宵闇と邂逅

 まばらにある街灯に足元を助けられながら僕はマップに表示された場所を記憶して急勾配の道を走る。道中に四十代くらいであろう男に振り向き様に訝しげな眼を向けられた。しかし僕がよっぽど追い詰められたような表情をしていたからなのかぎょっとした表情を浮かべるとそれからこちらを見ることはなかった。どちらかと言えばこちらが彼を見ることができなかった、と言った方が適切だろう。

 アドレナリンが過剰なほどに分泌されているのが自分でも理解できる。おおよそ四寸勾配、五寸勾配ほどあるだろう道を走る。

 彼女の身の安全を一刻も早く確認できるように、保護したことを一刻も早く彼女の母に伝えられるように。


 そして小さな通りの行き止まりに差し掛かったところで目的に到達した。公園の入り口に立つ。どこにいるのだろうか、目を凝らす。ここにいなければ別のところも探そうかとも思った。電話口に彼女の名前を呼び掛けてみる。


『紗優』


 僕がそう言って、数刻のラグの後電波に乗せられた僕の声がその公園の中から聞こえた。ゆっくりと、足音が聞こえるように地面をしっかり踏んでゆっくりと彼女と思しき人影の元へ近づいていく。


「よかった、いた」

 呼吸を整えようと息を吐いたと同時にその言葉も零れる。僕は彼女の横に屈んで肩を叩く。そして古井にメッセージを送る。


犬飼拓海――さゆさんみつけた

古井論理――わかった

    ――よかった

    ――生きてるな?

犬飼拓海――生きてる

    ――とりあえずどうしよ

古井論理――どこにいた

犬飼拓海――公園

古井論理――何してた

犬飼拓海――うずくまってた

    ――スマホ以外何も持ってないし

    ――フェンスもあるし大丈夫そう

古井論理――とりあえずさゆさんに「死ぬな」「消えるな」とだけ伝えてくれ

    ――君が消えたら悲しいとも言ってやれ

    ――毒は飲んでないな?

犬飼拓海――毒になるようなものは飲んでないと思う


 隣で泣きじゃくる彼女を尻目に古井に現在の状況を伝える。そしておそらく長い間同じ体勢でいたであろう彼女に「ずっとその体制だったらしんどいだろうし、一回立つ?」と聞いた。彼女は小さく頷いたような動きをして立ち上がる。

「途中で転んだりとかしてない?」

「うん」

「ならよかった」



その間にチャットアプリの方で彼女の母に連絡を取る。


たくみ『とりあえず見つけて安全は確保できました』

Chika『本当にありがとう』

たくみ『怪我等も見当たらないのでその点は大丈夫です』

Chika『了解です 寒い中悪いけど、よろしくお願いします』


 最後にそう送られてきたメッセージに既読だけをつけて古井に「けがはしていない」とだけ伝えて彼女をベンチに座らせた。



 すんすんと彼女がすすり上げる音が聞こえる。


 正直、ここで抱きしめても良かった。


 でもやっぱり、僕はそういう所だけはとことん奥手だった。


 ズバズバと思ったことを言ってしまうような僕でも恋愛感情を本人の前で大っぴらにするのは流石に気が引けてしまった。


 だから僕は彼女に

「落ち着いたら教えてね」

 と一言だけ投げかけてマンションやビルの明かりが星のように輝く市街の方を眺めていた。

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