回想

 真理視点


「旭ちゃん、大人になってたね……」

「まぁ、旭ちゃんだってもう28だからね」

「幸せそうで良かった」


 約束通り、唯華を迎えに出てきてくれた旭ちゃんは昔とは違って、自分から唯華に触れるし、愛おしさを隠していなかった。

 昔の2人を色々と知っているだけに感慨深い。


 唯華を送ったあとは私の家に向かってくれて、2人を見送った。

 静かに自分の部屋を覗けば、旦那も子供たちもぐっすり眠っている。唯華の子供たちもそうだったけど、子供たちの寝顔は天使だと思う。



 お風呂に浸かりながら、今頃どうしているかな、と唯華と旭ちゃんを思い浮かべた。


 付き合って、好きなのに別れて、また再会して。唯華は別の人を選んだけれど、今は旭ちゃんと一緒にいる。また2人並んだ姿を見て、なんだか嬉しかった。


 唯華が県外の大学に行ってしばらくして、順調だと思っていた2人が別れた。お互いに冷静じゃなかったのか、言い合いからそうなったらしい。

 とにかく近いうちに会おう、と約束をして唯華の家に押しかければ、憔悴していたし、話すうちに思い出したのか、俯いて泣いていた。

 泣くほど好きならもう1回やり直せば、と言っても、旭はきっともう好きじゃないから、と辛そうにしていたのが印象的だった。



 しばらくして、結婚の報告とともに、旭ちゃんが妹だった、とポツリと呟いた言葉はすぐに理解が出来なかったし、一緒に居た祐奈と紗羅も疑問符が浮かんでいた。


 詳しく聞けば、顔合わせの場に旭ちゃんが居て、妹、と紹介されたとか。初めまして、と挨拶をした後は目を合わせてくれることはなく、殆ど口を開くことは無かったらしい。


 拓真さんと付き合うことになった時も、忘れられない人がいてもいいと言ってくれても、申し訳ないから別れた方がいいのかな、と悩んでいた。

 そんな忘れられない昔の恋人と再会したのが結婚報告の顔合わせとか、唯華のメンタルが心配になった。


 結婚式では、ウエディングドレス姿の唯華はすごく綺麗で、旭ちゃんを探せば、目を真っ赤にしていて見ていられなかった。


 さっき、昔の反省から自分を変えたようなことを言っていたし、旭ちゃんも唯華の事を忘れられなかったのかな。きっと、別れてからも両思いだったんじゃない?


 遠回りしたけど、今また一緒にいるんだもん、凄いことだよね。


 正直、拓真さんと一緒にいて唯華は幸せなのかな、なんて思っていたから、幸せそうで安心した。


 私は県外にいてなかなか会えなかったけど、連絡は頻繁に取っていたし、ワンオペ育児で苦労していたのも知っている。正直、拓真さんはいいパパになるだろうな、と思っていたから予想外だった。拓真さんにしか分からないけれど、唯華には自分だけを見ていて欲しかったのかな……


 拓真さんの話になると口数が減るけれど、旭ちゃんのことを話す唯華は昔に戻ったみたいで、なんだか嬉しかった。


 懐かしくなってしまって、お風呂上がりに高校の時のアルバムを探せば、旭ちゃんの腰に抱きついて笑顔を向ける唯華と、唯華を見ないように顔を背ける旭ちゃんの写真を見つけた。

 今は逆転しているらしいけど、あの頃は唯華に押されっぱなしだったもんな、と昔を思い出した。



 *****


 唯華に恋人が出来た。とはいえ、唯華に恋人ができるのは珍しくない。別れたタイミングを狙っている男子も多いしね。


 告白されたから付き合ってみる、と軽くOKを出しては、やっぱり何か違うとすぐに別れていたから今回も長続きしないだろうな、と思っていたけれど、どうやら今回は違うらしい。相手は、私が知る限り初めての女の子だし。



