語りとコンビニ、そして帰宅

 私がした怪談は、自分からしても難解だったと思う。

「そこが夢の中であることを判別する有名な方法としては、そこにある文章を読んでみるというものがあります。文章は脳が考えた仮想空間たる夢の中では、内容が読むたびに大きく変わるそうです。このようにして、夢と現実を見分けることは簡単にできます」

 「へえ」という声が畑村さんから上がる。

「それでは本題に参りましょう。ある人が、『自分が死ぬ』という夢を見ました。夢を見た人は、これを予知夢と考え恐れました。しかし夢占いでは昔から死ぬ夢は吉兆とされています。なぜなら『復活』を意味するからです。しかしその夢を見た人は、実際に死にました」

「続きは?」

 江崎さんが聞く。私は即答した。

「これで終わりです」

「へ?」

「私はその人が判断したとおりに語っただけです」

 江崎さんと畑村さんは「意味が分からない」とでも言いたげな顔をしている。

「つまりその夢を見た人は、『自分が死んだ』という事実を『夢』と判断した。それだけのことですよ」

「SFなの?」

「まあある意味そうですね。死んだ人の話を聞いた体で語っているわけですから」

「……?」

 戸惑う二人に、私は解説を加えた話をした。

「夢を見た人を仮にAさんとすると、自分が体験したことを『自分が死ぬことの予知夢である』と考え恐れている時点でAさんはすでに死んだあとというわけです。そしてAさんは夢の中でのみ生きている。これは現実での『復活』ではなく夢の中での『復活』です」

 私は説明しながら、この話が今の自分か犬飼のいずれかに当てはまるのではないかと考えを巡らせていた。看板の文字を読むと、綺麗なまでにまとまった文章が何度も同じように読める。

――ここが現実であるというのは疑いのない事実か。

 私はそう考えることにして、納得しかけている二人を見た。

「こういう恐怖は我々が直視すればいつでもそこにあるんですよ」

 と、江崎さんが「コンビニで何か買ってかない?」と言い出した。

「どうしてです?」

「怖い話をしたあと家に直帰するとまずいって聞いたことがあるから」

 そういえば怪談のあとに寄り道をするのは最も手軽なお祓いだったな。

「そうですね、コンビニに行きましょうか」

 私たちは信号を渡り、コンビニに入った。エナジードリンクの棚を物色していると、畑村さんが心配げに言う。

「エナドリは……身体に良くない……と思う……よ?」

「まあそうですね」

 ここは素直に忠告を聞いた方が良いだろう。私は菓子の棚を物色して、カリカリ梅が半額になっているのを発見した。

「これにしよっと」

 私はカリカリ梅を取り、レジで80円を支払う。私が店の外に出ると、いつの間にやら畑村さんと江崎さんはすでに外にいた。駅のロータリーに入ると、塾の明かりが目を刺した。

「さて、塾に行くのはやめて帰りましょうかね」

「え?」

「眠すぎるので」

 まあ多分これから昨夜に引き続いて二夜目の徹夜をするんですけどもね。そう心の中で言って、ロータリーの外郭を通って駅から遠ざかった。


 家に帰ると、着信が3件。そして通話がかかってきていた。

「青葉くんと話してるんだけどさ」

「論理武装は大事だよ」

「そうじゃなくて」

 犬飼がツッコむ。

「あ、そうだった。私はいつ通話に入れば……」

「というか話ができるかも疑問」

「なんで」

「青葉くんと話してたら……まあスクショ送った方が早いか」


犬飼 拓海――割と強敵で草


 このメッセージとともに、犬飼からスクショが送られてくる。

犬飼拓海――さゆさんより今回の通話の代理を任されましたので報告いたします。

あおば ――通話の代理ってどういうこと?

犬飼拓海――>>今も彼女と通話できないんですか?

    ――これに関しての

あおば ――さゆは通話しないってこと?

犬飼拓海――そうです

    ――彼女も相当堪えていたみたいで

あおば ――そっか

    ――それじゃあ、ここまでしてもらって申し訳ないけど、もう関わらない方が良さそうだからやめておくよ

    ――そんなにきついのに仲直りとか無理でしょ

    ――無理言ってごめんって伝えておいて

    ――巻き込んでここまでやり取りさせたのに迷惑かけて本当にごめんね


「このあとどう返したの?」

 興味よりも申し出の成否が勝った。

「『とりあえず現状の説明と今後の動きの確認はしたいので、今回は申し訳ありませんが、私方とお話する機会を頂けないでしょうか』って」

 犬飼、やるな。なかなか良いハンター、いやキラーじゃないか。そう思った私の口角が少し上がる。

「返事は」

「『わかった、何時くらいにする?』って」

 よくやった、さすが生徒会だ。私はそんなことを考えながら犬飼を褒めたたえた。

「さすが」

「で、論理くんは何時ぐらいがいい?」

「22時には確実にいける」

 そう答えて部屋を見回すと、真っ暗である。私は電気をつけ忘れていたのだった。

「ちょっといったん切るわ」

 そう言って私は通話を切った。親が戸を叩いていたからである。


犬飼拓海――今回は申し訳ありませんが、私方とお話する機会を頂けないでしょうか

      

      私方(単数とは言っていない)

犬飼拓海――とりあえず通話は2200から

古井論理――結局通話はするのね?

    ――というかドクズで草

犬飼拓海――>>(スクショ)

    ――これ草

    ――私方ってやつドクズすぎん?

古井論理――どゆこと

犬飼拓海――私方(単数とは言っていない)

古井論理――ま、いいのでは

犬飼拓海――とりあえず飯食ってくる

古井論理――いってら

犬飼拓海――飯食って君に余裕があれば少し後のことについて

    ――話そう

古井論理――おけ

 犬飼との話が一旦終わり、8時になって夕食を摂りに階下へ降りた私は、コーヒーとエナジードリンクを忘れずに持って上がる準備をし、夕食のうどんをかき込んで風呂に一瞬で入る。8時40分、私は再びパソコンの前で通話をつないでいた。

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