【第六十九話】その男、不戦を目指す

 対峙した二名は共に異なる感情を抱いている。

 片方は驚愕を、片方は疑問を。双方に転がるものは勘違いの類であり、本来であれば戦い合うような関係性ではない。

 それは一喜にも解っていて、故に彼本人は彼女を殺したいと思っている訳ではなかった。

 精々が骨の一、二本を折るくらい。それ以上を狙うつもりはなく、さりとて彼女が足掻けば最悪殺害も考慮せねばならないだろう。

 神崎という女は、間違いなく一喜にとって有益な存在だ。その頭に保存された情報を全て入手出来れば、未だ都市伝説のような形で動いているオールドベースの実態を掴むことが出来る。

 殺意をちらつかせ、巨躯で圧を掛け、戦意を砕く。それであっさり戦意喪失に陥ってくれれば最良であるも、彼女は驚きで瞳を揺らしながらも振り下ろした剣を両手で前に構えた。


『――やるのか?』


「ッ、当然!」


 静かに告げた問い。神崎はその言葉に弾かれるように返事を口に出し、同時に一喜の胴体目掛けて全力の一閃を放つ。

 本物であってほしくない。自身が所属する組織以外が、それを持っているだなんて信じたくない。

 縋るような祈りが込められた攻撃は――現実を見ていないが故に脆かった。

 金属同士の激突が起き、一喜は一切の防御を取らない。剣はあまりにもの硬度に傷一つ付けることも出来ずに弾かれ、衝撃は彼女にも襲い掛かった。

 全力でぶつかったからこそ、剣は無様に彼女の頭上にまで一気に持ちあがる。

 碌な防御体勢を取ることも出来ず、この瞬間に一喜が胴体に一撃を放てば彼女の命は無かった。


 しかし、一喜は何もしない。

 そのまま体勢を崩しながらも剣を降ろした彼女を前に、ただ静かに立つだけだ。

 それがどうしようもない程の説得力を持つことを一喜は解っていない。解っていないからこそ、彼女が次に取る手を予測することは出来なかった。

 足を蹴り、後方に飛ぶ。

 その際にスポーツジャケットのポケットから一枚のカードを取り出して、彼女はそれを一喜達に見せつける。

 マークはクローバー。武装はミサイル。

 無数のミサイルがサーカスのように空で動き回る絵が、怪物達が使う物と同じであることを証明している。


「あの女――!」


「不味いッ、それを使うな!」


 世良と十黄の声は神崎には届かない。

 そも、もうメタルヴァンガードの鎧以外には何も見えていなかった。

 彼女は両の手で柄を掴み、そのまま片方の手で柄の先端を引っ張る。先端は容易に引き延ばされ、柄に最も近い刀身部分の一部がカード型に凹んだ。

 いや、実際は凹んだのではない。引っ張られて伸びた先端に合わせ、隠していた部分の板が同じ方向に引っ張られたのだ。


――Connection. Human boost.


 そして響く、一喜のベルトと同じ機械音。

 今度は彼の側が驚く方だ。マスクの下で目を見開き、その武器に初めて視線を向ける。

 その剣は一見すると無骨なソードだ。西洋風の剣に飾りらしい飾りは無く、正しく斬るという機能のみを追求した見た目をしている。

 一喜は劇中に登場した分も合わせ、メタルヴァンガードのグッズは把握している。少なくとも空で言えるくらいには名前も性能も知っていた。

 だが、その剣を一喜は見たことは無い。カードを装填する彼女の姿を見つつ、一体あれはなんだと脳味噌は回転を加速を続けた。

 

「……もし」


 たった一撃。

 彼女は剣を二回振るい、メタルヴァンガードの装甲に一撃当てた。回数にしてはあまりにも少なく、何かを信じる材料とするには乏しい。

 あれがそうであると、彼女は信じたくなかった。しかし、現実とは往々にして残酷であることも彼女は知っている。

 自分が一番そうであってほしくないこと。

 それが現実として露になり、間違いなく彼女を追い詰める。

 彼女の心にもしかしてという種が植えられた。今はまだ大きく育つことはないが、彼女がもしもを考えれば考える程に成長していくだろう。

 

「お前のそれが本物だとして――お前が使うには役不足だ。 直ちに私達にそれを寄越せ!」


 叩き付けるように柄の底を彼女は叩く。

 勢いよく柄は元の長さに戻り、装填したカードは金属の蓋で隠れた。

 同時、剣身の縁をなぞるかの如く赤い光が流れ出る。それはゆっくりと柄も覆い、そして手から全身へと彼女に光が移った。

 

「着、ッ装!!」


――Clover. The Instant Fusion.


