(ソフィア……ソフィア!そうだ!この世界で再会できるとは!結女さんはあの世界で無事でいるだろうか?)

そんな事を考えていると、

「パパ、この子、耳がカットされてないわ」

「去勢されてないって?それは珍しい、本物の迷い猫かな?とりあえず一時保護はしよう、飼うかどうかはママにも聞かないといけないからな」

(きょ、去勢?それはやめてくれ!吾輩が吾輩でなくなる!)

と、叫ぶも

「にゃあ!」

という情けない声が出るだけだ。

「ほら、猫がびっくりしてるじゃないか。動物にはやさしくしないとダメだぞ」

「わかってるわよ、ねえ、ジョン」

そう言って翡翠色の瞳を向けてくる。ああこの笑顔はこの世界でも変わらないんだと、涙が出そうになった。

「にゃあ」

と返事をするかのように鳴いてみせる。

それを見た二人に笑われるのだった。

他の迷い人も元の世界に戻っているといいのだが、と考えているとふわりとソフィアの胸に抱き上げられる。

「さあジョン行きましょう。今日からの暮らしに必要なものを揃えないとね」

懐かしい香りに包まれながら吾輩はパリの街をゆくのであった。

去勢だけはやめてくれと願いながら。


終わり。

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