聖なる山に幻獣「赤いきつね」と「緑のたぬき」は実在した!!

矮凹七五

第1話 聖なる山に幻獣「赤いきつね」と「緑のたぬき」は実在した!!

 俺の名は藤口緋緑士ふじぐちひろし。探検家だ。

 幻の獣と言われる「赤いきつね」と「緑のたぬき」が、この聖なる山にいる。

 そんな噂を聞きつけて俺はここに来た。

 この山は遠くから見ると非常に美しい。

 聖なる山と呼ばれるのは伊達ではない。

 だが、いざ山の中に入ってみると、大量の草木が生い茂っていて暗い。聖地どころか、魔境と言った方が相応しい光景だ。

 俺は懐中電灯を片手に森の中を突き進む。


 樹上から紐のようなものが、たくさん落ちてきた。

 それらは紐のように見えたが、その割には太かった。

 懐中電灯をそれらに当ててみる。

 そこには赤茶色や焦げ茶色をした蛇が何匹もいた。いずれも太短い。頭は三角形。体には銭型模様が並んでいる。

「ドウサンとサンダユウか!」

 ドウサンとサンダユウは、いずれもクサリヘビ科マムシ属の蛇で、猛毒を持っている。

 噛まれると出血や壊死えし、多臓器不全等の症状を起こして死に至る。恐ろしい蛇だ。

「危ない、危ない……」

 俺は、これらの蛇と距離を取りながら歩いて行く。

 こいつらは待ち伏せして獲物を捕る。攻撃範囲内に近づかなければ、襲われることはないのだ。


 俺が毒蛇の群れを抜けた直後、目の前を何かが通り過ぎた。

 それは全裸の人間のように見えた。

「裸族か!?」

 俺は、そいつの後を追うことにした。



 裸族らしきものを追いかけていくと、開けた所に出た。

 辺りには背の低い草花――高山植物――が生い茂り、所々で大小の岩が草むらから姿を覗かせている。

「そんなバカな!」

 辺りを見回したが、何もいない。

 目を離した隙に、裸族らしきものは姿を消してしまったようだ。

「なんてことだ……」

 悔しさが込み上げてくる。

「ん!? あれは……」

 遠くの方を見る。

 何者かが岩に腰掛けている様子を見て取ることができた。

「もしかすると、さっきの裸族かもしれん。行ってみよう」

 俺は、そいつに向かって走って行った。



「こ、これは……!!」

 岩に腰掛けていたのは、俺が見かけた裸族らしきものではなかった。

 だが、充分、驚愕に値するものだった。

 犬と熊のあいのこのような姿。しかし、全身が緑色をしている。

 ――まさか、「緑のたぬき」か!?

 俺は、そいつに気付かれないよう、大きな岩の陰に隠れた。


 ビデオカメラを奴に向け、レンズで姿を拡大する。

 体毛かと思われた全身の緑色。しかし、それは毛ではなかった。

 芝生のように細い草だった。

 体には緑だけではなく、他の色もあった。

 よく見ると、頭頂部と背中に淡紅色をした桜のような小さい花が、いくつか咲いている。

「緑のたぬきだ! 間違いない!」

 緑色をしているが、その姿は確かにたぬきだ。

 そいつは腕組みしながら何かを待っているようだった。



 しばらく待っていると、遠くから何者かが現れた。

 二足歩行しながら狸の方へ向かって来ているが、その姿は人間ではない。

 きつねだ。しかも驚くことに全身が赤い炎で覆われている。

 普通なら、その熱さに悶え苦しむところだろうが、そんな様子は微塵みじんも感じられない。

 俺は、その狐にビデオカメラを向ける。

「今度は赤いきつねか!?」

 俺は興奮して、岩陰から飛び出したくなったが、はやる気持ちを押さえつけて、この場に留まり続ける。


 狐の口が開いた。

「待たせたな、翠玉すいぎょく

 ――しゃべった!! あの狐、話すことができるのか!!

「ついに来たか、ルビー」

 驚いた。狐と狸が会話を交わすとは!

 狐がルビーで、狸が翠玉という名前か。

「決着を付けようか」

 ルビーが翠玉に向かって言い放った。

「望むところだ!」

 翠玉は岩から立ち上がった。



 翠玉が片手を上げる。

翠術すいじゅつ緑野分みどりのわき!」

 翠玉は言い放ちながら手を下ろした。

 すると、どうだろう。

 翠玉の背後から松の葉やカボチャ、ヤシの実などが多数、ルビーに向かって飛んでいく。

「何だこれは!」

 俺は思わず叫んでしまった。しかし、奴らは気づいていないようだ。

「ふん、ちょこざいな。紅術こうじゅつ、ファイアーウォール!」

 防火壁ファイアーウォール? しかし、ルビーのそれは、俺が予想したものとは違った。

 ルビーの前に巨大な火柱が上がり、飛んできた葉や実を炭に変えてしまったのだ。

 ルビーが両手を広げる。

「バーニングテンペスト!」

 ルビーは叫び終わると同時に、翠玉に向けるようにして両手を閉じた。

 ルビーの背後から、巨大な炎が津波のように物凄い勢いで押し寄せてくる。

「うわーっ!!!」

 俺は急いでその場を離れた。あんなのを喰らったら焼け死んでしまう!

