【第六十七話】その男達、都市伝説に会う

 キャンプ間近の雰囲気は異様だった。

 賑やかとは言い難い雰囲気だったキャンプには奇妙な騒々しさがあり、遠目で確認出来る範囲でも笑顔を浮かべている住民が居る。

 彼等の手には細長いパンと僅かなジャムが存在していて、それが御馳走であることはこれまでの情報から全員が理解していた。

 数人に一人の割合でパンを持っていればまだ不思議ではなかったろうが、流石に一人一人がパンを持っている状況は不自然だ。いきなり班目が食料供給に関して変えているとは思えず、やはり内部に何か異常が起きているのだろうと一喜は確信した。

 周囲の目は健在だ。その目から逃れるように建物の中の個室に入り込み、若干の狭苦しさを感じる中で顔を突き合わせる。

 

「心変わりをした、と考えられたら良い変化だな?」


「まったくだ。 あの不気味な笑みを見ろ。 長い間笑っていなかった所為で笑い方を半ば忘れてしまっていた顔だ」


「……住民にとっては救いの手が漸く伸びて来たってことかい」


 世良の言う通り、住民達は今漸く確かな幸せを感じている。

 中でどれほどの援助が行われているのかは定かではないが、パンにジャムを貰うだけで彼等は折れた心に癒しを覚えたのだ。

 そうすることで救世主としての立場を作り、住民を操作する。

 次に食料が欲しいのであればと告げ、住民達をやる気にさせるのだ。それが仮に洗脳の類であると解っていても、欲するものを手にする為には手段を選んではいられない。

 とはいえ、現状においては彼等は利用されているだけだということを認識していない。これがずっと続くと表情が語り、極寒の冬は過ぎたのだと祈りを捧げそうだ。


「世良、十黄。 俺が居なかった一週間の間に何か些細な変化は無かったのか?」


「……思い出せる限りは何も。 こんなに人が居るのは今日が初だと言ってもいい」


「世良の言う通りだ。 加えて、俺達は拠点の増設に集中していた。 周りを警戒していなかった訳じゃあないが、遠くまでは流石に見ていない」


「――とすると、変化が起きたのは誰も見ていなかったキャンプでだな。 一週間の間に何者かが訪れ、そして班目達と話をつけた」


 重要なのは、班目達を怪物だと知った上で手を組んでいるのかどうか。

 それ内容次第で敵か味方か判別出来る。更に重要な部分があるとして、相手の規模が一体どれほど大きいのか。

 キャンプの人間の数は多い。その全員に見える範囲でもパンやジャムを渡すとなれば、事前に多くの品物を此処に運び込んでおかねばならない筈である。

 運ぶ際の人員も決して少なくはない。相手の規模次第では、事は個人単位では収まらない大事態に発展する。

 調査をしなければ何も始まらないとはいえ、しかし調査したいとは三人は思わない。

 危険な場所には手を出したくはないし、何もせずに事態が鎮静化するのであればそれで良いとも考えてはいる。


 されど、往々にしてこういった事態は中々改善されないものだ。

 特に思い当たる理由が理由なだけに、どうしたとしても自分達が行動しなければ改善も悪化も無い。

 どれだけ話し合ったとはいえ、結局は行動する以外に現状は他に選択肢が無かった。

 範囲が大きくなれば、周りが不穏になれば、一喜の世界でも襲撃されることは当然有り得るのだから。

 

「……犬を走らせることを考えてみたが、却って危険だな」


「総出で捕まえに動いて、調べようとしてドカンじゃ周りは殺気立つだろうな。 現状ですら危険なのにこれ以上危険にする必要は無いだろうさ」


「まぁどんだけ話をしていても、最終的には自分の足で調べるしかない。 ――行こう」


 一喜の声に二人は頷き、ついにキャンプそのものへと移動を開始する。

 一喜は初めて内部へと踏み込むことになり、二人は二人で嘗て離れた場所に戻ることになる。

 今の住人がどれだけ過去の二人を知っているかは定かではないが、仮に知っていたとしても話しかけには動かない。何せ一番怪しい一喜と行動を共にしているのだから。

 キャンプ地は崩壊した建物が作り上げた疑似的な広場に存在している。世紀末的な雰囲気を多分に感じさせる薄汚れのスラムめいた空間は、第二次世界大戦終了直後の日本の風景にも近い。

