4.面影
唯華視点
旭はまるで別人みたい。好き、だなんて付き合っていた頃は私に聞かれてやっと言ってくれるくらいで、滅多に言われたことがなかったのに、昔も今も好き、だなんてサラッと言うようになってるし……
旭は私じゃなくて別の人を見た方がいい、と思うのに、嬉しいって思っちゃうなんて……気を引き締めないと。
そう思っても、昔みたいに唯華ちゃん、と呼ばれてタメ口で気持ちを伝えられたことを思い出せば心臓が跳ねた。初日からこれで、私大丈夫?
帰国したばかりで疲れているだろうに、嫌な顔一つせず子供たちをお風呂に連れて行ってくれた旭を見送って、着替えの準備をする。
「旭、2人の着替えここに置いておくね」
「ままー! ゆー、でるー!」
着替えを置いて声をかければ、悠真の声がした。え、もう出るの?
「悠真、出るの? 待ってね。唯華さん、悠真出るのでタオルお願いしますー」
脱衣所を出る間もなくドアが開いて、悠真がマットの上に降ろされた。
旭は悠真の頭を撫でてすぐに戻ったけれど、あまりにも抵抗なく裸を晒すから驚きすぎて声も出なかった。心臓の音が煩いくらい。
「ままー?」
「あ、ごめんね。お風呂楽しかった?」
「うん!」
ご機嫌な悠真は我が子ながら可愛い。
着替えさせて、髪の毛を乾かし終わる頃にはウトウトしていて、抱っこしていればすぐに寝てしまった。
悠真を寝室に連れていくか迷っていれば旭と梨華が出てきた。ラフな部屋着姿に、これから一緒に住むんだな、と実感して少し落ち着かない。
お風呂に入れてもらっただけでも助かったのに、梨華のワガママに応じて寝室までついてきてくれた。
優しい手の感触に目を開ければ、心配そうな眼差しの旭が目の前にいた。絵本を読む旭の声が心地よくて、いつの間にか私も眠っちゃっていたみたい。
「あさひ……?」
「ごめんなさい。お風呂まだだったよな、って思って……」
夢の中の旭は、表情を変えることなく"分かった"と言って私の元から去っていった。引き留めようとしても声は出なくて、ただ背中を見つめることしか出来なかった。実際は電話だったのに、リアルだったなぁ……
旭は好きだと言ってくれたけれど、これから未来があるし、私の事は思い出にしてもらった方がいい。
「あぁ、寝ちゃってたか……助かる。ありがと……っ!?」
「唯華ちゃん、私、あの頃よりは大人になったよ。今なら支えられると思うから、頼ってね」
そっと抱き寄せられて、昔の口調で耳元で囁かれる。いつの間にこんな事をするようになったの?
「……ありがとう」
「……突然ごめんなさい。じゃあ、おやすみなさい」
少し寂しげに笑って私から離れた旭をこのまま帰したくないな、と思ってしまった。
「旭、もし良ければ、お茶入れるからリビングでゆっくりしてて?」
「えっ、いいんですか!?」
笑ってくれたのは嬉しかったけど、笑顔が可愛くて、昔の気持ちに引き戻されそうになる。呼び止めておいて矛盾するけれど、少し距離を置かなきゃダメだよね……
ゆっくりお風呂に入ってリビングへ行けば旭がソファに座っていた。まだ濡れている髪を気にしてくれて、相変わらず優しい。
「旭も飲む?」
「えっ、いや、大丈夫です」
「そっか」
冷蔵庫から麦茶を取り出して飲んでいたら目が合ったから、旭も飲むかと思ったけれど違ったみたい。
「……なに??」
飲み物が欲しいわけじゃないらしいけど、視線を感じる。
「いや、その、髪……」
「……髪?」
「かっ、かわっ……あ、いや、なんでもないです」
慌てすぎたし、噛みすぎじゃない?? こういうところは昔と同じで、なんだか懐かしい。あの頃は手を繋ぐだけで真っ赤になって、ただひたすら可愛かった。
「かわ?? 旭は明日休み?」
「はい。明日まで休みです」
「そっか。あのさ、敬語やめない?」
さっき距離を置く、なんて思ったくせに、昔を思い出したら、やっぱり敬語を使われるのは寂しいな、と思ってしまってつい口にしていた。
「え、いいんですか?」
「うん。昔はタメ口だったじゃん。それに、ちゃん付けにタメ口に戻ってた時あったし、これから一緒に住むんだし」
「じゃあ……唯華ちゃん」
「うん」
「へへ」
「なんで照れるのよ」
「いや、なんか嬉しくて?」
照れくさそうに笑う旭の笑顔は付き合っていた頃と変わらなくて、昔に戻ったような気持ちになる。早まったかなぁ……行動が矛盾しすぎていて、自分でも何がしたいのか分からない。
「あのさ……唯華ちゃん、明日の予定は?」
旭の対面に座れば、少し視線をさまよわせて、遠慮がちに聞いてくる。
「明日? 食料品を買いに行こうと思ってるけど」
「2人連れての買い物大変でしょ? 一緒に行ってもいい?」
「いいの? 助かる」
ちっとも大人しくしていない2人を連れての買い物は大変で、毎回ぐったりだから有難い。
「梨華と、お出かけしようねって約束したから早速叶えられそうで良かった」
「いつの間に……迷惑じゃない?」
「全然。2人とも懐いてくれて嬉しい。唯華ちゃんも頼ってくれたら嬉しいな」
「……ありがとう」
ニコって笑う旭が眩しくて、明日が楽しみになった。
「唯華ちゃん、ちょっと待ってて」
「あ、うん」
そう言ってリビングを出て行った旭は直ぐに戻ってきて、手にはドライヤー。
「届かないから、ここ座ってもらえる?」
「乾かしてくれるの?」
「うん。本当は、さっき乾かしたいって言おうと思ってて……」
あぁ、髪、って言ってたもんね。
「ここでいい?」
「あ、うん。えっと、じゃあ、失礼して……」
さっきまで旭が座っていたソファに移動して見上げれば、一瞬固まって、旭の手が髪に触れた。
付き合っていた頃は泊まりなんてほとんど出来なかったし、旭から触れてくることなんてあったかな? ってくらいだったし、もちろんこんなことしてもらったことなんてない。もしかしたら、付き合っていた頃よりも今の方が恋人感があるかも?
私と別れてから、旭はどんな恋愛をしてきたんだろう?
「はい、終わり」
「ありがとう」
「ううん。こっちこそ、ありがとう。嫌がられるかな、って思ってたから、嬉しかった」
そんなに優しい目で見られたら照れるんだけど……
「昔はそんなこと言わなかったのにねぇ?」
「同じことを繰り返して後悔したくないから。もうあの頃の私じゃないから、覚悟しておいて?」
「え……」
「唯華ちゃん、好きだよ。ドライヤー置いて先に寝るね。おやすみ」
「おやすみ……」
照れ隠しでからかったら、予想外の返し。やばい、めちゃくちゃキュンとした……
まだ初日なのにこれなの? これから毎日こうなの? え、甘すぎない……?
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