十六夜に輔く

 何かを喋ろうにも変なことを口走らないようにと意識すると言葉が出ない。古井に『なるべく構ってあげること』と言われたのにもかかわらず、そこで変にストッパーが仕事をして何も喋れない。

 行く前に一気飲みしたエナジードリンクの炭酸がこの期に及んで牙を剥いてくる。食道を駆け上がってくる二酸化炭素の泡を唾液で必死に抑え込みつつ、意を決して声を出した。

「あ、あのさ……」

 妙に上ずった声が出て、彼女は首を傾げながらこちらを不思議そうに眺めた。

「こっちもさ、なんか……うん。守りたい!って空回りしてた。ほんとごめん」

 おそらくこの間、声は震えっぱなしだっただろう。それでも彼女が「全然大丈夫」と言ってくれたおかげで少しそれも落ち着いて、少しずつではあるが話せるようになってくる。ここがいい機会だともう一つ話題を切り出してみる。

「紗優、一ついい?」

「何?」

「青葉君の事さ、僕と、古井君っていたじゃん?に任せてくれない?もうこれはどうしようもないので、いいよね?」

「うん」

 小さく笑いながら彼女はそう言ってくれた。青葉というのは彼女と軽くトラブルになっている友人の事だ。そして彼女から委任を貰ったからにはとことん潰さないとな、と思った。



 どれくらいたっただろうか、また無言の時間が過ぎてスマートフォンの画面を確認して見れば十九時を過ぎていた。何も言わずに彼女の横に座っている間古井と連絡を取っていたが、こんな時間になっているとは思わなかった。

 そしてすっとベンチから立ち上がると

「紗優、そろそろ家戻ろっか」

「ん、わかった」

 そう言って彼女が立ち上がるのを待ち、そのまま歩く速度を合わせて彼女の家まで彼女を隣にして戻る。行きと同じ道を通ったのだがまったくもってこの坂をどうやって上ったのか不思議であった。

 ふと空を見上げると大きくほんの少しだけ欠けた月が見えている。「月がきれいだね」とかそんな言葉を掛けられるほどやはり僕はやり手ではなかった。ただただ彼女の横顔を眺めるだけ。抱きしめたいという感情を抑え込むことしかできなかった。

 当の彼女は僕の側に寄ったり離れたり、時折肩が触れる。その度に少し距離を置くが、次第にまた近づいてくる。その繰り返しだった。


 そして、五分以上歩いて彼女の家の前へと着いた。どうやら家に入るのをためらっている様子だったので僕が彼女の母に『今戻りました』とメッセージを入れ

「そういやさ、紗優、そんなんで寒くないの?」

「いや、めっちゃ寒い。だってこの下何も着てないもん」

「マジかよ」

 普段なら男のなんとやらが発動して挙動不審になったりするのだろうが、その時は妙に落ち着いていた。


 数分もせぬ間に彼女の母は玄関から少し勢いよく飛び出し、紗優は彼女の母に抱き着いた。

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