「……銀杏いちょうの盾!」

 翠玉が拳をにぎりしめながら肘を曲げ、天の方に向ける。

 すると、とてつもなく大きいイチョウが、いきなり翠玉の前に生えてきた。

「なんじゃこりゃあああ!!!」

 俺は、またしても叫んでしまった。

 イチョウが、迫ってきた炎を受け止める。すると、イチョウの幹から大量の水が勢いよく吹き出した。

 炎は、あっという間に消えてしまった。

 イチョウは役目を終えると地面の中に吸い込まれるようにして消えてしまった。

 翠玉の方を見る。その表情は冷静そのものだ。

「くっ……!」

 一方、ルビーは苦虫を噛み潰したような表情をしている。

「翠術、あおいの紋章!」

 翠玉がそう言い放つと、翠玉の前に三本の植物が生えてきた。

 植物は中央がフタバアオイで、両脇がタチアオイのようだ。

 タチアオイは下から上まで見事に花が咲き乱れており、フタバアオイは通常のものよりも随分大きい。

「何だ!?」

 三本の葵が光に包まれる。

 すると、三本の葵は人の姿になった。

 中央のフタバアオイだった人間は、年老いている。髭や髪の毛が白い。

 一方、両脇のタチアオイだった人間は、若々しい姿をしている。武士なのか、腰に刀を差している。

 いずれも男性で、それぞれ和服を着ている。

「あれは、もしかして……」

 俺は三人の男を見ながら、ぼそっとこぼした。

 若い男が懐から黒いものを取り出し、それをルビーに見せつける。

「この紋所が目に入らぬか!」

 そして、言い放った。

 男が手にしているものは印籠いんろう。しかも徳川家の家紋である三つ葉葵入り。

「いい気になるなよ! 翠玉!」

「どうするつもりかな、ルビー」

「紅術、ジーニアスフレイム!」

 ルビーの前で爆発が起こり、火柱が上がる。

 爆発によるものなのか、火柱が上がっている所に小さなクレーターができている。

 クレーターは炎で焼けたのか、真っ黒だ。

 やがて火柱は煙に変わり、そして、人の姿になった。

 露出度の高いエキゾチックな服を着たマッチョな男だ。長い髪の毛を頭上で一つに束ねている。

 ……いや、あれは人の姿と言えるのだろうか?

 なぜならば、幽霊のように下半身が立ち消えたようになっているからだ。

「あいつらを倒してくれ」

 ルビーが幽霊のような男――恐らく魔人――に向かって命令した。だが……

「あの……ご主人様」

「何だ?」

「ランプが無いので、願いを叶えることができません」

「なんだと……!」

 しめた、と思ったのか、翠玉がニヤリと笑ったような表情をしている。ところが……

「この紋所が目に入らぬか! そこの中東風の幽霊!」

 若い武士が毅然きぜんとした態度で叫ぶも……

「何ですか? あれ。ワタシには、わかりません」

 魔人が印籠を指差しながら言った。どうやら、三つ葉葵を理解できないらしい。

「……」

 翠玉は黙り込んでいる。

 膠着こうちゃく状態が、しばらく続いた。



 翠玉とルビーの凄まじい術の応酬は何時間も続いた。

 だが、二匹とも疲れたのか、その場に腰を下ろし、仰向けになった。

「痛み分けか……」

「そのようだな」

 二匹は息を切らしながら言った。

 その様子を見ていた俺は、二匹に向かって歩き出す。

 自分でも何を考えているのか、わからないが、二匹に声をかけたくなったのだ。

「人間だ……」

 翠玉が俺を見て、ぼそりと言った。

「お前達」

 恐ろしい獣だ。殺されるかもしれない。

 だが、幻の、それも凄い獣を見ることができたのだ。

 ここで死ねたら本望だ。

 俺は、そう思いながら二匹に話しかけた。

「何だ!?」

 二匹の声が重なった。

 少しばかり驚いた様子だった。

 見ず知らずの者に声をかけられたのだから、無理もないのかもしれない。

「よかったら、俺んで飯を食べないか?」

 俺がそう言うと、二匹の腹から、ぐう~っ、という音が聞こえてきた。

「……言葉に甘えさせていただこうか」

 翠玉がそう言った。

「オレも連れて行ってくれ」

 ルビーもまた空腹には勝てないようだ。俺は、もちろん快諾した。

 俺は二匹を連れて山を下りた。



 二匹は、おいしそうに飯を食べている。

 こうして見ると可愛いものだ。

 飯を食べながら聞いた話。

 二匹は術者であり、ライバル同士。

 互いに競い合い、更には腕を磨くために術のぶつけ合いをしているとのことだった。



 ……森の中で見かけた裸族はどうしたって? そいつについては、またの機会に調査するとしよう。

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