「旭、お待たせ」

「旭ちゃん、こんにちはー」

「唯華先輩、真理先輩、こんにちは」


 お邪魔かなと思ったけど、唯華から一緒に帰ろう、と誘ってくれたし、せっかくだから駅まで一緒に行くことになった。


 先に待っていた旭ちゃんは、声をかけるとぺこ、と頭を下げて挨拶をしてくれた。

 旭ちゃんからの返答が不満だったのか、唯華が眉をひそめている。


「……先輩?」

「駅までお邪魔するね~」

「いえいえ、全然邪魔なんかじゃないですよ」


 唯華の問いをスルーする旭ちゃん、強い。


「ねぇ、旭?」

「……っ、はい」

「この前先輩呼びやめてって言ったよね?」


 近づいて、上目遣いで見上げる唯華に旭ちゃんがたじろいだ。そのまま抱きつくのかと思ったけど、さすがにそれは自重したらしい。


「……唯華ちゃん、お疲れ様」


 唯華から目を逸らしながら旭ちゃんが呟くと、唯華がぱあっと笑顔になった。唯華がこんなにも嬉しそうに笑うところなんて、旭ちゃんと付き合うまで見たことがなかった。


 何となくで付き合ってきた昔の相手達が引き出せなかった表情をあっさり引き出す旭ちゃん、凄いな。間違いなく計算じゃないと思うけど。


「かわい。旭もお疲れ様」

「……っ!? ここ学校……っ! それに子供じゃないんだけど!」


 よく出来ました、と自分より背の高い旭ちゃんの頭を撫でて、恥ずかしそうに目を逸らした旭ちゃんを愛しげに見つめている。

 ねぇ、私が隣に居るってこと忘れてる? 

 これ、いつまで続くのかな? 


 結局、注目を浴びていることに気づいた旭ちゃんが振り払うまで続いた。



「旭、なんでそんなに離れて歩いてるの? まだ怒ってる?」

「え? いや、怒ってないけど……真理先輩とお話するかな? って……」

「隣おいで。ほら」

「えっ、無理です」

「即答……」

「ははっ、唯華、振られてやんの」


 唯華が立ち止まって、後ろからついてきていた旭ちゃんに手を差し出したけど、旭ちゃんは考える間もなく拒否。思わず笑えば、唯華に睨まれた。ごめんって……


「嫌?」

「……2人の時、なら」

「かわい」


 おぉ、これが噂のツンデレか。あーあ、嬉しそうな顔しちゃって。可愛くて仕方がない、って感じだね。


「じゃあ、私反対だから。また明日ねー」

「またね」

「真理先輩、さようなら」


 駅に着いて、徒歩通学と聞いていた旭ちゃんは当たり前のように唯華と並んで歩いていった。

 あ、唯華が旭ちゃんの腕に抱きついてる。後ろ姿からも分かる、旭ちゃんの挙動不審さ。

 唯華が初めての恋人らしいし、いっぱいいっぱいなんだろうな。


 反対車線のホームに2人の姿が見えて、唯華のスマホを旭ちゃんが覗き込んでいた。

 唯華が視線をあげると、少し見つめ合って、旭ちゃんが先に視線を逸らした。それが不満だったらしい唯華が視界に入り込むように移動して、何か言っている。

 あ、旭ちゃんが顔を隠してる……唯華、何言ったの? 


 私の視線を感じた訳では無いだろうけど、唯華と目が合った。

 顔を隠していた手を取って、旭ちゃんの手ごと手を振ってきた。


 きょとん、としていた旭ちゃんも、唯華の視線の先を辿って私を見つけて、ぺこ、と頭を下げた後、慌てたように唯華の手を振りほどこうとしている。

 そんな抵抗すら楽しいのか唯華は笑っていて、旭ちゃんは諦めたように視線を外していた。旭ちゃん、頑張れ。


 私が乗る電車の方が早く来てしまって、最後まで見ていられないのが残念で仕方がない。


 押されっぱなしの旭ちゃんがこれからどう変わっていくのか、楽しみに見守ろう。

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