【第六十八話】その男、英雄と呼ばれる?

 一喜達がオールドベースの人間に驚くことは当然ではあった。

 相手は嘗て都市伝説と呼ばれた組織の人間で、友好的とは呼べない状況が現在広がっている。

 神崎が何を想定してキャンプに援助をしたのかは定かではないが、少なくともオールドベースが動いた以上は一喜が関与を避けることは不可能だ。

 一喜は嘘を吐いている。それを世良と十黄は知らず、故にこの状況は二人にとって新たな援軍が来たような印象だ。

 しかし一喜は初対面かのような行動を取った。――その言葉の意味は即ち、オールドベースで出会ったことのない人間になる。

 本当に彼女はオールドベース所属の人間なのか?

 二人の思考にもそれは過り、状況は少々の複雑さを構築し始めている。そして、神崎は状況を余計に歪める情報を持っていた。


「大藤・一喜? …………っふ」


 一喜の目の前で神崎の表情は驚愕から憤怒へと変わっていく。

 まるで大事なものを馬鹿にされたような。その名をお前が口にすることなど許さんと、剣の柄を握る手を強める。

 

「――それをお前のような雑魚が口にするな」


 次の瞬間、一喜は相手が瞬間移動をしたような錯覚を抱いた。

 目前に迫る剣身。ナイフよりも長い剣は戦闘を意識したものとしか思えず、それが一喜自身の首を両断しようとしていた。

 今から回避するのは不可能に近い。メタルヴァンガードになっていたのであれば軽く弾き返せる攻撃でも、生身で受ければ即座に首と胴体が泣き別れになるだろう。

 死を覚悟する時間すらない。瞼が閉じようと無意識で動き出し、しかし全てが閉じ切る前に真横からの衝撃で一喜の身体は横へと吹き飛んだ。

 

「っち。 余計な行動をするな、阿呆が」


「いやするだろうが。 馬鹿かお前」


 咄嗟に行動したのは世良だ。

 彼女は培った本能に身を任せ、一喜を蹴り飛ばした。それに合わせて自身もその場から離れ、十黄もまた一拍遅れて世良の傍まで移動している。

 倒れた一喜は蹴られた胴体の痛みに眉を顰めるが、その傷を確認することもなく即座に立ち上がってみせた。

 その様が相手には不快だったのか、世良に向けていた苛立ちの眼差しを直ぐに一喜の方へと動かす。

 あまりにも突然の出来事に一喜の脳内は少々の困惑がある。

 相手は何故激怒し、何故殺意を向けたのか。彼がしたことは精々名乗ったくらいである。


「いきなり何をするんだよ。 民間人を殺すのがお前達の仕事か?」


「いいや、違うさ。 けれども、その名を口にするのは私達の間ではタブーなんだよ」


「その名――?」


「大藤・一喜」


 神崎はその名を呟いた。

 一喜自身を呼んだのではなく、彼女は尊敬を――あるいは狂信を持って確かに彼自身の名前を言い放つ。

 並々ならぬ感情を薄くとも察することが出来てしまった一喜は、この世界の深淵の一部に自分が入り込んだような気分に陥る。

 自身の名をどうして神崎はあそこまで大切にするのか。もっと言えば、大藤・一喜という名がこの世界でどんな意味を持つのか。

 そういえばと、一喜は今更ながらに思う。

 彼は現在異世界に来ている訳だが、当然として此方側にも自身と同じ名の人物が生きている可能性はあった。

 その人物が生存していたとして、もし一喜とばったり出くわしてしまったのなら。

 何も無く互いに慌てるだけであればマシだ。事情を説明した上で秘密にしてもらうよう物を使って交渉し、それで終いになる。

 

 だが忘れてはならない。

 この世界は決して一喜の知る現実だらけのものではない。メタルヴァンガードという異なる法則が流れる異世界だ。

 同じ人間が出会ったとして、そこで何も起きないと思う方が間抜けである。パラドックスによって双方の存在が無かったことになれば、どちらの世界の一喜も消滅することになるだろう。

