【第七十話】その男、次善策に希望を託す

 一喜は見た。

 神崎の柄が伸びたことを。それ自体は単純に射程を狂わせる目的があるのではないかとこの世界の住人なら考えるだろうが、一喜にとっては別の挙動に思えた。

 即ち、玩具特有の必殺の構え。特撮作品は見栄え重視の為に使い難い設計の武器を扱うが、それはメタルヴァンガードも例外ではない。

 今のところ使っていない武器シリーズもそうだし、サポートアイテムとて態々カードを手動で入れねば動き出さない。

 現実的な世界でなら間違いなく排除される機構を備えている。それ故に、一見おかしな挙動に一喜は理由を察することが出来るのだ。

 そして相手が必殺を放つのであれば、それはこれまでの比ではない。

 バトルシップの装甲が如何に分厚くとも、カードの全力を受け止めて平気な顔をしているのは不可能だ。


――Charge.


 柄が全て伸びた際、剣から機械音が静かに響いた。

 その言葉の意味など一喜には解り易いもので、カード次第では広範囲にまで被害を齎しかねない。一喜だけが生き残るのなら兎も角、世良や十黄では巻き込まれれば絶命は必至。

 思考は行動を瞬時に決定付ける。

 元よりそれ以外に他に手段は残されてはいない。自分と周りが生き残る為ならば、周辺の環境が変わろうとも関係無しだ。

 

「勝負……!」


『馬鹿野郎が……ッ!!』


 彼女はベルトを回収することにしか目を向けていない。

 それ以外の一切を二の次とし、仮に誰かが死んだとしても致し方ない犠牲として処理するのだろう。

 彼女の口振りにはベルトが過去にこの世界にも存在したことを示している。

 そして大藤・一喜を狂信しているところから見るに、確かに過去には同様の存在が着装して怪物と戦っていたのだ。

 彼女にとっての、そしてオールドベースにとっての英雄。それを騙る者が居たとなれば、到底許す事など出来はしない。

 人類を守るような素振りをしているにも関わらず、彼女の目は過去を見ていた。

 過去の素晴らしさばかりを想い、未来には何も目を向けていない。――まるで自分に明るい未来など訪れないと言わんばかりに。


――Blade Extension. THE・CLOVER.


 柄を押し込む。再装填されたカードは、剣に二つ目の機能を付与する。

 武装化ではなく、エネルギーの過剰供給。対象を撃破することを何よりも優先する、正しく絶命の刃。

 脚部ブースターを吹かして距離を取り、剣を後ろに流して変則的な居合の構えを取る。

 それは一瞬の構えであるが、スーツ越しに一喜には彼女の姿が見えた。

 機械剣は新緑の如き輝きが刀身を埋め尽くし、赤い瞳は怪しい光を湛えている。四肢の各部から緑のエネルギーが噴き出してはそのままに、全てのブースターが点火に入った。


 彼女が用いたカードは白黒のミサイル。

 その特性は、高速で飛来し対象を爆破と衝撃で粉砕すること。命中すれば死を与える兵器であり、なればこそこの必殺はミサイルが飛来する様を再現しているのだ。

 剣による武装化によって斬撃としての特性が存在し、その上で広範囲を纏めて吹き飛ばす威力も健在。

 必殺として使うのであれば、正に彼女のこの攻撃は鬼札になりえる。

 なればこそと、一喜はレバーを左に倒した。


――Over.


 ベルトから鳴る重々しい待機音。

 不吉を与える死の音楽を聞き、神崎の手に力が入る。臆して堪るものかと意識を先鋭化し、最後の一歩と同時に肉体は加速した。

 高速の世界は彼女にとって慣れ親しんだものだ。引き千切られるような痛みは最初は気絶する程だったが、身体を鍛えていった過程で徐々に平気になっていった。

 今では重い筋肉痛になる程度。重傷ではない限り、彼女はそのまま次の行動に移すことが出来る。

 であればこそ、この一撃には彼女なりの策があった。

 この必殺そのものが決まればそれで良し。決めきれなかったとしても、相手が受ける肉体的ダメージは先程とは桁違いだ。


 その激痛に悶えている間に二の剣でもって相手の首を斬る。

 これをもって全て終わり。オールドベースには過去の大切な物が戻ってくることになるのだ。

 その未来を彼女は信じているし、疑ってはいない。相手がどのような方法で妨害を企てても、彼女の剣は諸共に全てを斬り伏せる。

 人が死ぬかもしれないという部分は、彼女の中から切り離された。だってそれは、神崎雫と呼ばれる女性にとって仕方無い犠牲となったのだから。

 

