【第七十一話】その男、意図せずに繋がりを作る
肉塊は女の形をしていた。
四肢は元の形を保てず、鎧に覆われていない部分は黒く焼け焦げている。水分という水分は全て吹き飛び、力強さのある目を持った顔面には頭髪の一本も無かった。
辛うじて呼吸をしている。それが唯一の奇跡であり、しかし同時に神崎にとっては地獄だ。
彼女はカードの力を使っていた。一喜と同様のシステムであれば濾過出来る筈の毒を、彼女の剣は完全には濾過出来ていなかった。
元々不完全な状態なのだろう。足りない物で戦っていたからこそ、何度も使えばそのまま使っていた者達と同じ末路を迎えていた。
即ち、最早神崎の肉体は怪物に近くなっている。
全身が重度の火傷に覆われた状態でなお生きているのがその証拠だ。
「……」
ベルトからカードを取り出す。
鎧は赤い光を放った後に消え、中にいた一喜の鋭い目を外に露出させる。
まだ警戒しなくてはならない。例え眼前の敵を打倒したとしても、キャンプから班目達が姿を見せないとは限らないし、そもそも彼女が連れて来た他のメンバーが救助に向かって来る可能性は十分にある。
神崎の怪我は一ヶ月や二ヶ月で回復出来るようなものではない。
素人目には最低一年は要求されるように見え、その間彼女は満足に動くことも出来ずに苦しみ続けることになる。
痛み自体は必ず復活するのだ。急速に治す術が無いのなら、オールドベースは激痛で精神を追い詰められる彼女を見ているしかない。
あるいはクイーンのカードを所持していればと考えるも、そのカードに一喜の持っているクイーンと同等の効果があるかは一切不明だ。
色付きのアドバンスクイーンは例外中の例外。コピーカード等存在せず、一喜が購入したカードしたには二種類のクイーンの絵柄がある。
本来正しいのはコピーカードの絵柄だ。しかしこのアドバンスカードのみ、そこには悪意とは別の一個人の祈りが込められて変質している。
実際にその祈りがある訳ではないものの、設定通りの性能を有するのであればやはりクイーンは数少ない回復効果を持った希少な物だ。
彼等がそれを有している可能性は低い。だが、他に回復手段がないと言い切ることも出来ない。
――不意に思考する一喜の耳に、足音が聞こえてきた。
それは遠くからゆっくりと、しかし確実に此方にやってくる音。神崎に向けていた視線を切ってそちらに顔を向けると、サングラスを掛けた三十台と思わしき男性が大股で歩いている姿が見える。
その背後にも数人の人間が見え、これがオールドベースの人間なのだろうと一喜は当たりをつけた。実際、彼等はキャンプの住人よりも痩せてはおらず、着ている衣服も他より綺麗だ。
「……突然戦闘が発生した音が聞こえてきたもんだから来てみたら、なんだこりゃ」
男性の低い声には多分に困惑と呆れがある。
更に一喜達の方へと歩みを進め、少し離れていた世良と十黄が共に腰に差し込んでおいた銃を引き抜く。
視界の端で二丁の銃が向けられた様子を男は見ていた。足を止め、その視線はほぼ炭も同然の神崎と一喜に向けられている。
天然パーマに無精髭を生やした男は茶色の革ジャンの腰ポケットに手を伸ばし、そこから数の少なくなった煙草の箱と罅の目立つライターを取り出した。
箱から一本を取り出し、口に加えた状態でライターで火を付けて煙を吸う。
空中へと煙は上り、そして空気中に溶けて消えていく。元の世界と変わらぬ現象がそこで起きているにも関わらず、その光景は何処か非現実的だった。
「神崎をやったのは、お前か」
煙草を加えながら男は一喜に質問する。
敵意も殺意も存在しない純粋な質問に、一喜は内心の疑問を悟られぬように静かに首を縦に動かす。
そうかと男は告げ、再度煙草を吸って煙と共に息を吐く。
「まぁ、どうやって神崎をやったのかは聞かねぇよ。 俺達の任務は達成されたも同然だし、そいつまだ生きてんだろ?」
「ああ。 虫の息だがな」
「虫でも息をしてるなら上々だ。 後は勝手に治ったそいつから聞けばいいし、これから使えなくなるならそいつは用済みだ」
男に優しさは無かった。冷静で、冷酷で、ある意味において一番効率的に話をしていると言える。
