同僚の親子と。①

キャンプが好きだ。


41才にもなって独身である、などと聞けば世間一般ではなんと寂しいやつだと皆に思われるだろうが、私は何にも寂しくなどない。


なぜなら、私にはキャンプがあるからだ。


休日には決まって各地のキャンプ場を相棒のninja 1000と回る。漢カワサキ、バイクといえばカワサキだ。異論は認めよう。


ところで、先日のキャンプの思い出話をさせて頂きたい。あの日は、たいそう晴れた、まさしく「キャンプ日和」と言うにふさわしい日だった。


△ △ △


その日、私は同僚のハシモトに頼まれて、彼の家族のキャンプについて行くことになった。


なにしろ彼はアウトドアというものは大体が未経験であるらしく、それじゃあ家族にばつが悪い、と言うことで私が呼ばれた。特に息子には自身の恥ずかしい姿を見せたくないらしい。ならば、私を呼ぶのは筋違いなのではないか。


まぁそれはさておき、その日は富士山の麓に位置する広大なキャンプ場へと向かった。名を「ふもとっぱら」という。あのゆるキャン△の聖地と言うこともあり、今ではかなり有名な様だ。因みに私はえなちゃんを推している。


一足先に朝イチからインして、諸々の手続きを済ませておいた。こういうのは慣れた者がやらないと時間がかかってしょうがない。私はせっかちなのだ。そう、だから結婚もしていない。


いやはや、だだっ広い草原に、雄大な富士山。なんとも気分がいい。なぁ、ニンニン、そうだろう?と相棒に問いかけると、彼は威勢よくエンジンを鳴らす。我々は一心同体なのだ。


このキャンプ場のいいところは、こうやってテントサイトまで乗り入れができる所だ。それが1番、景色は2番。なんて言うと、いろんな人に怒られそうなので、これ以上は自粛させてもらう。


テントを張るのはハシモト家が来てから、と言う話だったので、彼らが来るまで、机と椅子だけ出してコーヒーを一杯やる事にした。


手のひらサイズにまで小さくなるバーナーで火をつけ、お湯を沸かし始めた。


普段、例えば出勤する朝などはこの湯沸かしの待ち時間などは億劫で仕方がないが、キャンプで、となると話は別だ。この僅かな待ち時間さえも愛おしく感じる。


ミルでゴリゴリと豆を潰しながら待っていると、いよいよ湯が沸いた。


手早く色々とセッティングをし、お湯の火を止める。コーヒーに於ける抽出の最適温度は95℃。それを超えても下回っても、完璧なコーヒーにはならない。私程のレベルとなれば、それは一見しただけで判別がつく。


次に、「の」の字を描くようにお湯を注いでいく。勿論コーヒーのことは大好きだ。だが、この濾紙みたいなやつはなんていう名前なのかは知らない。気にはなっているのだが、何となく億劫で調べていない。


やっと手に入れた黒い聖水を一口飲んだ。

はぁ、旨い。旨いぞ。

コーヒー片手に眺める朝の富士山は本当に格別だ。

これで今日は魔物も寄ってこないだろう。


△ △ △


そんな優雅な朝を過ごしていると、ハシモト家御一行が到着なすった。


アウトドアはしない、と言うのにも関わらず、奴はゲレンデに乗ってやってきた。そのあたり、いやはやなんとも好きになれない。


それまでの私の静寂を打ち破ってハシモトが大きな声で何か言ってきた。


「おーい、すまんな。少し遅れてしまった。と思ったが、もう一杯やってたのか。なんだ、もっと遅れても良かったな!ハハハ!」


こういう男なのだ。奴は。こんなガサツなやつで、私と給料も役職も同じだというのだから、世の中不条理である。まぁこんなことを考えている時点で、私も人として出来ている方ではないのだ。自覚しているから、どうか叩かないでくれ。


さて、今日のキャンプのメンバーがひとまず全員揃った。まずハシモト。特に言うことはなかろう。


次に彼のお嫁さん。決して嫉妬ではないと最初に断っておくが、彼にはもったいないほどに美しい方だった。職場で聞いた話だと、7つも下らしい。それを問いただすと、

「いや、たったの!7つ下だよ」

と如何にもふてぶてしく答える。全く、一々癪に触る男だ。


そして最後に、彼の長男8才。名を太郎と言った。奴がつけるとは思えないほどにストレートな名前だ。また、太郎は奴の息子と思えないほどに愛嬌があってよく懐いてきた。


さぁ、キャンプの始まりである。私はさっさと自分の1人ようテントを組み立てると、彼らの家族用大型テントの組み立ての手伝いに加わった。タープが一体となってる、高そうな代物だ。だが、私には恐らく同じくらいには値が張る、長年世話になっているスノーピークのがある。羨ましくなど、ない。なによりバイクに積めなければ意味が無いのだ。

  

テントを張り合えると、次は昼飯を全員で作った。メニューは定番のカレーライスである。


私は野菜を切る担当をした。ハシモトとその2世は米を炊く担当を、奥方はその場を統括していた。


こう言う風景はなんとも家族らしい者であり、私が居ると異物が混ざっているような感じがして少し気が引けた。だが、お呼ばれしているのだから仕方ない。その代わりに精一杯出来ることをしよう。


そんな私の誠実な思いも束の間、奴はコメを盛大にこぼしやがった。幸いにして私が予備で米を持ってくる癖がついてたから良いものの、本当に勘弁してほしい。


馬鈴薯を切り終えるとハシモト嫁と目があった。なにやら私に微笑みかけている、ような気がしたが、人参の皮むきをしている間に忘れてしまった。

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