005.老庭師




 白くせた手である。

 膝に置かれた手は、皮脂も枯れ、細かく黒い皺が葉脈のように枝分かれして伸びる。老いた庭師が発する言葉は小さく、不明瞭だ。病をわずらっている彼は、今年は遅れた時期にやってきた。去年よりいくぶん小さい。曲がった背でようようはしごを回し、紐を結わえ、6段7段と足をかけ、剪定を始める。

 3~4mの高さにある常緑樹の頭から、ぱちん、ぱちんと、一枝ずつ切る。様子を見て、今度は、ぱち、と葉を切る。はしごの根本には、やがて枝葉の小山ができる。木枯らしにあおられ、灰色の路面に緑が散る。

 休み時は椅子にかけ、よもやま、語る。やがて、庭の山茶花さざんかに話が及んだ際に彼は言った、意外なほどしっかりとした口調で――霜が降りると山茶花さざんかの花は落ちる、だが花はその時にこそ、咲く。

 霜が降りれば山茶花さざんかの葉は赤茶け、花は落ちるだろう。瑞々しい花弁は地に落ち、潤いを失い、縮こまって草むらにまぎれ、土となるだろう。

 老庭師は、あと幾年、やって来るだろうか。

 常緑の葉の上に白い花弁をいくつも重ね、山茶花さざんかは咲いている。




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風の強い晩秋

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