 まるで時間逆行を味わっているような感覚を一喜は感じつつ、そのまま無造作にキャンプへと足を進めていく。

 周りの目も自然と険しさを増していくが、その悉くを三人は無視した。


「――そこの者達、止まれ」


 直線距離にして後五分程度だろうか。

 動いていた足はキャンプから出て来た女の声で静止することになった。

 紺色のスポーツジャケットにベージュのショートパンツ。現実の人間とはあまりにも思えない薄暗い青の長髪は後ろで纏められ、鋭い瞳は赤に染まっている。

 肌は白く、その手には一本の剣。腰にも別の剣と鞘が左右に存在しているところを見るに、彼女は遠距離武器を所持していない可能性が強い。

 そして一番特徴的なのは、一喜同様に見た目に浮浪者の気配が無いことだ。

 服は綺麗で、瘦せこけている印象は皆無。肌が土に塗れていれば多少は浮浪者の印象を抱いていただろうが、その肌は先程も表したように白い。

 

「お前達があの街で戦闘行為を繰り返している者か」


 声は女性にしては然程高くもなく、かといって男性を疑うような低さも無い。

 そもそも疑いようがない程に発達した胸があるのだが、それを差し引いたとしてもやはり件の人物は女性に偽っているのではないのだろう。

 その声は厳しく、目は冷静そのもの。激情に駆られている様子は無く、だとすれば話し合いに感情が混ざって来る確率は低くなる。

 

「――正確に言えば、喧嘩を売って来たのを迎え撃った形だ」


 誰が彼女の言葉に応えるかは、自然と実際に戦った一喜になった。

 彼女は彼の顔を見て、それから上から下へと視線を巡らせる。一喜に何か異常が無いかを調べているのは一目瞭然だ。

 

「そうか、最近あの街でポシビリーズが出現していることを報告されていた。 私はその原因の調査に来たのだが……原因はお前か」


「此方は態々関与するつもりは無いのだがな。 攻撃されたのだから反撃しただけ。 正当防衛と言っても過言ではないだろう?」


 調査。

 その二字が示すのは、彼女が何処かの組織に所属して行動していること。彼女の背後には力のあるバックが存在し、そのバックがキャンプに援助をしているのだろう。

 一喜の言葉に、女性の目に疑問が混ざり込む。


「ほう、反撃したと。 どうやって?」


「察しが悪い訳ではないだろうに。 それを問う意味はあるのか?」


「確認は大事だ。 特に初対面なら、どのようなすれ違いが発生しているのかも解らない」


「成程。 ――では、すれ違いを防ぐ為に互いに自己紹介をするというのはどうだ?」


 流れるように自己紹介に持ち込んだが、彼女はそれについて不快感を覚える様子は無い。寧ろ逆に胸を張り、表情を何処か誇らし気にしていた。

 

「私は神崎・雫かんざき しずく。 オールドベース所属の隊員だ」


「……! ッ、俺は大藤・一喜。 ただの一般人だ」


 オールドベース。

 その単語に一喜は僅かに、世良と十黄は目に見えて驚きを表した。

 これまで言葉だけでしか登場しなかった謎の組織。一喜にとってもどのような活動をしているのか皆目見当もつかず、会うにしてももっと先の話だと思っていた。

 彼女が嘘を言っている可能性はある。あるが、今この場でそれを吐くとなれば少なからずカードに関与する組織であるのは間違いない。

 となれば、一喜の保有するカードにも当然意識を向ける筈だ。

 確定とまではいかないが、警戒しておいて損は無い。そう思って――――神崎もまた世良達同様に驚愕を顔に張り付けている様を一喜は見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る