「――ィィィィィィィィィィィッシ!!」


 眼前。

 刃がバイザーに届くまで、最早刹那の時間すらも無い。

 その瞬間、一喜はレバーを左に倒した。ベルトが機械音を発する前に既に砲門は彼女に向けられていて、その先は一点に収束させられている。

 相手の必殺技がどれだけの威力を秘めているかは不明だ。その為、如何程の力をぶつければ相殺になるかも解らない。

 ならば次善策。神崎が纏った軽装鎧が守ってくれることを信じて絞った必殺技を撃ち込む。

 両肩に乗った四門は極大のエネルギーを彼女の眼前でチャージし、フルにならない段階で一喜がGOサインをスーツに送った。

 充填率は全体で六割程度。一瞬で駆け上がる出力を気にしながら失敗の許されない調整を行い、周辺環境までを完全に吹き飛ばさないようにした。

 

 狙うは彼女ただ一人。目前で集まった四門に軽装鎧に搭載されたシステムが莫大なエラー音を吐き出すものの、最早眼前にまで来てしまった以上は止められない。

 神崎自身もそのことは解っている。解っているからこそ、躊躇を覚えずにそのまま剣を先に振るうことを決めた。

 砲門を潰せばエネルギーは周囲に拡散する。威力が減れば、必然的に鎧が受けるダメージも減少する。

 それを狙って、されど一喜は彼女の思惑に乗ってはくれない。

 

――Non standard. Full Metal Finish!


 剣が装甲に触れ、斬り裂く。

 しかし全てを斬る前に砲は発射された。四本の砲から放たれる赤光の一撃は暴食の獣が如く彼女の全身に食らい付き、一切の抵抗も許さずに一喜から引き剥がされる。

 悲鳴など言わせない。怒号など叫ばせない。

 一切の慈悲も無く、軽装鎧の全てを破壊せんと赤光は一喜とは真反対の方向へと伸びていく。

 周辺は突発的に起きた砲撃によって地面は陥没した。全員が立ってはいられない程の地震が辺りで発生し、各所で悲鳴の声が出る。

 

「……!、!?」


 神崎の視界は赤い光に埋め尽くされていた。

 四肢の鎧は端から炭化していき、既にエラー音を発する機能は消え去っている。

 抑えきれる範囲は既に超えていた。元のカードがコピーであるのだから、色付きの攻撃に正面から対処するのは不可能だ。

 薄く展開されていた彼女を護る最後のバリアも呆気無くも砕かれ、破壊の光が彼女の肉を食べ尽くす。

 激痛が激痛を呼び、それを伝える神経すらも炭となって消えていく。

 光が消えた後、彼女を含めて一直線上にあった建物も全て吹き飛ばされていた。

 新しい広場が誕生した場所には草木も生えておらず、勿論野生の動物が生きていることもない。


 バトルシップの砲撃は全てを等しく破壊する。

 それを撃ち終わった後、一喜の纏うスーツは一気に冷却を始めた。巨大な音を立てて白煙が立ち上り、その様と含めて恐ろしい巨人をキャンプの人間に想起させた。

 誰もが近くに居たくないと逃げ出していく。食料が手に入るかどうかも頭から消え去り、ただただ生きていたいとキャンプから離れていった。

 残ったのは世良と十黄の二名のみ。離れていても感じる熱と遠くまで続く破壊痕を見つつ、世良はその途中に居る肉塊に目を向けた。


「おい、あの女まだ生きてるみたいだぞ」


「嘘だろ?」

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