しかし、それが異常であるのは言うまでもない。男の背後に居る別の隊員は彼女の有様に息を呑み、一部は一喜に憎悪の眼差しを送っている。
男が何もしないから手を出してこないだけで、仮に男が怒り狂って攻撃を仕掛けてくるのであれば他の隊員も必ず攻撃をしていただろう。
――故にこそ、一喜はこの部隊のリーダーが男であるのだと確信した。
「悪いが、そこの女が勝手に仕掛けてきたから応戦させてもらった。 死なない程度に痛めつけたから、はやいところ回収してもらえると助かる」
「おう。 死んでるならまぁ色々考えんといけなかったが、死んでないなら問題無いな。 手加減してくれて感謝するぜ」
男の言葉に一喜は眉を寄せる。
相手は実に軽い。軟派男を想起させられるような気軽さを持ち、その中に本質を隠し込んでいる。
観察をしているのは確かだ。一喜が神崎を殺せる力を今現在も持っていると見抜き、なるだけ被害を拡大しないように立ち回っている。
恐らくは神崎だけにあの装備はあるのだ。今では壊れてまったく使い物にならないだろうが、秘密主義の組織であれば破損物でも回収を考える筈。
男は一喜達と争うことよりも、先ずは神崎の回収を第一とした。
であれば、彼等が次にまた来訪するのは確実だ。直ぐにとはいかないまでも、神崎がぎりぎり喋ることが出来るようになった段階で情報を収集して此処に来るだろう。
「感謝は不要だ。 だが、感謝するのなら此方への干渉は避けてもらいたいな」
「ははは――――それが無理なのは解ってるだろ?」
一喜としてはこれを利用して干渉されることを回避したかったが、逆に男は真顔となって告げる。
神崎を殺し掛けた。その意味は、一喜が思う以上にオールドベースにとっては重要な意味を持つ。
彼等の博士が作り上げたこの世界での最高傑作。カードの副作用を限りなく零に抑え込んだ状態で武装化が出来るなど、正しく理想に最も近い兵器だ。
一定のカードに対する適正が必要ではあれど、それを乗り越えることが出来れば怪物と真向から立ち向かえる手段となりえる。
神崎も正しく人類を守護する刃であり、故に厳しく教育もされていた筈だ。
それを男の目の前に居る一喜は倒した。怪我らしい怪我も無く、僅かに汗を流している程度の被害で。
武装化が出来なかったとは男は考えていない。神崎であればそれを使う程度の時間稼ぎは出来ると確信している。
つまり、なった上で凌駕された。それが出来るのは怪物か――あるいは。
博士が言葉少なに嘗て語った昔話を思い出し、そのもしもを表には出さずに蓋をする。
今回はただ調査をしただけ。出来れば全てを解決しておきたかったが、原因を見つけることが出来ただけ収穫だ。
「お前は武装化した神崎を打倒した。 それはつまり、オールドベースが警戒する人間になったってことだ。 暫くは静かなままだろうが、近い内に周りが五月蠅くなるだろうさ」
「……」
一喜自身、これから騒々しい毎日が訪れるであろうことは解っている。
解っていて、それでも願わずにはいられない。余計なちょっかいを掛けてくるなと。
別に戦いたい訳でも、頂点が欲しい訳でもない。一喜がそもそも此処に来たのは、ただ異世界と呼ばれる未知の空間を見て回りたかっただけなのだから。
それが無になるならば、此方側に干渉しない方がまだマシだ。子供達に対する施しが全て無駄になるが、自身の安全と比べれば致し方あるまい。
失敗だったと後悔すれど、時間がその悔いを流してくれる。厄介なのは一喜側の世界に居る糸口の存在であるが、彼女もまた危険性を根強く説けば理解してくれる筈だと彼は考えていた。
「――なら、備えておくことにしよう。 俺は別に戦う意思を持っている訳じゃないが、やらなければならないのならやるまでだ」
備える。これは現状では悪手であるが、だからこそ毅然として強い男であると周囲に思わせることが出来る。
男は一喜の言葉に暫し無言を続け、失笑した。
「OK。 その言葉、忘れるなよ」
「ああ。 向こうの奴等にも伝えておいてくれよ。 明日を掴むのは、何時だって白い希望だと」
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