 日々を必死に生きている所為で忘れていたのだ。一喜は今、もしかしたらの可能性に目を向けなければならない。

 

「我々の英雄の名を勝手に使うなど万死に値する。 本名を告げるか、潔く首を出せ」


 死刑執行人のように、神崎は厳格に告げた。

 遊びの雰囲気は無い。怒りと僅かな理性が二択を迫り、世良と十黄はどういうことかと一喜に視線を向ける。

 それを受けつつ、一喜は事が面倒になったと思わずにはいられない。

 既に街で起きている出来事など二の次だ。今正に気にしなければならないのは、己の名がどれほどの影響力を有しているのか。

 一般の間では特に特別視はされていない。となれば、オールドベース内のみでその名が特別にされていると見るべきだろう。

 それこそ、目前の神崎のような狂信者が生まれるくらいには。

 

「断る。 俺が俺の名を使うことに一体誰の許可が必要だと言う」


「なら死んでくれ。 一秒でも外の人間が使っているなんて我慢出来そうにない」


 目前のキャンプからは無数の人間が彼等を見ている。

 その中には運営者達の姿は無く、この分では彼女は真実を知らない可能性が高い。向こうが敢えて人間として神崎と接しているのであれば、今真実を口にしても藪を突くだけだ。

 一先ずはキャンプを気にする真似は出来ない。

 少なくとも、相手はその見た目から明らかに普通ではない物を使っている。周りが純日本人風の髪色や顔をしている中、神崎の髪や瞳は明らかに化け物としての特徴を有している。

 一喜のように多くの化け物を倒しているのは現状、オールドベース以外には存在しないだろう。

 さてそうなれば、怪物を打倒する為に怪物の力を使うのは当然。その上で反動を抑える何かしらの技術があっても良いものだが、そのような機械は一喜が見る限りでは発見出来ない。


 ――ならば、それを引き出す。少しでも情報としての不利を覆す為に。


「世良、十黄。 俺から離れてくれ。 ……キャンプの方をよくよく見ておくんだ」


「……今はそうするしかないみたいだな。 世良」


「解ってる。 クソッ、考え事で一杯だッ!!」


 悪態を吐く世良に苦笑して、一喜は懐からカードを引き抜く。

 面として向かい合っている神崎にもそれが見え、心から更に憤怒が湧き上がる。

 偽名を使った上で向こう側の勢力に属しするなど、正に侮辱も同然。

 生かしてなるものかと突撃の姿勢を取り――――一喜が上着を捨てた。

 腰に装着されたベルトが神崎の視界に入る。それを見た刹那、瞳孔すらも大きく見開かれた。

 何故だ、どうしてお前がそれを持っている。

 神崎には覚えがあった。いいや、覚えがあったなんてどころではない。自身が生活している場所で、とある人物にその話を雑談として語られたのだから。


 ――この世界には不足している物が多過ぎる。ヴァンガードシステムを再現するには技術力も、資源も、それこそ適合者の数だって足りないんだ。

 僕がこっちに来た時に偶然持っていた最後の一機も彼が死んだのと同時に壊れてしまったし、まったくどうしたもんか……。


『Standby. Diamond of Battle ship.』


「着装!」


 ベルトから機械音が鳴る。

 即座にレバーが左から右に倒れ、無数の赤光が鎧となって一喜の肉体に嵌まっていく。

 足が、腕が、胴体が。組み上がるソレに、神崎は身を震わせた。

 赤いバイザーが輝き、額から一本の角が現れる。機械の戦士となった彼からはこれまでは抑えていた圧が放たれ、人はそれを殺意と呼ぶのだろう。

 

『Mounting! Metal vanguard!』


 戦艦の力をその身に纏い、神崎は嘗て聞いた存在と対面した。

 脳裏を過る無数の情報。最古参の人間が、身元不明の博士が教育の一つだと教えてくれた過去の事実は今も彼女の頭に全て収まっている。

 あらゆる敵を駆逐する武神。人々に希望を見せる者。

 この終わりへと向かう世界において、最後の光として君臨する存在。

 人はアレを――鋼の先導者と呼ぶ。

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