 叫び、剣が放つ赤光が更に強くなる。

 強力な赤光は剣から離れていき、無数の粒子となって四肢に纏わり付く。

 粒子は集まれば集まる程に肌や服を隠し、その上に銀の装甲を構築する。それらは全身を覆い隠すことはしなかったが、明らかに超常的な技術によって簡易的な着装を現実のものにしていた。

 太腿までを覆う脚甲には一つずつの噴出口が備え付けられ、肘までを隠した腕部には特別な機能があるようには見受けられない。

 背部にも大型の噴射口が装着され、無骨だった剣は近未来的な輝きを放つ銀一色のブレードへとなった。

 

 彼女の髪は銀へと変化し、赤い瞳はその輝きを強めている。

 服の色すらも白と灰色のみに変化し、その変わりようは一喜が使っているベルトに非常に近しい。

 いや、近しいどころではない。他は近いと感じはするだろうが、一喜には同一のものにしか思えなかった。

 

『…………』


 唖然とするしかない。

 源流は一緒であるが、彼女の武装はメタルヴァンガードには登場しなかったもの。

 つまりはこの世界独自の武装であり、故にどのようなシステムを導入しているのか予想出来ない。

 同時に、この武装があったからこそ怪物を打倒することが出来ていたのだと理解に及べる。その刃が一喜に向いている事実はまったく予想外であったが。

 ともかく、相手が武器を向けてくるのであれば反撃するしかない。

 殺す気はまったくと無いものの、攻撃の意志を圧し折る必要がある。ここで重要なのは、攻撃の意志だけを折ることだ。

 彼女にはこれからも怪物を倒してもらわなければならない。その為にも、過度に心を踏み潰すのは論外だ。


「――ッ!」


 着装を終えた彼女は、脚部のブースターを稼働させて一気に加速を始める。

 速度としては人間が認識出来ず、されど怪物ならまだ見える範囲だ。足のブースターだけであるのでバランスを取らねばならず、いきなり背部の物を使わないのはまだ一喜側の挙動を把握していないからか。

 戦闘の経験値が然程多くはない一喜には相手の思惑を正確に見抜くことは難しい。

 よって見ている事実から対策を講じる。

 今回の場合は先ず最初に彼女の攻撃を受けることだ。縦横無尽に駆け巡る彼女は最終的に一喜の背後に回り、その刀身を真横に振るう。

 

 それを装甲の腕で抑え込むが、やはりというべきか直撃を受けるとなると衝撃が全身を巡った。

 吹き飛ばされそうな身体を足を地面に踏み込むことで強引に阻止し、最後に力の差を見せ付けるように腕を振るって刃を弾く。

 振り返り、しかしそこに彼女は居ない。

 気配は右下。掬い上げる形で脇に刃を当て、それもまた力任せに弾く。

 五合それを続け、十合それを続け――最後には数えるのも馬鹿らしい連撃全てを一喜は敢えて受けた。


 傍目からすれば彼女の方が有利に見えるだろう。

 防戦一方で、見た目が鈍重そうな所為で反撃に移る前に次の攻撃が挟まれている。

 

「……何やってんだ、一喜は」


「敵の攻撃を態と受けているな。 戦う気が無いのか?」


 けれども、少しでも怪物同士の戦いを見ていた者には真実が見えている。

 神崎の攻撃は流れるようで、一見すると隙と呼べるものがない。同じ怪物になれる世良の目から見ても戦うとなれば搦め手は必須で、実力者の類なのは確実だ。

 それでも、一喜に勝てるかと聞かれれば話は別。

 人間のままならば兎も角、一度鋼の鎧を纏えば勝利するのはほぼ不可能だ。現に何度も攻撃をしている神崎の表情は一合ごとに悪くなってきている。

 このままを続ければ体力の限界を迎えるのは神崎の方が先だ。そうなる前に決定打を他に用意することが出来れば。


 ――刹那、神崎は無数に動き回りながら不意に柄の持ち方を変えた。

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