文字打ちチャットと帰宅前
犬飼拓海――さゆさんみつけた
このメッセージが届いたのは18時を回った頃だった。すぐに返信を打ち込む。
古井論理――わかった
2分経っても何も応答がなかったので私は通話開始をタップした。
古井 論理――[数秒の通話を開始しました]
思い直して通話をすぐに切り、メッセージを打ち込む。
古井論理――よかった
――生きてるな?
犬飼拓海――生きてる
――とりあえずどうしよう
今どこにいるかがわからないとなんとも言えない。私は質問に質問を返した。
古井論理――どこにいた
犬飼拓海――公園
予測が外れたことに責任を感じながら、さゆさんがどのようにしてそこで見つかったのか訊いた。
古井論理――何してた
犬飼拓海――うずくまってた
――スマホ以外何も持ってないし
――フェンスもあるし大丈夫そう
「フェンスに囲まれた公園」という情報に一種の安堵を感じかけたが、それにしては切迫した持ち物と体勢のようだったのでかなり怖かった。
古井論理――とりあえずさゆさんに「死ぬな」「消えるな」とだけ伝えてくれ
――君が消えたら悲しいとも言ってやれ
と、ここで私の頭の中に嫌な想像が浮かんだ。うずくまって死ぬのを待っていたのだとすれば?急いで確認する。
古井論理――毒は飲んでないな?
犬飼拓海――毒になるようなものは飲んでないと思う
なら安心だ。身体に異常があれば別だが……。
古井論理――喉、皮膚に異常はないか
犬飼拓海――特には大丈夫そう
――転んでもないって言ってた
ならあとはメンタルだけだ。妙に冷静で器用な自分に驚きながら、静かに画面上のキーボードをタップする。
古井論理――さゆさんが自殺しなくていいようにするために、勇気を出すんだ
以前から犬飼はさゆさんのことを好きだと語っている。そんな彼を動かすためにさっきも「好きな人だろう?」と送ったのだ。ここで二人がくっつけば、もしかするとさゆさんがより犬飼を頼りやすくなるかもしれない。だから暗に「くっつけ」と今送るのだった。
犬飼拓海――うむ
――でも今は結構取り乱してるし、少し落ち着くまで……ってしとく
私は納得しながら歯がみをした。とりあえずメンタルを回復させるために犬飼にメッセージでアドバイスする。
古井論理――とりあえず落ち着いたらさゆさんが大切だということを伝えてあげるんだ
――黙っていると空気が悪くなるからなるべくさゆさんに構ってあげること
――さゆさんの親に、さゆさんに聞こえないようにメンタルクリニックの受診を勧めて
犬飼拓海――おっけ
――青葉くんはもうこっちでやるしかないな
青葉とは、さゆさんがトラブルを起こしているネッ友である。彼の話はすでにいくつか聞いていたが、理論が通じなさそうだと思えるようなものばかりであった。とりあえずメンタルクリニックの注意事項を言っておく。
古井論理――あとメンタルクリニックは合う合わないが大きいから気をつけて
犬飼拓海――おっけ
そうだ、青葉の問題を解決するのには証言者もいるだろう。
古井論理――青葉くんは通話で事情を説明して懇懇と責任を説いてあげましょう
――私も言おうかな(おい)
犬飼拓海――2対1の方がいいと思う
古井論理――そうよね
意外と受け入れられるものだな。そう思いながら犬飼からの続報を待った。
犬飼拓海――委任状書かせたいけどそれは出来そうにないや
古井論理――論理武装と作戦は立てたほうがいい
自分のペンネーム「論理」を含んだ「論理武装」という言葉を使うという端から見たらナルシズムの究極とも取れる発言をしたのはわざとではない。ただ、それしか言葉が思いつかなかっただけだ。
犬飼拓海――待って超お腹痛いwwwww
――安心してお腹痛くなってる
