功名話は朝までも

 犬飼の大まかな家の位置や見つけた状況についての話をして犬飼が如何に凄かったかを知り、そして犬飼の家の特定可能性を検証した……といえば聞こえは良いが、単にGoogleのマップを見て遊んでいた朝5時、犬飼がチャットに何かを送ってきた。気づけば犬飼はミュートになっている。


犬飼拓海――ワイ母

    ――起きた

古井論理――majika

犬飼拓海――まじだ

古井論理――hayaokiyana


 私は敢えてローマ字で返信を送った。そしてマイクをミュートにする。犬飼のマイクがミュートになったからである。


犬飼拓海――君は喋っても構わんよ


 私はそっと音を抑えてチャットに打ち込む。親がトイレに起きたことを察知したからだ。


古井論理――おけ


 親がトイレから寝室に戻り、一つだったいびきが再び二つになった。私はそっとマイクミュートを外し、犬飼に呼びかける。


「犬飼、応答できるか?」

「……」

 犬飼は再びチャットに打ち込み始めた。


犬飼拓海――わいの母起きたー

    ――ワー

    ――😄

古井論理――ワー

    ――😇

犬飼拓海――😄

古井論理――🇦🇱

犬飼拓海――: D

古井論理――*_*


 私たちはもはや深夜テンションに冒されている。そして深夜テンションで書くことは、大体の場合において面白いのである。


「いやあ……深夜テンションですなあ」

「そうだねえ」

「半角カタカナ……」

 私たちは意味もなく爆笑した。


犬飼拓海――まじで今日のやつは武勇伝としてかたり継げる


「昨日じゃね?」


犬飼拓海――昨日だけど

古井論理――かに

    ―― Y    Y

    ――\(+……=)/

    ――///  \\\


「蟹……」

「うん、蟹」

「しかし犬飼君の武勇伝は愛の力だね」

「アドレナリンだから」

「愛の力もあるだろ」

 犬飼は


犬飼拓海――アドレナリン+愛の力

    ――つっよ

古井論理――つええ


「理性と愛と本能の力だな」

 私が言うと、犬飼は

「今から比率送るわ」

 と言ってチャットに入力を始めた。


犬飼拓海――本能と理性の比率

    ――LINE来た時 6:4

    ――家出るって言った時 8:2

    ――彼女宅に着いた時 0:10

    ――一気に逆転してて草


 私が笑い始めると、犬飼が慌ただしくキーを打ち始めた。


犬飼拓海――おやふら

    ――しずかにぷりーず


 私が静かに笑いを押し殺す。犬飼のマイクミュートが外れたのは10分後のことだった。

「そうだ、朝ごはんにマック買うわ」

 犬飼はそう言って、通話に舞い戻った。

「マック?」

「そう、朝マックする」

 私は「いいなぁ、金があって」と言おうとしたが、ふと数日前犬飼か貯金していると聞いたのを思い出してその言葉を引っ込めた。

「自分へのご褒美かな」

「そうだよ」

「まあまだ完全に解決したわけじゃないが……一番きつい峠はとうの昔に過ぎ去っただろうな」

「小説のネタに良いかもしれない」

「そうだなぁ……まあ読まれるかもしれんがな」

「あー、全然眠くないわ」

「そりゃそうだ、アドレナリンと愛の力は尾を引くだろうからね。そうだな、11時頃には疲れて寝ることになるんじゃないかな。私もそんな気はしてる」

 犬飼がゆっくりうなずいたのが、128キロビット毎秒の音越しに聞こえた気がした。

「エナドリも買うかぁ……いつもの魔剤はやめて、ゾーンでも買おうかな」

「そこはお金があるムーブだな」

「まあね」

 犬飼と私は、大きく息を吸い込んで未だ明けやらぬ波乱の夜の名残、朝焼け直前の夜の最後の一部分を雑談に費やした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る