犬飼は走ったのだから、急を察して分泌されたアドレナリンが切れれば当然ながら腹も痛むだろう。まあそれはそれとして犬飼の言っていた委任状に返信をつける。
古井論理――口約束も契約だから「青葉くんとの問題は僕と論理くんが引き受ける」とでも言おう
犬飼拓海――おっけ
――そうしよう
古井論理――これで承諾があれば契約成立だ
犬飼拓海――そうね
再び少しの不安が出てきたので、犬飼にさゆさんの安全を確保しているか確認する。
古井論理――あとさゆさんを車の中へ
犬飼はそれには返さず心配を吐き出した。
犬飼拓海――こういう状況初めてだから
それには答えず私は状況を語る。
古井論理――或いはどこか建物の中へ
犬飼もそれには答えない。
犬飼拓海――なんていえばいいか
私はとりあえず犬飼の発言に私なりの答えを返す。
古井論理――「何をしようとしていたかは聞かない。でも消えないでくれ、僕は君が消えるのが嫌だし悲しいんだ」とでも
犬飼はまた青葉の話に移った。
犬飼拓海――とりあえず委任の音声はとった
――これでおっけ
古井論理――おーけい
ここで一旦私は話を切った。バスが高校に近づいたからだ。
「古井くん、起きてる?」
1つ後ろの席に座っていた同期の
「あと15分ぐらいで着くよ」
予定調和とも思えるほど見事にかみ合った結果残された15分は、ちょうど荷物を片付けて後輩と世間話をするのにぴったりであった。
「先輩、確か彼女できたんですよね」
最近できた彼女の話を振られた私は、慎重に答えた。
「うん」
後輩はチョコレートの箱をたたみながら私の方を一瞥した。
「バレンタイン、楽しみでしょうね」
私は聞いた人を驚かせることで有名な自分のバレンタインを語った。
「バレンタインのチョコレートは……多分私が作るよ」
後輩が冷やしたチョコレートのように固まる。
「え?」
「私はチョコレート自作派だよ。カカオ82%のチョコレートを毎年作ってるんだ」
後輩は目を見開いた。
「82%!?」
私は立て板に水を流すかのように多少早口で語った。
「美味しいよ。苦みよりも旨味が立っていて良い」
後輩は戸惑っている。
「そう……ですか。先輩、もしやコーヒーはブラック派ですか?」
「ああ、そうだね」
「やっぱり苦いのが好きだからでは……」
私はまたも早口で、今度は好きなものを語るマニアのように語り始めた。
「違うよ。ブラックは糖分が入ってないから脳に血液を回したままにできる。つまり眠くなりにくいんだ」
「……なるほど」
後輩が困惑を表情に貼り付けて答えた。
「さて、そろそろ高校が見えてくるね」
「見えませんよ、真っ暗なのに」
「鳥目かな?」
私の言葉に、後輩が少しむっとして応じる。
「こんなに明るいバスの中から暗闇の中の高校が見える先輩が異常なんですよ」
「……確かにそうかも知れないな」
バスは角を曲がり、高校への一本道を突き進む。バスは校門を抜けると理科棟前に停車した。ドアが開く。
「降りて」
先生が私たちを急かした。
「はいッ」
私はなるべくシュールで真面目に聞こえるように返事をして、荷物を背負った。来たときよりも重いリュックの中で、途中立ち寄った図書館で手に入れた
「あ、一緒に帰りましょうか?」
「ありがと。真っ暗だし、女子だけではちょっと怖いからね」
「怖い話でもしましょうか?」
畑村さんはさっと江崎さんの影に隠れ、私の隣を離れた。
「どうしたの?」
「いや怖いの嫌いだからさあ」
私は「怖い」の路線を変更することに決めた。
「じゃあ理論的なホラーにしましょうか」
「え?」
「考えると怖い話ってやつです」
江崎さんが聞きたいというふうにしていたので、私は話を始めた。ちょうど校門をくぐって道に出たときだった。
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